第237話

~ハルが異世界召喚されてから13日目~


 ダーマ王国の宰相トリスタンは震えていた。何故なら今日、全世界に向けてダーマ王国は帝国と手を組み、フルートベール王国に大打撃を与えることになるからだ。


 この作戦が成功しても失敗しても、ヴァレリー法国とフルートベール王国にダーマ王国は宣戦布告することを余儀なくされる。


 その緊張と重圧がトリスタンにのし掛かっている。本来はそれを悟られないよう振る舞うのが当たり前なのだが、ダーマ王国にいるときならまだしも、これから敵となる国の、しかも中心地である王都にいるのは流石に耐えきれない。


 そんなトリスタンに穢れのない綺麗な声が話し掛ける。


「どうぞ~こちらへ」


 ピンク色の髪の毛、珠のように白い肌と目をしたルナ・エクステリアが話し掛けた。


 トリスタンは我に返り、背筋を伸ばす。作戦が悟られないよう必死に取り繕った。


「お、おおお!なんとお美しいお方なんだ!」


 ルナは困惑気味にダーマ王国の宰相ならびに宮廷魔導師アナスタシア、騎士団長バルバドスを特別な観覧席へと案内した。アナスタシアはルナに威嚇するような目付きだったのをトリスタンは盗み見した。


 ──頼むから怪しまれるようなことはしないでくれよ……


 その観覧席はこれから熱戦が繰り広げられる円形状のリングはもちろん闘技場全体を見渡せる高い所に位置していた。この壮観な光景は僅かにも作戦のことを忘れさせる効果があった為、この地に来てよかったとトリスタンに思わせることができた。


 椅子に腰掛けようとしたその時、観覧席の後ろから、如何にも武人然とした野太い声が聞こえてきた。


「これはこれはバルバドス殿」


 フルートベール王国戦士長イズナが各国から来てる要人達の護衛にあたるそうだ。


「息災であったかイズナ殿?」


 戦士達は互いに挨拶を交わす。トリスタンは不意にイズナと目があってしまった。急にその目を逸らすトリスタン。


 イズナは顔色を変えず、トリスタンの前へやって来た。


「宰相様、この度はご足労いただき誠にありがとうございます」


 さっとイズナは手を出して握手を促す。震える手を抑えながら、トリスタンはイズナの手をとった。


「……警護、宜しくお願い致します」


 イズナは頷き、鋭い視線をトリスタンに向けた。トリスタンは俯く。イズナは何も言わず観覧席をあとにした。


 その様子を見ていたダーマ王国宮廷魔導師のアナスタシアは尋ねる。


「どうかしたのですか?国を出てからというもの様子がおかしいのですが……緊張なさっておいでですか?」


 アナスタシアとバルバドスはこれから起こる作戦について何も知らない。そればかりかこれからダーマ王国魔法学校の代表選手として出てくる帝国の化物達についても全く把握していない。


「…そりゃあ緊張するだろう?獣人国は再建の最中だが、帝国の脅威をしっかりと感知している。フルートベールは同盟こそならなかったが、今まで通り獣人国とは友好的な関係を築くことに成功しているのだ。また、最近聖王国では枢機卿の暗殺と宮殿の損傷事故も起きている。正式な発表はなされていないが帝国が関与しているとの噂もある。そして、3日後に開戦するフルートベールと帝国との戦争……それには勝っても負けても、我々やヴァレリーと同盟を結ぶ良い口実となり得る……その第一歩がこの大会での我々の振る舞いに関わっておるのだぞ?」


 そんなもんですか?とアナスタシアは呟いた。そこにバルバドスがツッコむ。


「どうしてフルートベールが勝っても負けても俺達と同盟を結べるんだ?」


 首を傾げるバルバドスに肩を落とすトリスタンは、ゆっくりとした口調で説明した。


「フルートベールが例えば帝国との戦争に勝った場合、ダーマにとっても脅威である帝国を伴に滅ぼす良い機会であるだけでなく、同盟を組むことによって今後フルートベールが脅威になってしまうのを防ぐ効果がある」


「なんでフルートベールが脅威になるんだ?」


 トリスタンは落とした肩をもう一段階落とそうと試みた。


「戦争に勝てば国力が増すであろう?当然帝国の領土も一部はフルートベールのモノとなる……この調子でどんどん帝国を侵略してみろ?あっという間にフルートベールが世界で一番豊かになってしまう。それを同盟を組んで一緒に帝国を滅ぼせば我々にもいくらか分け前が貰える」


「なんかずるいな」


 バルバドスの言葉にフンと鼻をならして、トリスタンは続けた。


「隣を見てみなさい。ヴァレリーの将軍に魔法兵団の副団長まで来ている」


 バルバドスはヴァレリー法国の要人達を見ると、どこからともなく声が聞こえてきた。


『え~この度はお集まり頂き誠にありがとうございます』


 声の方に目をやるとリング上にフルートベール王国魔法学校の校長アマデウスがいた。アマデウスは風属性魔法が付与されている魔道具を使って闘技場全体に声が届くようにして挨拶をする。


『我が国、フルートベール王国フリードルフ・ヴィルヘリウム国王陛下によります開会宣言をお聴きください』


 フリードルフ国王はゆっくりと威厳に満ちた歩き方で騒々しい会場を黙らす。


『堅苦しい挨拶は抜きにして…これより第68回三國魔法大会を開催する!!』


 大きな銅鑼がけたたましい音を立て、それに続くようにして観客達も歓声をあげた。


 自国の国王の挨拶が終わり、アレックスは闘技場をキョロキョロ見渡している。そして、深いため息をついた。その様子を見ていたマリアが口を開く。


「ハル君今日も来ないのかな?」


「ん~そうみたい……仕方ないよね。実家のお父さんが倒れちゃったみたいだから……こういう時、貴族の私達って誰かしら看てくれる人がいるから恵まれてるよね」


 ここ最近、ハルが王国を離れているためアレックスは元気がない。マリアはなんとか元気付けようと試みていた。


「うん。でも今日か明日くらいには戻ってくるんでしょ?」


「そうそう!……それよりもレイの調子はどうなの?」


 不意な質問に驚くマリア。


「え!?……やっぱりレナードお兄様にはまだ敵わないみたい……」


 今度はマリアの元気がなくなる。アレックスは地雷を踏んでしまったと思い、肩を落とした。そこにゼルダが声をかける。


「ちょっと2人とも!!なんで貴方達が肩を落とすのよ!!」


 だってぇ、と2人の潤んだ瞳が訴える。


「これはお祭りでもあるんだから楽しまなきゃ損でしょ!?ほらリコスを見てみなさいよ?」


 大きな丸眼鏡に三編みを2つぶら下げたリコスが、メモ帳を片手にリング上でこれから始まる熱戦を今か今かと待ち構えていた。その獰猛さに隣にいるクライネは少し引いていた。


「これはやりすぎかもしれないけどね……」


 ゼルダはリコスの様子を見て呟く。


『それではこれより第68回三國魔法大会第一試合を行います!!実況は私ジエイ・カビエラが担当いたします!』


 風属性魔法で拡声された声が聞こえてきた。観客の熱気が一層激しくなる。


 アレックスとマリアは観客の歓声を身体に受け、自分達も高揚しているのを自覚した。お互いを見合って微笑み会う。


『第一試合!ヴァレリー法国魔法学園高等学校3年生!前回準優勝者グスタフ・スベリ!対!ダーマ王国王立魔法高等学校1年生!!オーウェン・ブレイド!!』

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