第242話
どんよりと暖かい曇天の中、剣聖オデッサはロイドに無理矢理連れられ闘技場へと赴いた。
(最近、聖王国でなにやら大きな政変が起きたというのにこんな大会をしていて良いのか……まぁこの大会を上手く利用して同盟を漕ぎ着けようとしているのだろう……だがそんなことをしても帝国の力には全く届きもしないということをまだ誰も気付いていない……)
オデッサの心は2年前のあの日から変わってしまった。
選手控え室を通りすぎると、魔法大会の選手だろうか、黒髪で三白眼の少年が正面から薄ら笑いを浮かべながらやってきた。
オデッサはその少年とすれ違う。魔法使いというよりは戦士のような印象をオデッサは受けた。
──どちらにしても気に食わない子童だ。
「おいアベル!なんでお前が先にここへ来てんだよ!!」
先程の少年が大きな声をあげている。オデッサは振り返った。
「ここは選手控え室なのだから当たり前だ。それにその名を口にするな」
浅黒い肌で白髪の少年が言った。
──この少年のほうが、あの気に食わん奴より強いな……しかし2人ともその歳にしてはかなりの手練れだ……まぁ私の敵ではないが……
オデッサは観客席へ行き、警護という名のもとサボっていた。一般観客席の一番高いところから腰の高さに位置する手すりに身体を預け、もう既に数試合と経過しており、1回戦最後の試合を迎えようとしていた。
──この付近の観客席は比較的安値で取引されているのだろう……
周囲の観客達は、がらの悪い冒険者達で埋め尽くされている。
『第四試合!ヴァレリー法国魔法学園高等学校3年オリガ・ゴルルゴービチ!対!ダーマ王国国立魔法高等学校3年ルカ・メトゥス!』
オデッサは冷めた目で選手が入場してくるのを見ていた。
が、入場してくる白髪ツインテールの少女を目にしてオデッサの瞳孔は限界まで開かれ、足が震え始めた。
その少女はニコニコしながら大きな鎌を持って軽やかにリングにあがる。
オデッサはあの時の記憶が甦った。えもいわれぬ威圧感は遠目からでも認識できる。
直ぐ様駆け出し、自国の王のいる観覧席へと向かった。
観覧席の入り口を固めている衛兵を潜り抜け、声をあげる。
「今すぐ!観客を避難させろ!!」
そこにはフリードルフⅡ世の他に、宮廷魔道師と魔法学校長、戦士長、その副官とヴァレリー法国の将軍がいた。皆、オデッサの発言に対して思い思いの反応を示していた。
この中ではオデッサと最も近しい戦士長イズナが初めに声を出した。
「何故そのようなことを?」
「見てわからぬか!?あの少女の恐ろしさが!?」
要人達はもう一度リング上にいる少女を見やる。
試合は既に始まっていた。
ダーマ王国の選手、ルカはオリガが唱えた魔法ウィンドスラッシュが向かってくるのを見ている。迫り来る無数の風の刃をルカは危なげに避ける。
その動きを見たイズナ、レオナルド、シルヴィアはやはり、あまり強いとは感じなかった。レオナルドは剣聖オデッサに向き直り告げた。
「やはり、あまり脅威を感じませんが……」
その意見にイズナとシルヴィアが同意する。オデッサはそれに口を開いた。
「何故わからぬ!?」
「それよりも剣聖様はあの少女を知っているですか?」
「あの少女は2年前、私が手も足も出ずに敗北を喫した帝国の者だ」
「「「な!!?」」」
武人達はそれに驚くが、魔法使いであるアマデウスとギラバは訝しんでいる。
『勝者!!ルカ・メトゥス!!』
試合はいつの間にか終っていた。上で見ていたイズナ達が気付かなかったのなら観客達が気付く筈もなく、皆口々に良い試合だったと言い出した。
「いいから早くこの大会を中止させろ!!」
オデッサの主張はだんだんと語気を強める。それに対してギラバは論理的に答えた。
「これは同盟を結ぶ為の重要な宣伝効果が望めます!」
「そんな同盟など初めから意味がないのだ!手遅れにならん内に民の避難と軍を向かわせるのだ!!」
ギラバはイラついた。
「では何故、帝国はすぐに攻めてこないのですか!?貴方の言う戦力差が歴然であるのならば、こんなまどろっこしいことなどせずに攻め込んでしまえば済む話ではないですか!?」
「それがわからんのだ!あの時私は、奴にやられたにも関わらず止めを刺されなかったからな!」
「フン!今までの貴方の活動を見ていて信じて貰えるとでも思っておいでですか!?」
ギラバの言葉に周囲の空気が一変する。そしてオデッサは肩を落とし、呟いた。
「……2年前からそう言っていたではないか……もうよい……この国がどうなろうと知ったことではない」
今度はオデッサの言葉で周囲の空気がピリついた。国王がいるからだ。そんなことも気にせずオデッサは観覧席を出た。
───────────
「負けた……もう少しで魔法を当てることが出来たのに……」
オリガは悔しがり、選手控え室へと向かう通路の中で、先程の対戦相手に声をかけられた。
「なかなか楽しかったぞ?」
オリガよりも背が小さく、年下の女の子に慰められた。
「あ、ありがとう」
「カカカ、妾は今とっても機嫌が良いからのぉ!!」
「どうして?」
オリガは自分でも何故そのような質問をしたのかわからなかった。この少女が嬉しそうに何かを話す仕草が見たかったのかもしれない。
「愛しいお方と会えるからじゃ♪」
少女の小さな口から八重歯が垣間見える。
少女はそのままふわりふわりと舞うように去って行った。黒くて大きな鎌とこれから好きな人に会えるとウキウキしている少女の後ろ姿は何とも不釣り合いに見えた。
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