第72話

~ハルが異世界召喚されてから13日目~

 

 ──はぁこんな小童達の稚技なんて何の意味もない……


 戦争まであと3日、自分の国が滅亡してしまうことを剣聖オデッサは憂いていた。


 今回宮廷魔道師ギラバがどうしてもと頼み込んできたのでロイドに無理矢理闘技場へ連れてこられたのだ。


 ──この剣セイブザクイーンを腰に携えるのは何年ぶりだ?


 剣の輝きにオデッサは見向きもしていない。


 おそらく宮廷魔道師のギラバは三國同盟を結ぼうと躍起になっているのだろうとオデッサは考えていた。


 選手控え室を彷徨いていると、1人の少年と出会った。フルートベールの紋章をつけた自前の防具を着けている少年。


 ──出場者か?そういえばこんな顔の絵が出場者リストの中に……


 少年はオデッサを見ているが、その目線に違和感を覚える。


「っ!?」


 オデッサはこの目線を知っていた。


 少年との間合いを一気に詰める。


「お主!鑑定スキル持ちか!?」


 ──何故わかった?


 ハルは狼狽える。オデッサの速さについていけなかったのだ。


 おかげでオデッサのレベルだけしか確認できなかった。


 ──レベル45……


「まぁ私のレベルやステータスを見たとしても…どうでも良い…この国は……」


「この国は…なんですか?」


「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


 けたたましい銅鑼の音と歓声が聞こえる。大会が始まったのだ。


 オデッサはハルの質問には答えず去っていった。


 あの時、まだハルがこの世界に来て間もない時、オデッサはハルのことを助けてくれた。


 彼女の何を刺激したのか?彼女に何があったのか?


 ハルは今になってようやくその事について考え始めた。


─────────────────────


 空は雲に覆われ絶好の大会日和という訳ではないが、雨が降るよりかはマシだ。肌で感じる温度は直射日光を浴びないため、過ごしやすい気温ではある。日の光の変わりに大きな歓声が会場を暖めていた。


「よかったのですか?今大会の出資者が何も言葉を残さなくて」


 特別観覧席に座っているトルネオを囲むよう、配置についてる冒険者パーティー『竜の騎士』リーダーのジョナサンは言った。


「良いんだ良いんだ、君もランスロットの本を読もうとしているのに、出だしでミストフェリーズが出てきたらさめるであろう?」


 よくわからない例えをするトルネオは出場者を見定めようと少しだけ前のめりに座っている。


『それではこれより第68回三國魔法大会第一試合を行います!!実況は私ジエイ・カビエラが担当いたします!』


 観客の熱気が一層激しくなる。


 実況のジエイはその熱が少し冷めるのを待ってから続けた。


『第一試合!ヴァレリー法国魔法学園高等学校3年生!前回準優勝者グスタフ・スベリ!対!フルートベール王国王立魔法高等学校3年生!前回大会、そして前々大会優勝者~!!レナード・ブラッドベル!!』


