第177話

~ハルが異世界召喚されてから7日目~


 スコートとレイが馬車から降りて魔物を討伐しているのをハルとユリは見ていた。


「凄い……」


 ユリはレイとスコートの戦いを見て呟く。


 一堂はレベルアップ演習の場である、クロス遺跡が事故により立ち入り禁止となった為に馬車に乗り王都へ帰る途中だった。


「私にはあんな動きできない……」


 ユリは二人の戦いぶりに自分を重ねていた。


 ──私もあんなに強ければ捕まることなんてなかったのに。


 ユリがそんなことを思っていると、ハルが口を開く。


「ユリも十分に凄いよ」


 唐突に褒められたので、ユリは顔を赤らめた。


「そ、そんなこと……私は皆さんに助けられてばかりです」


「その助けを求めて行動したのが凄いんだよ。それが出来なくて悩んでる人は大勢いるんだ」


「そうなのですか?」


 遠くの景色を眺めていた筈のハルがバッとユリの目を見て言った。


「どうしてあそこから出ていこうと決心したの?」


「そ、それは……」


 急に見つめられ、ユリは一旦目をそらして、もう一度ゆっくりとハルの目を見た。まだ、此方を真っ直ぐの瞳で見ている。そんなユリの様子をアレックスがもどかしそうに見ていた。


「あの施設に時々、私と同い年くらいの少年がやってくるんです」


「少年が?」


 魔物を倒したスコートが馬車に乗り込んできた。ユリは構わず続ける。


「その少年に言われたんです……」




『誰かの助けを待っているのか?そんな者は決して来ない。仮に助けに来たとしてもお前はここから動けない。お前は弱いから』




「酷い……」


 アレックスは呟いた。ユリはアレックスの発言を否定するように首をふる。


「いいえ。本当のことです。でもそれを聞いてある感情が芽生えたんです。私が封じ込めてたあの感情が……」


「それは怒りか?」


 スコートが会話に入ってきた。


「はい。そして私は弱くないと言い聞かせました。私は強いんだと……そしたら次の日、あそこから飛び出していました」


 ハルは納得した。いつかの世界線でその少年の言葉を聞く前にハルが救出したものだからユリは母の死を受け止められずにいたのだと。


「俺と真逆だな」


 スコートがユリに告げた。


「真逆?」


 ユリは首を傾げる。


「俺は自分を強いと思い込んでいた。いや、弱さを認めたくなかったんだと思う。だけど、誰かの為に弱さを認めたことで一歩踏み出せた気がしたんだ」


 ハルは自分が塞ぎ混んでいたところから立ち直ったきっかけと同じようなことをスコートが口にしたことに驚いた。そして直ぐに反省をした。


 ──この発言に驚くってことはスコートをどこか下に見ていたってことなんだよな……


 もうそろそろ王都に到着する。ユリは一旦ハルと同じ宿屋に泊まらせるつもりだ。仕事はルナさんの教会に行けばありつけるだろうと見立てを立てていた。


 ここから先は未知の領域、フェルディナンと別れてからここから先の物語をハルはまだ体験していなかった。


 三國魔法大会、プライド平原での帝国との戦争。それ以外に何かイレギュラーが発生しないことをハルは祈っていた。


───────────


~ハルが異世界召喚されてから7日目~


 マキャベリーは聖王国へ到着してから4日が経つ。重厚な机の前に座り、今日の出来事を頭の中で整理した。もう辺りは暗くなり、夕食の時間であることに気付いた。


 身仕度を済ませ、夕食をとろうと部屋から出ようとしたその時、帝国から持ってきていた水晶玉が光っていることに気が付いた。それを手に取り、通信を始めるマキャベリー。


「どうしましたスタンさん?ハル・ミナミノの実力がわかりましたか?」


『はい……昨日のレベルアップ演習で彼のステータスウィンドウを見ました。昨日でレベル1上がりレベル14でした』


「わかりました。それではまたこちらから──」


 マキャベリーは懸念していた者のレベルを聞いて通信を切り自分の任務に勤しもうとしたが、遮られた。


『もうひとつだけ報告が……』


 


 スタンからもうひとつの報告を受けたマキャベリーは夕食が準備されている場所に向かった。歩きながら考えていた。


(王国が……魔物を使役する魔道具の開発……そんな情報聞いたことがない……)


 ここへ来てマキャベリーの知らないことが立て続けに起きていることに違和感を覚える。


(帝国の情報も漏れている……)


 ハル・ミナミノについては各国で良くあることだ。若い世代の台頭というだけのことである。少しだけ気になったのはタイミングだった。マキャベリーによる魔法学校襲撃作戦の前に都合よくハル・ミナミノという戦力が現れた。


(勿論微々たる戦力ではあるが……)


 マキャベリーは自分の次なる作戦に抜かりはないか今一度確認した。この屋敷、いや城といっても過言ではない。ここチェルザーレ枢機卿の屋敷を歩きながら考えをまとめる。


 この屋敷は部屋だけでなく、廊下にまで赤い絨毯が敷き詰められ、調度品や屋敷の外壁も赤い。一度興味本意で尋ねたことがある。何故、この屋敷を赤く染めているのかを。すると、チェルザーレ枢機卿は長いオレンジ色の髪を揺らしながら答えた。


「私にとって赤とは嫉妬の象徴だからだ」


「貴方のような方でも嫉妬を感じるのですか?」


「私は嫉妬の荒波にいつも飲み込まれる。だが、嫉妬は自分の欲しいモノの現れだ。それが私を形づくり私たらしめる」


 チェルザーレの言っていることは人間にとっては至極当然なことだ。マキャベリーにも嫉妬心を抱くことはある。その為に帝国の軍事総司令にまでなったのだから。


 マキャベリーは考えを夕食が準備されている部屋に到着したと同時にまとめ終えた。


 横長のテーブルに、ピンク色のテーブルクロスがかけられ、豪華な料理がその上に用意されていた。


「何か考え事をしていたようだが……上手くまとまったか?」


 チェルザーレ枢機卿は豪奢な椅子に腰掛けながら尋ねた。


「心配には及びません、猊下」


「お前に猊下と呼ばれるとむず痒いな……私が正式に教皇となった後にその敬称で呼んでくれないか?」


「今のうちに慣れておいた方が宜しいかと」

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