第36話


~ハルが異世界召喚されてから4日目~


<サザビーの街>


 パチッと音をたてて、光属性魔法が付与されている懐中電灯のような魔道具がフェレスを照す。


 壁にはフェレスのシルエットが映る。


 イギリスで狩猟をする際に被る帽子、通称鹿撃ち帽を目深に被り、パイプを咥えるその姿は正に名探偵。


「これ迄の道中、幾度となくゴブリンに襲われ続けたにゃー達はゴブリン討伐の為サザビーの街にたどり着いた。これから降りかかる大きな災いのことも知らずに……フッフッフッ」


「あのぉ…それでぇ……?」


 困った顔して先を促しているのはこの街の長だ。依頼を受けた冒険者が獣人族であった為、少し嫌な顔をしていたのをハルは見逃さなかった。


 確かに4日前に街を襲われ、街の娘達を拐われたとなるとあの演出は時間の無駄だ。襲われた翌日に娘達を救うため街の青年達が立ち上がったが彼等は帰ってこない、そこから冒険者ギルドに依頼をしたので時間がかかってしまったようだ。


「ちょっ!水をさすのはやめるにゃ!良いところだったのに!」


 フェレスは小道具をアイテムボックスにしまい、仕切り直した。


 ハルはフェレスの小道具を一瞥して思う。 


  ──あれ売れば馬車の運賃ぐらいにはなったんじゃね?


 ハルはフェレスのアイテムボックスの中身が気になった。


「……っとまぁ、この街に来てるゴブリン達はきっと住んでいた場所を追いやられて、いつもは来ない場所に来てしまってると予測できるにゃ~」


 ──都内のスズメバチ現象だな……


 ハルは自分の持ってる知識をわかりやすくそこに当て嵌めた。


「つ、つまり、ゴブリンよりも強力な魔物があの森に潜んでいると?」


「そうにゃ!ゴブリンよりも強力な魔物と言えばハイオークやホブゴブリンにゃ!これを討伐するとなると、Dランク以上のクエストになるはずにゃ!」


 町長は困った表情になる。


「し、しかしこの村にはそんなお金など……」


「フッフッフッ、そこで一つ提案にゃ?」


 フェレスの眼が怪しく光る。


「って、ていあん?」


「にゃー達はDランクの冒険者にゃ?だからにゃー達に直接依頼をすればギルドを通すより安くすむのにゃ!」


 ハルは日本で昔、お笑い芸人が起こした問題を想起させた。


 ──闇営業……


「い、一体いくらで…?」


「にゃーと彼に7万ゴルドずつでいいにゃ!」


 フェレスの眼が金貨のように光る。


「そ、そんなには……」


「安いにゃ?Dランククエストはギルドを通せば28万ゴルドぐらいは依頼手数料を取られるにゃ?それを半額以下でにゃー達が請け負うにゃ?」


「ん~……」


 村長は考えあぐねていた。


 そこでハルが申し訳なさそうに交渉の場に加わる。


「あの~、もしゴブリン以上の魔物がいなければ追加のお金は払わなくて良いです。僕らが討伐した魔物の一部を証拠としてお持ちするので、それを見てから払ってくれて構いませんよ?」


「そ、それなら……」


「待つにゃ!先に払ってほしいにゃ!それでにゃー達がゴブリン以上の魔物を討伐しなければそのお金を返すって順番にしてほしいにゃ!」


 町長はそれを承諾した。


 ハルはこの世界で始めてお金に触れる。紙束にして7枚、日本円で約7万円。


 ──へぇ~これがお金か……


 アイテムボックスにそれをしまい、町長の家を出るとフェレスがハルを抱き締める。


「よくやったにゃー!」


「な!何がです?」


「これを見るにゃ?」


 フェレスはアイテムボックスからホブゴブリンの頭部を取り出した。


「にゃは♪これで3万ゴルド分の働きはしたにゃ♪」


 ──この猫は…まぁ冒険者ってのはこんな感じか?