 両者がリングに上がり盛大な歓声が轟く。それもその筈、前回大会の決勝が今大会の第一試合なのだから。


「あれから俺はお前を倒すために毎日修行をしてきたんだ!あの頃の俺だと思うなよ?」


 グスタフのバキバキに鍛え上げた上半身とバキバキに固めた髪を見せつける。彼の決意が現れているのだそうだ。


「それは僕も一緒さ」


 肩をすくめるレナード。


『始めぇぇぇぇ!!!』


 開始の合図と大きな声援と共に大会は始まった。


 グスタフは聖属性魔法ブレイブを唱えて攻撃力を上げる。さらに拳技精神統一でさらに身体を強化した。


『おおおっと!そのなりでまさかの聖属性魔法を唱えるかぁ!!ちなみにフルートベール王国で聖属性といえばやはりルナ・エクステリアさん!!今日もお可愛い……』


 ルナが赤面しながら客席で俯く。


 ルナと会場で合流したグラースとマキノは得意気に手を振る。シスターグレイシスも控え目に手を振っていた。


 実況のジエイは置いてる台本にペンで斜線を引く。ギラバに実況中、この言葉を言えとリストを渡されていたのだ。


 グスタフが一瞬で移動する。


「速い!!」

「はやっ!!」

「すごっ!!」


 観客達はグスタフの速度に驚いている。そんな観客達をよそに、グスタフは右ストレートを繰り出した。しかしレナードが綺麗避け、グスタフと距離をとる。


『魔法使いらしからぬ攻撃ぃぃ~!!しかし、レナード選手はそれを鮮やかに躱す!!その姿は多くの女性が虜となっていることでしょう!!』


「あの実況さぁ?レナードに対して甘くない?」


 試合を見ながらグスタフと同じ学校で大会出場者のドロフェイが呟く。


「え?そう?グスタフには悪いけど、私はレナードを応援してるわ?」


 同じく大会出場者のオリガは素っ気なく言った。


 ──女子怖い……


「やはり躱すか!さぁお前も来い!!」


 グスタフは気合いを入れて言った。レナードはそれに応えるかのように、掌を向ける。


「シューティングアロー」


 レナードは魔法を唱えた。光の矢はグスタフの鍛え抜かれた肉体に向かって放たれる。


「フン!!」


 レナードのシューティングアローを裏拳で弾くグスタフ。


『おおっと!!レナード選手の高速の魔法を弾いたぁぁぁ!!』


 今の動きに会場は少しだけどよめいた。


「流石グスタフ、あの速さの魔法を見極めて弾くなんて僕にはできない」


「うん…悔しいけど……」


 ドロフェイとオリガは呟いた。


 しかし、会場はもっとどよめいてもおかしくない。これも開催国ホームとアウェイとの差か?とドロフェイは感じる。


 ──レナードやフルートベール王国の選手には歓声を上げて、それ以外の選手には沈黙を貫く、我が国ヴァレリーで開催されるときはそんなことないのに。はぁ…くだらない……


 しかし、この考えこそが偏見に満ちていたことにドロフェイは気付いていなかった。


 会場にいるフルートベール王国の者の多くが代表選考会を見ていた為に知っている。レナードのシューティングアローを完璧に躱すスコート・フィッツジェラルドのことを。


「シューティングアロー!」


 またしてもレナードが唱える。今度のシューティングアローは先程のよりも速い。グスタフは弾くどころか、目で追うことすらできず当たってしまう。


「なっ!!?」


『これは速いぃ~速すぎる!!』


「速っ!!」


 ドロフェイがレナードの魔法に反応する。


「きゃーーー!!!」


 オリガが歓声を上げる。


 ──女子怖い女子怖い女子怖い……


「…今のは流石に速かったんじゃないのか?」


 ヴァレリー法国議長のブライアンは自国の魔法兵団副団長のエミリアに訊く。


「ん~まぁ少しやるって感じ?対策ならいくらでもできるよ?」


 エミリアは少し不機嫌に言った。エミリア達と同じ高さからリングを見下ろす、ダーマ王国の要人達も始まった試合について語っていた。


「レナード・ブラッドベル……もうその域に達したか……」

 

 ダーマ王国騎士団長バルバドスと宮廷魔道師アナスタシアは考えながら試合を見ている。


 グスタフは膝をつくとレナードは口を開く。


「選考会で、僕の魔法を完全に避ける後輩がいてね?僕も悔しかったから彼が避けれない程の速度を出そうと努力したんだ?その後輩の力も借りながらね?」


 スコートは試合を見ていた。


 あのグスタフという相手と戦うことを仮定した時、どのように攻撃するかを考えていた。


 1年生Aクラスの生徒達とユリが一緒に試合を観戦している。


 選考会は授業の一環だったが、この大会は只のイベントの為、ユリと一緒に観戦できるのだ。


「今のこの前のやつより速そうだけど避けられる?」


 アレンがスコートに尋ねる。


「条件が揃えば避けられるが、初見では無理だった」


「無理だった?」


「あの後ブラッドベル家に呼ばれてな、一緒に訓練をさせてもらった……それにしても恐ろしい人だったよ……」


 スコートはレナードとの訓練を思い出していた。


「何が恐ろしかったの?」


 アレンは追及する。


「あの人が唱える第二階級光属性魔法だよ……」

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