第160話

 岩盤を叩き砕くような銃声が鳴る中、ミライは奮闘していた。ナツキがあけた大きな穴はほぼ塞がれ、地上を警備員に扮し武装した敵が固めていたのだ。ミライはマンホールを開けて地下へと潜入した。実験質へと続く大きな穴が見える。底は深すぎて見えない。穴の円周に足場を組み、修復している者と侵入者を排除しようとする警備兵が配備されていた。ミライはあろうことか警備達のいる足場に降り立ち敵を翻弄している。銃弾を潜り抜け、穴の底へ進もうとすると警備達がそれを守り、ミライは後退する。その繰り返しだ。


「芸がないな……」


 報告を聞いた平田はそう呟くと素粒子加速器のスイッチを押した。


ゴゴゴゴゴゴゴ


 ミライは仮面を被っているがそれは目と鼻の部分だけが覆われており、口元はそのままだ。加速器が動いたことにより大地が震え始めた。警備兵達はその震えに狼狽えたが、ミライは表情を崩さなかった。


 銃弾が幾つか当たっている筈だがミライは全くそれを意に返していない。


「妙だな……」


 平田と連絡をとっている警備兵の1人が呟くと側にいるもう一人の者が返答した。


「痛みを阻害する魔法とか傷を治す魔法ですかね?」


「我々を襲ってこないのは何故だ?」


 その時ミライの頭を銃弾がとらえた。


「やりぃ!!」


 命中させた者が声をあげた。しかし、ミライは倒れなかった。


「は?」


 警備兵は直ぐに、平田に連絡を取った。



──────────


 カードキーを手に入れればコソコソと潜入する意味はない。ミライは地下の実験室へと続く建物へと地上から堂々と入った。


 魔法で変装してキミコのカードキーを使用した。200階はあるであろう建物だ。1980年代、日本は高度経済成長期真っ只中、建設会社はそれぞれメガストラクチャーなる巨大なビル群の建設計画をたてていた。2010年代の高層マンションが低層と思われるほど巨大なビル群、メガストラクチャーを何十年越しにとうとう建設したのだ。というのも首都東京は土地が少なくその領土を上空へと伸ばすのが最も効率の良い発展のさせ方だからだ。動こうとしない政治家を世論が動かした。その世論はインターネットの情報により動かされた。その情報発信者が一体誰なのかはわからない。


 建物に入ったミライは地下100メートルの実験施設へと続くエレベーターの前へ立った。扉を無理矢理こじ開け、上下する鉄の箱には乗らずに単身で身を投げた。


 魔法で重力を操り上手く着地する。この魔法は昔とても難しい魔法だったがニュートン力学が確立された頃に重力の概念が既成の事実となった今では簡単な魔法だ。


 今頃、警備達はミライの幻と戦っているだろう。


 今まで突破困難だった扉を開け、実験室へと入ったミライは平田と対面する。


「ようこそ」


 平田以外誰もいない。


「意外と冷静ね」


 ステッキを向けるミライ。いつでも魔法が撃てる構えだ。


「きっと君はここまで来ると思っていたからね。それにほら?私以外誰もいない……みんな始末してしまった。君こそ冷静じゃないか?」


「今すぐ貴方に魔法を放ちたいわ」


 ステッキを握る手に力が入る。見るところ平田は丸腰だが──


「その顔、気に食わないな……まぁいい。それよりも感じているだろ?素晴らしい魔力を?」


「そうね……でもまだあなたの手元にはな……い」


 平田はミライが喋っている途中にいつもの薄気味悪い顔になるとその場から横へ歩いた。平田がその場から退いたことでいつもの強化ガラスが見える。しかしそのガラスの奥にはいつもと違いボロボロのステッキ以外に鎖で縛られているトモミの亡骸があった。


「殺す!!」


 ミライは今まで見せたことのない憎しみを平田に向ける。ミライの魔道具が光だした。


「ウィンドスラッシュ!」


 平田は懐からサングラスを取り出してかけた。縁についているボタンを押すと、サングラスが怪しく光だした。


 ミライの唱えた風の刃を平田は避ける。どうやら風の軌道をそのサングラスが瞬時に計算しているようだ。躱しながら平田は言った。


「かつて、魔女狩りがあった時代。魔女達は生きたまま火にくべられていた。その時のエネルギーを想像できるか?」


 ミライは平田の問いに答えない。追い討ちにフレイムを唱える。平田は迫りくる炎をのけ反りながら躱す。

 

