第226話

 ゾーイーがメルと戦う少し前、チェルザーレ枢機卿の赤い屋敷にて。


 長方形の細長いテーブルには間隔をあけて、マクムート、シーモア、ゾーイーが座っていた。そしてそこに座ると全体が見渡せる、長方形で言えば一辺が短い1人しか座るスペースのないところにチェルザーレが座っていた。その後ろにマキャベリーが立っている。


「それではこれより、敵の殲滅作戦を伝える……」


 作戦を聞いたシーモアは海を眺めに出掛けた。


 ──今日の夜に攻撃を仕掛けて、明日の夕方まで敵を釘付けにする……か。まぁ最後に若様が出てくるのであれば問題はない。


 今日の夜までまだ時間はある。シーモアは海が好きだった。恒星テラは沈みかけ、海を紅く染めていた。


 夕暮れから夜に変わる瞬間の海はとくに好きだった。蒼と紅が入り交じった色がシーモアを心地よくさせる。この時間帯は人もあまりいない。


 と、思ったのだが、波打ち際に幼い女の子がいた。両親は遠くで会話に興じている。


 シーモアは女の子の動向が危ういことに気が付く。波を指差しながら海に近付いていくからだ。そして突如として生み出された大きな波に女の子は拐われた。


 シーモアは走り出し、海に飛び込んだ。


 どんどん沖に流される女の子は叫び声をあげようとするも海水が口に入り、それを邪魔されている。


 シーモアは波に立ち向かい、女の子を抱きかかえなんとか無事に救出した。


 先程女の子がいた波打ち際にちょこんと置くとシーモアは両親の方を見やる。全く娘の危機に気付いていないようだった。


 女の子は海から与えられた恐怖に泣くのかとシーモアは思ったが、キョトンとしている。もし両親が今こちらを向いたら、きっとシーモアを不審者だと思うだろう。


 シーモアは早々に立ち去ろうとしたが、女の子はシーモアの着ている服をちょこんと掴んだ。


 シーモアはしゃがみ、女の子と同じ目線になると女の子は言った。


「ありがとう」


「どうして海に近付いたんだ?危ないだろ?」


「妖精さんがいたから……ホラ!」


 女の子は指をさす。


 シーモアには只の波にしか見えなかった。


「妖精がいたとしても両親が近くにいないなら海に近付いては駄目だ」


「わかった!じゃあこれあげる」


 女の子は小さな手の中から綺麗な貝殻をシーモアに見せた。シーモアはいらないと答えようとしたが、女の子の無垢な顔を見て貰っておくことにした。そしてその場をあとにする。


◇ ◇ ◇ ◇


 この塔には何か仕掛けがある。所々宝箱を見つけてはいるが、何かただならぬ気配をランスロット達は感じていた。


 2階、3階と上った。6階、7階、8階と上ってパーティーメンバーは違和感を覚える。


 この塔に入ろうとした時、せいぜい4、5階ぐらいの高さだろうと予想していたからだ。しかし、一向に最上階へは着けなかった。


「これは何かの魔法か?」


 戦士モーントはランスロットに尋ねた。


「わからない。しかしこの塔には何かある筈だ」


 ランスロットが答えるとヴァンペルトは兜の内側から呟いた。


「お主の勘は当たるからな……」


 すると、塔の内部を照らしていた光源が急に光を失った。


「無事か!?お前ら!?」


 それぞれが無事を知らせる返事をする。


 薄暗い塔の内部と打って変わって、その部屋は卵の中のような部屋だった。部屋の造りからして塔の内部ではあるが、知らない内に違う部屋へと移動していたようだ。


「おい…これ……」 


 モーントはその逞しい身体から出るにはあまりにも頼りない声を発して驚いていた。


 モーントが驚くのも無理はない。


 部屋中に黄金が敷き詰められているのだから。


 目の前の光景に心を奪われたランスロット達だが、ある足音により臨戦態勢に入った。


 ガシャンと一歩、歩くごとに装備している鎧が音を立てる。現れたのは戦士だった。しかし、ただの戦士ではない。


「魔物?」


 ランスロットは呟く。


 戦士は首から上がなく、本来ついている筈の首をその戦士は大事そうに抱えている。


 戦士は高速で移動し、ヴァンペルトに斬りかかる。それを見てモーントは猛々しく吠えた。


「戦うぞ!」


 ヴァンペルトは即座にシャドウストーカーを唱えてランスロットの影に隠れ、首なし戦士の攻撃を躱した。


 首なし戦士は標的を変えた。またも高速で移動して、攻撃を仕掛ける。ランスロットは仲間の危機に叫んだ。


「避けろ!エレイン!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「終わったぁ~!」


 ソフィアは大きな声を発しながら、上半身を伸ばした。ユリに近付くソフィア。


「何読んでたの?私の書いた記事?」


「違うわ、これよ」


 ユリはランスロットの冒険譚・宝の塔編を見せた。ソフィアは少しがっかりしたように相槌をうった。


「へぇ~」


 ユリは気になる続きを惜しみながら本を棚に戻した。ここはソフィアが勤務している新聞社だ。もう皆退社をしてユリとソフィアだけだ。ハルの言っていた通り、今夜大きな動きがあるとするならばもう夜も遅い為、この新聞社で泊まるのが最適だろうとユリは考えている。ソフィアが口を開いた。


「今日はこのままここで一夜を過ごそうと考えているんだけど」


「私もそれがいいと思います」


 2人の意見がまとまったとき、部屋を霧が包んだ。


「嘘!?こんな所に霧!?」


 ソフィアは前回の教訓をいかして直ぐに口と鼻を袖でおおった。


「ハルくんの言ってた大きな動きが来たようね」


 ユリはそう言うとソフィアを抱えて、窓から脱出した。


「ちょっと!ここ5階!!」


「静かにしてないと舌を噛みますよ?」


 ソフィアは絶叫する。ユリはこの絶叫で周囲に以上を伝えられるのではないかと考えながら着地した。地面に激突するのではないかと恐怖したソフィアはユリが着地した途端、地面に愛しさを感じ、泣きながら頬擦りをし始めた。小さな砂利がソフィアの頬を汚していた。


 着地したユリは真っ直ぐ標的を見据えている。標的は大きな大剣を携え、帝国領から帰ってきたユリを襲った2人の子供を後ろに侍らせている。大剣を持つ男が言った。


「我が名はシーモア。エルフの娘!いち戦士として貴方と戦いたい」


「貴方の後ろにいる子達は戦わないの?」


「あぁ……約束する」


 ユリはこれから戦う者が自分の出生を勘違いをしていることを放っておいて、返答した。


「わかりました。私の名前はユリ。さぁ戦いましょう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る