 二人はサザビーよりも更に西にある森の奥に進んでいく。


─────────────────────


 生い茂る木々をかきわけるハルとフェレス。落ち葉を踏み締め、少し湿った空気が鼻腔を乾きから癒した。


 そんな2人の前に、ゴブリン4体が襲ってくる。


 小柄なゴブリンのもつ口には大きすぎる舌と上顎の隙間から息が漏れる音が聞こえる。


「ギッギッギッ」


 棍棒を持ったゴブリンが大きく振りかぶってハルに襲いかかってきた。


「ウィンドカッター」


 風の刃がゴブリンの首と胴を切り離す。首のあった場所から血が噴き出した。落ち葉が赤く染まる。


 その様子を見てたゴブリン達が散り散りに逃げ出すのをハルとフェレスが後ろから狩っていく。


「ゲゲゲゲゲ」


 そして右耳を回収する。


 またしてもゴブリンが襲ってくる。同じことの繰り返しだ。


─────────────────────


 ゴブリンを倒しながら森の奥へと進むと洞窟を見付けた。その入り口には見張りのゴブリンが2体いた。


 フェレスはハルに待つよう指示する。


「にゃーの言ってたことが当たったにゃ」


「どういうこと?」


 ハルは聞き返す。


「彼処にゴブリンがいるにゃ?ゴブリン達は群れるが決して上下関係をつけたりしないにゃ。個体差はあるが強い者が弱い者を従わす知能をもってないにゃ、故に……」


 フェレスは鋭い爪をはやした指をピンと立てて言う。


「あの見張りよりも強くて知能の高い者が統治をしてる証拠にゃ!」


 自分の推理が当たったのが嬉しかったのか、アヒル口の可愛らしい表情になった。


 早速入り口の2体のゴブリンを屠る。


 ハルはゴブリンの耳を回収しながら洞窟内を見渡した。入り口の見た目とは違い、奥に行けば行くほど洞窟内は広くなっている。


 入り口に罠らしきものはない。


 ハルとフェレスは洞窟内へ入った。


 足音を殺しながら奥へと進むと、フェレスは頭についた大きな耳をピクピクと動かして何かを感知する。


「3体がこっちに向かってる、1体は足音が強い。おそらくホブゴブリンの……」


「ふつーに喋れるんですね?」


「にゃー!!?」


 一歩、歩くごとに地面を揺らすような鈍い音が聞こえてきた。大きな足音の主が見えた。ゴブリンの2倍はある体躯をしていた。ゴブリンを老人とするならばホブコブリンは筋骨隆々の青年のようだ。


 ただのゴブリン2体は、そのホブゴブリンの両脇を歩いていた。


 3体ともハル達には気付かず、こちらに向かってくる。ハル達は洞窟を形成している壁の窪みに隠れた。


 ハルは手に汗を握り緊張した面持ちだ。その緊張を和らげるためか、無意識に先輩冒険者であるフェレスをハルは見た。


「!!?」


 こともあろうかフェレスはホブゴブリン達の進行方向に大きな穴を掘っている最中だった。


「ちょ、ちょっとなにを?」


 ハルは囁く声で訊いた。

 

 穴からピョコンと可愛らしい耳が出てくる。そしてフェレスは勢いよくその自分の掘った巨大な穴から飛び上がって出てきた。


 3体のゴブリンがスッポリ入る程大きな穴だ。


 フェレスは魔法を唱えた。すると地面に空いた穴はなくなる。なくなると言うよりは見えなくなったと言った方が正しい。光属性魔法の一種で、光を洞窟の地面と同質の色にして、穴を覆うように浴びせかけているようだ。穴など初めからないかのように見えたのでハルは驚く。


「す、すごい……」


「ふぅ~」


 かいてもいない汗を拭うフェレス。


「落とし穴にかかったら君の得意の火属性魔法でやっつけるにゃ!」


「わかりました」


 ホブゴブリン達が近付いてくる。


 ハルの呼吸が浅くなった。ホブゴブリンがあと一歩踏み出せば落とし穴に落ちる。


 しかし、ホブゴブリンはその場で止まった。


 ──バレたか!?


