第341話

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


 張り出した大胸筋のせいで意図せず胸を張りながら歩く険しい表情のギュンター。リーゼントに固められた緑色の髪はどれだけ必死に走ったとしても、決して動くことはないように整えられていた。


 ギュンターは目的の部屋の前まで到着すると、息を整える。念のため、前髪を軽く触って髪型が乱れていないか確認した。これから自分の主である四騎士クリストファー・ミュラーに物申すのだ。失礼のないよう努めるのは当然のことである。


 ギュンターは大きく息を吸い込み、力を抜きながら吐いた。いかり肩な肩を少しでも敵意のないよう沈ませる。


 扉にノックをしようとしたその時、中からミュラーの声が聞こえた。


「どうぞ」


 ギュンターは扉を叩かずに押し開けた。


「失礼致します」


 ミュラーはちょうど全身が収まるサイズのソファの上で仰向けとなり、両手を頭の後ろに組んで、片膝を天井へ向かうように曲げてくつろいでいた。


 ソファの前には背の低いテーブルがあり、その上にはとれたてのフルーツが盛られている。トレードマークの三角帽子はソファの肘掛けにかけられていた。


 ミュラーはくつろいだ姿勢のまま言う。


「どうしたの?」


 ギュンターは厳かに咳払いをしてから、口を開こうとしたが、


「試験のこと?」


 ミュラーに先回りされた。先程の部屋に入る前と同じだ。相手に発言される前に、静かな口調で先回りする。ミュラーのいつもの手だ。ギュンターにとってはもう慣れたことだった。


「不満なんだね」


「はい」


「何度も試験に挑戦してきた目ぼしい者達をとらずに、どこから来たのかもわからない新顔を採用したから……だろ?」


 ミュラーの隊に属するギュンターはそろそろ自分の新しい部下達が欲しい頃合いだった。ミュラーもそのつもりでギュンターと共に受験生を選別し、合格させる過程を話し合っていたのだ。


「そろそろ合格させても良いと仰っていたじゃないですか!?」 


 ギュンターは一歩前へ踏み出してミュラーに詰め寄る。


「そうさ、だから合格させたんだ」


 だったら何故、と更に一歩近付こうとしたギュンターを、ミュラーは頭の後ろで組んでいた手をほどき、ギュンターに向ける。これは待ての合図だった。


「ギュンター、君はポーカーをやるかい?」


 向けた手をしまい、仰向けの体勢から身体を起こした。ミュラーはソファに座り、どこからともなくトランプを取り出した。


 ギュンターは、ミュラーの独特な説得方法に内心うんざりしながらも、それに乗る。


「少しだけなら……」


 ミュラーは束となったカードをきりながら話した。


「僕らは、困難な試験を敢えてやっていたね。それは良い手札がほしかったからだ」


 ミュラーはテーブルの上に、カードを5枚、表側に向けて並べた。カードに刻まれた数字とマークはそれぞれバラバラで役に繋がるには殆んどすべてのカードを交換する必要があった。


「最初の試験は、こんな感じ。僕らは、良い手札が揃うまでカードを交換し続けた。或いはカードを育ててきたんだ」


 ミュラーは5枚のカードを束に戻して、カードをシャッフルする。そしてまた、カードを5枚、表側表示で並べた。5枚中、同じ数字のカードが2枚あった。


「徐々に揃い始める手札に僕も嬉しくなったよ。でも昨日合格させた子は初めからスリーカードが揃っていたんだ」


 ミュラーは、新たに5枚のカードをテーブルに並べた。その5枚中、3枚の数字が揃っている。


 ギュンターは並べられたカードを見て言った。


「し、しかしそれでもあの兄弟達の連携の方が……」


「安心して、昨日合格した彼は、僕たちの隊には入らないから」


「え!?ならばどこへ……?」


 唐突に切り出された話はギュンターを思考停止にさせた。


「特待生さ」


「と、特待生!!?ま、待ってください!それならそれで話が変わって……そんなにも実力のある者だったのですか?」


 ギュンターは内心ホッとしてもいた。既にクレイ兄弟達を念頭に入れた隊列訓練を小隊に実施していたからだ。


「だからスリーカードさ。第二階級の聖属性魔法が使えて、おそらく土属性魔法も第二階級くらい使えるんじゃないかな?あとは敏捷も中々の数値だと思う。レベルは25以上かな?」


