第340話

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


<フルートベール王国領>


 魔法学校を襲撃予定のロンウェイは黒いローブを身に纏い、方々に散っていく仮初めの同志達を見送る。


 不気味に微笑みながら、これから襲いに行く1年Bクラスの生徒達を想像していた。


 恐怖に顔を歪めながら、4日間とはいえ同じ学舎に通った者達同志に殺し合いをさせる。


「くくくく」


 想像しただけでも、笑みが溢れる。


 魔法学校に侵入し、予め頭に入れていたBクラスの教室まで足を運んだ。


 生徒や教師らはまだこれから起こる殺戮など知る由もない。


 学校には昼の顔と夜の顔がある。


 昼間は陽光を受け、生徒達のふざけあう声や走りまわる足音により彩られる。まさにこれから未来へと羽ばたく希望を感じ取れる場所なのだが、一度影が射し込めば、雰囲気が一変する。夜の学校は気味が悪く、陰鬱とした場所に様変わりするのだ。


 そして今、ロンウェイの影がBクラスの教室の扉にかかる。


 両開きの扉に手をかけて、体重を預けながら押し開けたロンウェイは、教壇へ向かうためのすり鉢状となった教室の階段を下る。


 自分のことを神学の先生だと思い込む生徒や、奇異な眼差しを送る生徒、自分が来たことに気付かない生徒までいる。


 ──この生徒をまず見せしめに殺しますか……


 ロンウェイは教室の底にある教壇につくと、言った。


「さぁこれから皆さんには殺し合いをして頂きます」


 静まりかえる教室。


 その静寂を教室の最も奥に座しているハンスの机を叩く音と叫び声が破った。


「どういうことだ!」


「こういうことです」


 ロンウェイは階段を下りる最中、殺そうと決めていた男子生徒を指差し、第一階級風属性魔法ウィンドカッターを放った。


 しかし、風の刃よりも更に鋭利な斬撃により魔法は掻き消される。


「え?」


 ロンウェイは疑問を口にした。標的にした生徒の前に、長い金髪を揺らめかせた剣聖オデッサが立っているからだ。


 生徒達は目まぐるしく変わる状況に頭がついてこない。


 それはロンウェイも同じだった。


「どうして、フルートベールの剣聖がこんなところに……」


 生徒達は突如として現れた剣聖に静かな歓声を上げていた。


「剣聖様よ」

「かっこいい……」

「綺麗だ」

「でもなんでこんなところに?」


 生徒達の疑問を置き去りにして、剣聖オデッサはロンウェイに向かって歩き出した。


 ロンウェイは向かってくる突如として現れた脅威に身体の震えが止まらない。人差し指の震えをもう片方の手で押さえながら懸命に狙いを剣聖に定める。


「く、くらえぇぇぇぇ!!!」


 人差し指から何発ものウィンドカッターが射出されるが、剣聖オデッサは歩く速度を緩めることなく、向かってくる魔法を先程のように長剣で叩き斬った。


「く、来るなぁぁぁぁぁぁ!!!」


 長剣の間合いまで接近すると、オデッサはロンウェイの首を斬り落とす。音もなく、痛みもない死がロンウェイに訪れた。


 生徒達は、目の前で人が死んだにも拘わらず、剣聖の剣捌きに見入っていた。あの剣捌きならば殺人ではなく芸術と言ったほうが良いのかもしれないと後に回顧することだろう。


 倒れるロンウェイを背にしてオデッサはBクラスの生徒達に向かって言った。


「現在、この魔法学校は帝国に襲撃されている。安全が確認され次第、誰もこの教室から外に出ないように」


 オデッサはそう言いながら白銀に煌めく刃を鞘に収め、Bクラスの教室をあとにした。


─────────────────────


 アレックスは次の授業、ダンジョン講座を楽しみにしている。


 椅子に深く腰掛け、浮いた足をバタバタとさせながら、待っていた。


 昔からダンジョンには興味があった。


 それは何故か、と問われると上手く答えることはできない。好きだから、という曖昧な解答に逃れるしかなかった。


 一度だけ王国領にある有名なダンジョンの前まで行ったことがある。


 中には入れなかったが、外から眺めるだけでもダンジョンの持つ神秘的な力を感じずにはいられない。そこが生まれ故郷であるかのような錯覚にアレックスは陥った。


 しかし同時に、恐怖心が芽生えたのを覚えている。入りたいようで入りたくない。


 そこからと言うものアレックスは悪夢を見るようになった。


 ダンジョンの中から黒い影が迫り来る夢。


 そんなもやもやもダンジョンに入れば、何かが解決する。アレックスはそう確信していた。


「明日から始まるレベルアップ演習は楽しみなんじゃない?」


 幼馴染みのマリアに訊かれた。


「そりゃあ楽しみだよ!めちゃくちゃにレベルアップしてやるんだから!」


 そう、夢で黒いもやもやにも勝てるくらい。


 すると、ガラガラと音を立てて横開きの教室の扉が開かれる。


 先生が教室に入ってきた。見たことのないスキンヘッドの男だ。


 スキンヘッドの男は教壇の前に立つと威勢よく言い放った。


「よぉ!お前ら!これから俺と遊ぼうぜ!」


 スキンヘッドの男は全身に魔力を込め始めると、アレックスは背後から風を感じた。その瞬間、その先生らしき男に何かがぶつかり爆発する。

 