 ハルがそう思うと、


「うりゃぁぁぁ」


 とフェレスの声がホブゴブリンの背後から聞こえる。


 いつの間にか、フェレスがホブゴブリンの背後に立ち、落とし穴に落とすようにして背中を蹴る。


 そして、ホブゴブリンの両脇にいた2体のゴブリンもフェレスが落とした。


 落とし穴に落ちたホブゴブリン達を見たハルは、穴の上から容赦なく穴の直径と同じくらい大きなファイアーボールをお見舞いする。


 ホブゴブリン達の叫び声は燃え盛る炎の音によってかき消された。3体は焼け死んだ。


 ゴブリンは跡形もなくなっているが、ホブゴブリンの方は黒焦げになっている。右耳の形が確認できたのでそれを回収した。


 回収しおわったハルが穴からひょいと顔をだして、フェレスを称賛した。


「初めから蹴り落とすつもりだったんですね!すごいです!」


 ハルの称賛も虚しく、フェレスは難しい顔をしていた。


「どうしたんですか?」


「ん~ここにホブゴブリンがいるってことはもう少し奥にはそれより上位のゴブリンがいる可能性が出てきたにゃ……」


「そうなんですか……」


 フェレスの作戦と考察にハルは感心していたがふと違和感を抱く。


 ──あれ?なんか変だ……


 言葉でそれを表現できないがしこりがあるが、今は関係ない。穴からでてフェレスの指示を待つハル。


「ん~上位のゴブリンとなると……」


 フェレスが思案していると、またも頭についている耳が動き出す。


「誰か歩いて来るにゃ?」


 ハルとフェレスはまたも岩影に姿を隠した。


 闇の奥からヒタヒタと力ない足音が聞こえる。走るでも歩くでもない速さで裸のスラリとした体格の女性が姿を現した。疲弊しきっている彼女は今にも倒れそうだった。


 ハルは気付いたら女性の元へ駆け寄った。


「待つにゃ!」


 フェレスの声はハルには届かなかった。女性はハルを見ると、その場に崩れ落ちた。ハルはその前に女性を抱きかかえる。


 実際に触れてみると彼女は痩せ細り、所々に切り傷や刺し傷があった。


 女性が来た闇から武器を持ったゴブリン4体とホブゴブリン1体が嫌らしい笑顔を向けながらやって来た。


「コイツら……」


 ハルは女性をフェレスに預けようとしたが、


「死んでる……」


 ハルの内側から怒りが込み上げてきた。


 ゴブリン達はそれぞれ槍や長剣を握っている。刃にはまだ乾ききっていない血がついていた。


「これは遊びか?」


 女性をわざと逃がし、それを追う。追い付くと斬りつけ、痛みを与えられた女性はまた逃げる。命が尽きるまで、これを繰り返していたようだ。


 そんな胸くそ悪い想像がハルの中で駆け巡る。


 スタンに向けた怒りとはまた別の、純粋な怒り。


 ──この魔物達には何をしたって構わない。


 ハルは女性を腕の中から丁寧に地面に横たわらせると、立ち上がった。



【名 前】 ハル・ミナミノ

【年 齢】 17

【レベル】 12

【HP】  121/121

【MP】  85/124

【SP】  149/149

【筋 力】 86

【耐久力】 107 

【魔 力】 114

【抵抗力】 102

【敏 捷】 99

【洞 察】 103

【知 力】 931

【幸 運】 15

【経験値】 980/2600


・スキル

『K繝励Λ繝ウ』『莠コ菴薙�莉慕オ�∩』『諠第弌縺ョ讎ょソオ』『自然の摂理』『感性の言語化』『アイテムボックス』『第四階級火属性魔法耐性(中)』『第三階級火属性魔法耐性(強)』『第二階級以下火属性魔法無効化』『第一階級水属性魔法耐性(中)』『恐怖耐性(中)』『物理攻撃軽減(弱)』『激痛耐性(弱)』『毒耐性(弱)』

  

・魔法習得

  第一階級火属性魔法

   ファイアーボール

   ファイアーウォール

  第二階級火属性魔法

   ファイアーエンブレム

  第四階級火属性魔法

   ヴァーンストライク

   ヴァーンプロテクト


  第一階級水属性魔法

   ウォーター


  第一階級風属性魔法

   ウィンドカッター


  第一階級闇属性魔法

   ブラインド


  無属性魔法

   錬成

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