「疫病で多数の死者が出た紀元前331年に、170人が魔女の嫌疑により処刑された」


「何が言いたい!?」


「実際に治ったんだよ。疫病が……君かもう一人のお嬢さんを生きたまま火にくべたらきっと凄い魔力が溜まるんだろうなぁ?」


「させない!!」


 平田を追い掛けるように魔法を唱えるミライは、来るときにナツキに向かって唱えた魔法『スロウ』を唱えて動きを封じた。


「トルネイド!」


 平田の胸に魔法がヒットする。その魔法の影響で沢山の機材が電撃を帯びるようにして壊れていくのが観察できた。平田は上半身を壁にめり込ませて倒れた。ミライは平田の脚しか見えていない。


 ミライはそのまま強化ガラスの内側に入り、トモミと魔道具を回収するため強化ガラスの内側へ入る扉を開けたが、昨日の出来事、閉じ込められた記憶を思いだし、少し躊躇した。すると後ろから熱を感じる。ミライは咄嗟に振り向き、背後から放たれた炎を後退しながら躱す。


 強化ガラスの内側から、ミライの魔法のせいでボロボロの白衣を着ている平田に鋭い視線を送る。ミライは不思議に思っていた。


 ──あの魔法を受けてどうして立てるの?



 ボロボロの白衣の下には冷たさを感じさせる機械が黒光りしているのが見えた。


「サイボーグ」


「そう……」


 平田は呟くと得意気に白衣を脱ぎ捨て、全身を顕にさせた。筋骨隆々とは言えないが、そのパワーには計り知れないものがあると予測できた。


「実に素晴らしい身体だろう?」


「貴方は人間をやめたのね」


 冷静に言葉を返すミライだが、内心焦っていた。最も攻撃力の高い魔法を命中させてもダメージがあまり入っていないからだ。


「人間をやめた?」


 平田は人差し指を立てて横に振った。


「ノンノンノン。これが人間の進化した姿だ!この身体を持つことにより心身の負担が減り、病気や怪我に怯えなくなった。憲法で言うところの健康で文化的な生活が可能になったのだよ?」


「……それなのにどうして貴方はこんな研究を?」


 ミライは少しでもMPが回復するように時間を稼いだ。そして、どうしたらトモミとあの魔道具を回収できるかを。


「それはだね?人間以上になってしまったからその更に上の神を目指したくなったのさ!!」


 平田が迫りくる。ミライは魔力を込めてフレイムを唱えた。炎とぶつかる直前に平田は屈み、全くスピードを緩めずミライの腹に一撃を加えた。


 その衝撃により後ろえ飛ばされ、口から唾液と遅れて血を吐き出すミライ。そうかと思えば、後ろの壁に激突して更にダメージを負ってしまう。あまりの衝撃に実験室の壁が円形にひび割れながら凹んでいた。


「おっと?もう終わりか?加減がわからないんだよな……」


 平田は機械仕掛けの指を滑らかに動かし、何かを確認しながら言っていた。


「……っく」


 立ち上がるミライは再び魔法を唱えるが、平田はミライに瞬時に詰め寄り顎を蹴りあげた。昨日、ナツキとミライがあけた穴を簡易的に塞いでいた天井にミライは激突し、それを貫く。意識がなくなりそうになったが、ミライは地上まで続くこの空間を塞ぐために設けられた鉄骨や工事現場などでよく見る足場にぶつかり何とか蹴り上げられた勢いを殺すことができた。しかし、今度は重力の力で落下してしまう。落ちて行く中でミライは足場を片手で掴み、平田のいる実験室に落ちまいと懸命に自分の身体を支えた。


 平田は機械仕掛けの手でひさしをつくるようにミライを見上げている。


「安心して落ちてきたまえ?死体がバラバラにならないようにしないと有効活用できないからな?」


 ミライは意識が朦朧としてきた。一定のリズムで頭に痛みがやってくる。自分の身体を片手で保つのが難しくなった。下を見ると平田が此方を見上げている。


 ──もう……終わりか……


 ミライは掴んでいる手を離した。一瞬落下に伴い内臓の浮き上がりを感じたが、先程の離した手を誰かに握られている。ミライはその人物を見た。


「ナツキ!?」


 ナツキはミライの手首を握っている。顔を強ばらせ、彼女を落下させたくない想いが伝わってくる。必死にミライの手首を握りながらナツキは口を開いた。


「この前……1つになってって言ってたけど……」


「え?」


 ミライはナツキがこの場にいることにまだ理解が追い付いていないがナツキは続けた。


「そんなのお断り!だって!手が繋げなくなるから!!」


 ミライは困ったような笑顔を向けてナツキの手を強く握った。

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