第63話 少女と歩く 前田正樹の場合

 花咲百合さんの事はほとんど忘れていたのだけれど、こうして話していると何となく少女に花咲百合さんの面影があるように思えてきた。そう思ってみたけれど、よくよく見てみるとそこまで似ていないように思えてきた。姉妹というよりも従妹と言われた方が納得できるような印象を受けたのだった。

 当時の記憶を思い出してみても、正直に言って花咲百合さんよりも妹さんの方が可愛らしく見える。可愛らしいとは思うのだけれど、その表情の奥にはなんだかよくないものも見えているようだった。あくまで直感ではあるけれど、この少女はあまり良くない人間なんじゃないかという印象を持ってしまった。


「あ、お姉ちゃんがすぐ近くまで来てるみたいなんで、一緒に迎えに行きましょうよ。先輩の彼女さんも一緒に来てみたらいいんじゃないですか」

「そうだね。みさきも一緒に行こうよ。大丈夫、何も心配することは無いんだからさ」

「まー君がそう言うなら一緒に行こうかな。私もどんな人か気になるからね」


 少女についていくことになったのだけれど、僕の家からはどんどん離れていっていた。みさきの家の方に歩いているのだが、いつもの道から少しそれて住宅街の方へと進んでいった。この辺りはあまり来たことがないけれど、いつだったか一度来たことがあるような記憶があった。

 そう言えば、妹が友達と話している時にこの辺りの話をしていたのを思いだした。この辺りは僕らがまだ小さかった頃にはそれほど家は多くなかったはずだ。いつからか住宅が増えて今のような住宅街になっていったようなのだけれど、家を囲むように残された森がいい感じの閑静さを醸し出していた。

 あれ、あの森がある辺りでは僕らが生まれるずっとずっと前に何かがあったって言っていたな。えっと、妹の友達の美春ちゃんが言っていたのは、「あの森のあたりに昔は研究所があって、そこでは戦争で使う兵器の研究をしてたんだって。今でもその実験で大変な目に遭った人の思いが残っているかもね。だから、唯ちゃんはあの辺に行ったらダメだよ」みたいなことを言っていたような気がする。

 そんな事をぼんやり考えていると、少しだけ見覚えのある家の前に着いていた。


「ちょっと待っててくださいね。お姉ちゃんを呼んできますから。お二人はここで待っててくれていいですからね」


 少女がその家に入っていったのだけれど、表札を確認すると「花咲」と書かれていた。あまり似てはいないけれど、少女はやはり花咲百合さんの妹なのだ。そう思っていたのだけれど、今はそれよりも妹の友達の美春ちゃんが言っていたことが気になって仕方がない。僕はそう言った思いとか感じる方ではないと思うのだけれど、あの話を思い出してしまうとなんだか気が重くなっていた。


「ねえ、まー君は体調悪そうに見えるけど大丈夫かな?」

「う、うん。大丈夫だけど、ちょっと嫌な事を思い出してしまってさ。ここまでくる道を歩いていて段々思い出してきたんだよ。普段ってこの道を通らないようにしていたんだけど、その理由がわからなかったんだよね。でもさ、あの子の後を歩いている時に、小さいころに言われた事を思い出してさ。みさきがこの話を信じるかはわからないけど、この辺りって新興住宅地として人が増えていたんだけど、それって僕たちが小さいころに急に始まったって知ってたかな?」

「私の家から割と近いから家が建っていく様子を時々見に来てたけど、そんなにこの辺って家があった印象なかったかも。今はこうして家が多くあるんだけど、あの奥の方って自然が残っているんだよね。それって、あの辺りに昔は何かの研究施設があったっていう話なんだよ。その研究施設で行われていたのが、戦争で使う予定だった兵器って噂なんだよね」

「へえ、私はそんな話を聞いたことなかったんだけど、それって有名な話なのかな?」

「唯の友達の美春ちゃんって子が言ってたんだけど、あの森の中は良くないことが起きるかもしれないから近付いちゃダメなんだって」


 僕が過去に聞いた話を何となくみさきにしてみたのだけれど、みさきはそれほど話に興味が無いようだった。みさきはホラーとかミステリーとかはそんなに興味が無いのかもしれないな。僕が急に変な話をしても変な顔をせずに真面目に聞いてくれているのが、今の僕には嬉しい事だった。


「そうなんだ。私のお姉ちゃんがあの森でクワガタを取ってきたことがあったけど、あんまり変わったことは無かったと思うよ。人に寄るのかもしれなけど、まー君がそう言うならあんまり近付かないようにするね」

「そうだね。この辺に来る用事もないと思うし、意識してないとここまで来ることも無いよね」

「うん、今度の休みは二人でどこかにお出かけしようか。ちょっと遠いけど、隣町の水族館に行くのはどうかな?」

「隣に水族館なんてあったっけ?」

「水族館と言えるほどじゃないんだけど、大きいペットショップがあるからそこのアクアリウムが綺麗なんだよね。小さいころに行ってて水族館だと思い込んでたんだ。それで、今でもあそこを水族館って言っちゃうんだよね」

「なんだか、みさきの昔の話を聞けて嬉しいな。次の休みはそこに行ってみようね」


 ペットショップを水族館と言っているのは可愛らしいなと思ってしまった。みさきは動物も好きなようだし、僕が勝手に暗くなっていた気分も晴れてきたような感じがしていた。みさきはやっぱり素敵な彼女だなと思い返してしまった。

 先ほどの少女が家から出てきたのだけれど、その後ろに控えめに立っている女子高生がいた。僕たちとは違う高校の制服を着ている少女は間違いなく花咲百合さんだった。

 少しだけ懐かしい思いを感じていたのだけれど、それほど親しい間柄でもなかったので何を話していいのかわからなかった。とりあえず、相手の出方を伺うのがいいのかもしれないと思って僕はその場で黙って待っていた。

 みさきが僕を心配そうに見ているのだけれど、何も心配することは無いよという思いで僕は立っているのだった。不思議と、花咲百合さんを見ても懐かしいという思いはしていなかった。

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