「レベル25以上……いや、きちんとステータスを調べてないのですか?」


「調べたと思うけど僕はまだ見てないんだ」


 呆れるギュンターは、一旦ミュラーの意見に乗って話を進めた。


「レベル25以上は確かに弱者ではありませんが、それでも特待生に入る程では……」


 昨日合格した者に不満を抱いていたギュンターは、ミュラーのいい加減な行動も相まって、徐々にその者が心配になってきた。


「確かに、フラッシュやストレートの特待生達には及ばないかもしれない。だけどギュンター?初めに配られたカードでスリーカードが揃っていたなら君はどうする?」


「そ、揃っている3枚を保持して、後の2枚を……」


「そう!つまり彼は、フォーカードにもフルハウスにもなれるんだ。そんな余地のある子に、賭けてみたくなるのは当然だろ?久し振りだったよ、ヒールをかけられて興奮したのは!!」


 ミュラーの嬉しそうな表情にギュンターは苦笑いをした。


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~ハルが異世界召喚されてから4日目~


 ハルは帝国軍事学校の概要を説明され、ステータスを測る魔道具に手を翳した。


 勿論、ステータスは偽造してある。レベルは27に設定してある。その魔道具が偽装を打ち消し、ハルの真のステータスを読み取ってしまうではないかと思ったが、杞憂におわる。


 その後、ハルは案内されたログハウスでくつろいでいた。木造建築で暖かみのある室内。オレンジ色の照明が更にそれを演出していた。ソファに寝そべり、外観の三角屋根を思い出させる天井を見つめる。天井付近にはシーリングファンがとりつけられており、クルクルと回転しながら部屋の空気を循環させていた。


 ──これってエアコンがなくても機能するんだっけ?


 玄関付近には、口を真一文字に固く結んだ衛兵が立っている。


 すると、玄関がガチャリと開いた。


 ハルは失礼のないようにさっと立ち上がり、ログハウスに入ってきた4人を見やる。衛兵は口を開いた。


「今日から、新たに特待生に加わることとなった者を紹介する」


 衛兵の一言によって4人は驚愕する。そんな4人の反応を無視して続けようとする衛兵に、三白眼でギザギザ歯の持ち主の少年が突っ掛かる。


「待てよ!特待生は4人ってのが通例だろ!?」


 その言葉に水色の髪の少女とおかっぱ頭で首もとに巻物を巻いた大人しそうな少女が頷いた。白髪の少年はソファの前で新たに加わる少年を緋色の瞳で黙って見据えていた。


「通例とは時と場合によって柔軟に形を変えるとのことだ」


 きっとマキャベリーにそう言えと言われているのだろう。


 水色髪のシャーロットは少し間を置いて尋ねる。


「形を変えるということは、この中の4人の内、誰かが降格するということではないのですか?」 


「あぁ。そうだ」


「つまり、今度から5人で行動しろと?」


 少しばかり安心したシャーロットは衛兵に続けて訊くと、衛兵はそうであると頷く。


 三白眼のオーウェンは悪態をついた。


「ちっ!また敵が増えんのかよ」


 衛兵はハルに挨拶するよう促す。


 ハルは言った。


「初めまして、ハル・ミナミノと申します。宜しくお願いします」


 ハルは一礼すると、衛兵は5人を残してホームから出ていった。ガチャリと扉の閉まる音がログハウス内に響くと、シャーロットとヒヨリはそれぞれ名を名乗って握手を交わした。そして次に褐色で白髪、緋色の瞳の少年が名乗る。