「っ!?」


 隣にいるマリアは後ろを振り向き呟く。


「レイ?」


 アレックスは爆煙に覆われたスキンヘッドの男の安否が気になった。


 徐々に晴れる爆煙から2つの人影が見える。


 1つはスキンヘッドの男のそれだが、もう1人は長髪の女性の影だった。


 しかし次の瞬間、爆煙がまるで実体をもっているかのように真っ二つに斬れた。


 斬り払われた爆煙の中からスキンヘッドの男と金色の髪をなびかせている女性が現れた。

 

 アレックスはその女性に見とれていると、背後からボソリと呟くレイの声が聞こえる。


「剣聖……?」


 その剣聖と呼ばれた女性の手には長剣が握られている。おそらく爆煙を斬ったのだと予測できた。


 ──だけど、何故そんなことを?


 アレックスの疑問は直ぐに氷解する。


 直立して動かないスキンヘッドの男の腰から上がまるで斜面を滑るようにしてずり落ちる。ボトリと音をたててスキンヘッドの男の上半身が床に落ちて、気が付いた。


 ──爆煙を斬ったんじゃなくて、身体を斬ったんだ……


 混乱するAクラスの生徒にオデッサは言った。


「現在、魔法学校は帝国による襲撃が行われている。コイツはその刺客だ」


 剣聖オデッサはそう言って、教室内を見渡し、レイと目を合わせた。


「ブラッドベルの次男だな?」


「はい……」


「良い判断だったが、相手が油断している間に倒せなければ、ここにいる他の生徒に危害が及んでいただろう」


「……」


「ここはお前に任せた。安全が確認されるまで防御を固めておけ」


 オデッサはAクラスから出ていった。


─────────────────────


 スタンはルナを探していた。


 ──残るは屋上だけだ!


 いたるところで戦闘が繰り広げられているが、徐々にその音が聞こえなくなっている。


 ──予定通りだ。


 帝国の刺客であることには違いないが、戦闘力は教師と同程度かそれ以下だ。スタンはある程度死者が出ることなど覚悟の上であった。


 ──それよりも、ルナ先生を保護することがなによりも優先される。


 スタンは屋上へとかけ上がった。扉を開け、室内から屋外へと出る。遮りのないテラの光がスタンを襲う。スタンは少しだけ目をしかめ、光に耐えた。


 落下防止の鉄柵を掴み、うずくまるルナが見えた。


 スタンは胸を撫で下ろし、ルナの保護作戦を実行に移す。抵抗するなら力ずくで誘拐することを許されているが、いずれにしろ、ルナがここで死んだかのように偽装することを忘れてはならない。


 ──まずは、穏便な話し合いで自ら付いてきてくれると助かるんだが……


 スタンはルナに向かって一歩踏み出すと、背後から尋常ならざる気配を感じ取った。直ぐに後ろを振り向く。


「お前がスタン・グレネイドだな」


 フルートベール王国が誇っていた剣聖、オデッサ・ワインバーグがスタンを見据えている。


 何故彼女がここにいるのか、何故自分のことを知っているのか、様々な疑念が沸き起こり、スタンを飲み込む。


 大量の冷や汗をかきながら、スタンは必死に冷静さを装った。


「た、大変なんです!現在この魔法学校が何者かに襲撃を──」


 助けを求めるよう演じながら、スタンは最善の手を考えたが、剣聖オデッサは腰に据えた長剣を瞬時に抜き取り、スタンの首を跳ねる。


 スタンは死を悟った。身体が傾き、尻餅を付く。


 ──?


 少ししてから、一瞬遠退いた意識が徐々に確かなモノになる。そして、スタンは手を自分の首元に当てて、首と胴体がくっついているかどうか確かめた。


 ──斬れてない……


 どうやらオデッサの殺気にあてられ勝手に脳が死を判断してしまったようだ。


 そうだとわかると、スタンは酸素を貪るように呼吸し始めた。


「はぁはぁはぁはぁはぁ……」


 そして悟る。この、目の前の強者相手に嘘や謀り等通用しないことを。

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