第184話

~ハルが異世界召喚されてから10日目~


「宜しいのですか?期限は明日まで、今日1日ぐらい望んだことをしてみては?」


 馬車に乗っているルナに窓越しから声をかける。レオナルドはルナを聖王国に引き渡すことに関してまだ納得していないが、ルナの覚悟を何度も確認することは不敬に当たると思っていた。せめて今日1日ぐらいルナの思い残しを払拭させたいと考えている。


「ありがとうございます……しかし、5日後には帝国との戦争が控えております。レオナルド様の貴重なお時間、そして大切な戦力であるエリン様をお連れしてしまうことを考えると、少しでも早く私が聖王国に行くべきであり、皆様に余計な負担を……」


「負担などではありません!!寧ろ貴方様がいるから我々戦士は命をかけて戦えるのです」


「レオナルド様ぁ~?それって告白ですかぁ?奥さんも息子さん達もいるのにぃ~?あーしちょっとショックですぅ」


 ルナと同席していたエリンが馬車内から茶化してきた。


「なっ!?何を言っている!!私はだな!」


 レオナルドの焦った表情にルナは笑みをこぼした。その表情に充てられたレオナルドはエリンに言い返すのをやめた。


「それに…こんなこと言ったら失礼なんですけど、私……安心したんです」


「安心?」


 言葉を選びながら話すルナにエリンは聞き返した。


「私……今度の戦争に参加をするのが怖くて……いつも戦士様達が怪我をしてるのを治すから……」


「そうそう!そのお陰であーし達は戦えるんだよ?」


「でも今度は戦士様達が怪我をする前に私が彼等の役に立てるのって初めてで……戦争が始まると治せない人がたくさん……おりますから……その…ごめんなさい!変なこと言ってしまって」


 エリンは悲しげな表情をしている。外で馬車と並走しているレオナルドはルナの想いを聞いて思った。そして、ルナのことを子供だと侮った自分を恥じた。


(このお方が……こんなにも優しいお方が……もっと別の生き方があった筈なのに)


 やり切れやい想いを抱きながら一同は聖王国に向かった。



─────────────


 ゲーガンは自分の任された大役を早く全うしたいと思っていた。聖女と呼ばれるルナの存在を耳にしたときは、馬鹿にしていたし、聖王国ではその呼び名を用いるのを好ましくないと考える者も多い。聖書では聖属性第五階級魔法を唱えられるという女性セリニにつけられた称号だ。そのセリニは聖属性第三階級魔法を好んでよく唱えていた事からルナもその呼び名で呼ばれ、世界中に浸透していた。


 何故、今さらルナを欲しがるのかゲーガンはおおよその検討をつけていた。


(どうせ、金の力で枢機卿になったチェルザーレとかいう若僧が愛玩として欲しているのだろう。絶世の美女だと噂されていたが年齢は21だ)


 ゲーガンが対象としている年齢を大幅に越えている。何を対象としているかは割愛しよう。


 ゲーガンの部屋がノックされ、噂の聖女がやって来たと報告を受けた。


「早いな……」


 ゲーガンは呟き、急いで外へ出た。仰々しい護衛達がルナの後ろについていた。ゲーガンはルナの顔を見た。


ピコン

ゲーガンの対象年齢が上がりました。


 きっと神の声ならそうアナウンスしていただろう。ゲーガンは少女を苦しみから快楽へ変えていく時に見せるいやらしい顔つきでルナを見ていた。


(おっと……危ない……友好的に振る舞わなくては)


「これはこれは!長旅でお疲れでありましょう。私はこの街の責任者であり司祭のゲーガンと申します。さぁ聖女様は私の元へ」


 ゲーガンはルナに手をさしのべながら近付いたが、屈強な男に遮られた。


「我々は貴方に引き渡すのではない、枢機卿団首席枢機卿であるチェルザーレ枢機卿に引き渡しにきたのだ」


「そうでしたね。生憎これだけ多くの護衛を泊める宿屋がありませんので、聖女様と何名かは宿屋にお休みなり、後の方達はお引き取りして頂いても?」


「野営をさせて頂くつもりだが、構いませんよね?」


 ゲーガンは一瞬イラッとした表情になったが直ぐに切り替え、野営の許可をした。


「これからチェルザーレ枢機卿に文を送ります故、ごゆるりと……麗しい聖女様がいらしたのだから夜の宴に是非参加を……」


「それには及びません」


 ルナは断ったが、ゲーガンは引き下がらなかった。


「しかし……もてなすようにチェルザーレ枢機卿から言われております。そうしないと私が叱られてしまいます」


 レオナルドはルナの耳元で囁いた。


「仕方がありません……奴等の狙いを探る機会でもあります……」


 ルナは渋々了承をした。ゲーガンの表情が明るくなる。


「それはよかった!チェルザーレ枢機卿は恐らく明日の早朝には到着するかと思われます」

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