「アベル・ワーグナーだ」


 ハルはアベルを見つめる。


 ──レベル36……通りで強いわけだ……


 ハルは初めてアベルと出会った三國魔法大会での出来事を思い出していた。


 ──それにワーグナーって……


「どうかした?」


 シャーロットが尋ねる。


 ハルは答えた。


「いや、ワーグナーって……」


 アベルはハルの言葉を無視して、自室へと向かった。アベルの後ろ姿を見送りながらシャーロットが代わりに答える。


「そう、四騎士シドー・ワーグナー様の息子よ」


「へぇ……」


 ハルはアイテムボックスの中にある覇王の剣が脈打つのを感じる。


 そんなハルを無視して三白眼のオーウェンは名乗ろうともせずに、奥のキッチンへ向かって水を飲んだ。


「あの無礼な奴がオーウェン」


 シャーロットはハルに気にしないでと言いながらオーウェンを紹介した。


「けっ!俺は腹が減ってんだよ!」


「お腹が空いてたら新しい仲間を無視しても良いの?」


「良いんだよ。それにソイツは仲間じゃねぇ」


 オーウェンはグラスに水を入れ、一気に飲み干した。そのグラスを乱暴に置いてから続ける。


「強いて言うならソイツは後輩だ」


 オーウェンは口元に滴った水を腕で拭う。


「そうだ。おい、お前飯作れよ。ここでは一番後輩の奴が飯を作る決まりがあんだよ」


「ちょっと!」

「それは理不尽……」


 いきなりの提案にシャーロットとヒヨリが抗議の声をあげようとしたが、ハルがそれを制する。


「別にいいよ」


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~ハルが異世界召喚されてから4日目~


 マキャベリーは驚愕する。それは図られたかのように、3つの通信が重なったからだ。


 2つの通信は獣人国反乱軍の崩壊について。もう1つは魔法学校襲撃の失敗を報告された。


 獣人国に関しては、サリエリと獣人国宰相のハロルドからの報告だ。昨日から拮抗状態であった戦況が、本日、獣人国側のたった1人の兵士によって崩壊したとのことだった。


 そして、魔法学校の襲撃が剣聖の手によって失敗した報告をスタンから受ける。マキャベリーは思考した。


 ──このタイミングは意図的か?何故、今日に限って獣人国に戦闘力の高い兵士が台頭し、フルートベールでは剣聖が立ち上がったのか……そして、剣聖は何故、今日魔法学校が襲われると知っていたのか……


 偶然魔法学校の前を通りがかったからだとスタンは報告していたが、それは考えにくい。そこには何かしらの意図があるに違いないとマキャベリーは推測する。


 ──スタンさんは、自分の正体を悟られる前に校内で剣聖と遭遇したと言っていましたが、果たしてそれは本当か……


 マキャベリーはスタンが帝国を裏切り、フルートベール側に付いたという最悪な状況を仮定して、この先に起こることを予想した。


 不幸中の幸いにして、獣人国の反乱に帝国が関わっていることは明るみになっていないが、魔法学校の襲撃は帝国によるモノだと思われてしまう可能性が高い。それは、スタンの正体が知られていなくても、この襲撃で最も利があるのが帝国だからだ。また剣聖の復活により、外交が優位に働く。


 ──フルートベールは同盟を結ぶのか……


 剣聖の動きを監視している者によると普段と変わらない行動をとってるとのことだ。


 マキャベリーにとっては、獣人国の新しい戦力と剣聖の復活は嬉しい報告であったが、そのタイミングに違和感を抱く。


 静かに考えをまとめるマキャベリーだが、部屋の扉を叩く音に遮られた。マキャベリーは中から、外の者に入るよう伝えると、昨日行われた軍事学校の試験の結果についての報告書が渡される。


 報告書を受け取ると、マキャベリーは首を傾げた。報告書の他に特待生に関する稟議書が添えられていたからだ。


 ──特待生への入学申請……出すなら昨日の内に出して欲しかったですね…… 


 そう思いつつ報告書に目を通すマキャベリー。ようやくミュラーが合格者を出したかと思えば、いきなり特待生に入れようとしている。四騎士ともなればそのくらいの権力はあって当然だったが、その報告が遅れたことに苛立つマキャベリー。また合格者の名前を見て訝しんだ。


 ──ハル・ミナミノ……後見人はグアドラード家。グアドラード伯爵の落とし子か……


 グアドラード家と言えば、帝国南部にいる伯爵家の姓だが、マキャベリーが気になったのは、グアドラード家が属する派閥だ。


 ──代々、サリエリさんの一族と懇意のある家系……


 昨日と今日だけで3つの大きな動きがあった。


 マキャベリーはもう一度、ハルという名前を頭に刻むために書類を見やる。書類にはハルのステータスが記載されていた。軍事学校入学の際に、魔道具を使ってステータスを測定する義務がある。


 ──レベル28にして聖属性魔法を修得している。また冒険者ギルドの登録はない。


 マキャベリーは首を傾げた。


 ──なんだか臭いますね……


 しかし、この問題はミュラーの希望通り特待生の中にハルを入れることで、当面は様子を見ることで頭の片隅に押しやり、サリエリだけでなくミュラーの裏切りをも視野にいれて考える。


 残るはやはり、獣人国の新たな戦力と剣聖だ。各国が同盟を結ぶとなれば、こちらも対応せねばならない。


 最も強引な対処法として、城塞都市トランへ帝国四騎士の一人、ミラの隊を突撃させて剣聖とその獣人を奪取する作戦があるにはあるが、この対処法は得策ではないと判断した。


 ──剣聖や獣人国の新たな戦士は、おそらくミラさんやルカさんの敵ではありませんが、不確定要素がありすぎる。また、スタンさんの言葉を信じるならば、剣聖の復活は一時の気紛れである可能性が高い。剣聖を監視している者からの報告も目立った動きはなかったと言っている。剣聖が限界を突破せずに復活したとなれば、ステータスは以前のまま……それにこの偶然を意図した敵がいるのならば、その気配をあまり感じさせないようにしている節がある。もし敵がいるならばその者はただ慎重なだけではなく、こちらを誘い込むような誘導に見えるのは気のせいか……これにあの組織が関わっている可能性は……


 マキャベリーは残された選択肢、聖王国へ向かうことを選んだ。

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