第46話 操と二人の男 佐藤みさきの場合

 操先輩と田中君が付き合ったとしても操先輩の悩みは解決しないと思うのだけど、今のところ操先輩が普通に話せる男子がまー君しかいないのは問題だ。別に話をする事は良いのだけれど、今の感じで行くと操先輩が他の男子に慣れるまでまー君と一緒に過ごす時間が無くなっていきそうな予感がしていた。いっそのこと、田中君が性転換でもしてくれたらいいのだろうと思ってみても、田中君が女性になったらなったで面倒事が増えそうな予感しかしていない。


 お姉ちゃんでも解決できなかった問題だと思うのだけれど、優秀なお姉ちゃんが無理なのに私に解決出来るのかしら。お姉ちゃん一人で無理だとしても、私とまー君の二人でなら解決できるかもしれない。余計な人が一人増えているけど、相手にしなければいいだけだしね。

 田中君はまー君の友達だからお話もしたりするけれど、同じクラスに居ても私とは仲良くならないタイプの人だと思う。前に千尋から聞いたことがあるんだけれど、田中君はまー君と出会うまでは何でも出来た優等生だったようだ。そんな田中君がまー君に出会って敵わないって思って二番手のポジションに収まるようになった。それを聞いただけでもまー君って凄い人なんだなって思うよね。そんなまー君が協力してくれるのなら、操先輩の問題も解決できちゃうと思うな。


「あの、前田君の彼女がいるのに目の前でたくさん話しちゃってごめんなさい」

「それは気にしなくていいですよ。お姉ちゃんからも助けてあげなさいって言われてますから。まー君って話しやすいし安心できますもんね。一人変な人がいるから余計にそう思ってしまいそうですけど」

「ああ、それはあるかもしれないですね。ちょっと私も苦手なタイプかもしれないって思いました。得意なタイプが無いんですけどね」

「操先輩って小さい時も好きな男子とかいなかったんですか?」

「私ですか。昔から男の人が苦手でまともに顔も見れなかったので、そういうのは無いんですよね。初恋の経験も無いんです。おはずかしい」

「私も似たような感じなんで恥ずかしがらなくても大丈夫だと思いますよ。初恋がまー君だと思うので、私は幸せなんです」

「それはうらやましいな。みさきちゃんは可愛いからモテてそうだけど、告白されたりはなかったの?」

「時々はあったんですけど、知らない人にいきなり告白されて困っちゃいますよね。相手の気持ちになったら知らない人に告白なんて出来ないと思うんですよ。だから、私に告白してきた人がいても、私は相手にしてなかったですね」

「そうなんだ。二人が付き合うきっかけって何だったのかな?」

「聞いてもらってもいいですか。……なんと、私の一目惚れだったんです」

「え? 一目惚れ?」

「はい、入学式の後にたまたま見かけて結婚するならこの人しかいないなって思ったんです。それからは、友達に協力してもらったりして告白することにしたんですけど、上手く行ったんです。毎日が楽しくて嬉しくて仕方ないんです」

「二人は知り合いじゃなかったんだ」

「そうですね。知り合いじゃなかったけれど、遠い昔から二人は結ばれていたって事かもしれないですね。運命の相手ってやつだと思います」

「ところで、一目惚れってどこに惹かれたのかな?」

「顔ですね。好みって人それぞれだと思うんですけど、私の場合ってまー君の顔が一番好みなんです。何かが増えても何かが減ってもダメなんです。究極の形で全て完璧に成り立っていると思うんです。操先輩ってどんな感じの人が好きなんですかね?」

「私は、これといって譲れないポイントは無いんだけど、人と話すのが苦手だから、離さない時間があっても気にしない人かな」

「見た目とかは?」

「見た目はこだわりないかもしれない。私も人の見た目をどうこう言えるような感じじゃないし、気にしたことが無いかもしれないな」

「じゃあ、俺でも大丈夫ですかね?」

「ごめんなさい。本当に無理です」


 黙っていれば何も思われないだろうに、無理やり会話に入ってきた田中君は勝手に傷ついてしまっていた。いつの間にかまー君は文庫本を読みだしているし、操先輩の悩みを真剣に考えようって人は私しかいないのかしら。でも、操先輩の悩みが解決しない方がもしもの時のライバルが減るって考えたらいいのかもね。もしもの時なんてないんだけど、世の中何が起こるかわからないから、用心しておくに越したことは無いわね。

 操先輩にも好きな人が出来たら男の人が苦手なのも無くなるかもしれないけれど、男の人が好きになるなら苦手じゃなくなったって事じゃないかしら。苦手じゃなくなるのと好きになるのとどっちが先なのかわからないけれど、何かいい解決策があればいいんじゃないかな。まー君は私達を時々見てはいるけれど、あんまり興味が無いみたいなのよね。田中君もソワソワして落ち着かない様子だし、気が散るからどこかに行って欲しいな。


「先輩の苦手を克服するのに普通の事をしてもダメだと思うんですよ。そこで、ちょっと普通とは違うスキンシップを取ってみるってどうですか?」

「田中君ってまだいたんだ。そのスキンシップって具体的に何?」

「佐藤さんって俺には冷たいよね。別にいいんだけどさ。具体的に言うと、外国人の人みたいにハグしたりキスしたりして免疫を付けようってやつ」


 この人は本当に何を考えているんだろう。それは私だって遠慮したいと思うのに、男の人が苦手な操先輩だったら卒倒しそうな予感がするわ。大体、私も抱き着いたこと無いのにまー君に抱き着くなんてダメじゃない。本当にこの人は考え方がおかしいわ。


「田中君が考えてる事ってダメだと思うよ。操先輩がそんな事をしても平気なわけないし、まー君だって困っちゃうと思うんだよね。大体、彼女の目の前で他の女子に抱き着いてキスするとかおかしいんじゃないの?」

「あれ、前田がするのって確定なわけ? 俺も一応男子なんだけど。それも彼女無しの男子だけどさ」

「操先輩だってまー君相手なら大丈夫かもしれないけれど、大丈夫だったら大丈夫でその後気まずくなっちゃうと思わないの?」

「前田じゃなくて俺がやれば気まずくなる事も無いと思うんだけど」

「ねえ、まー君も何か言ってやってよ」


 田中君みたいに話の通じない人と話をするのは凄く疲れちゃうんだけど、まー君を見て少しでも癒されておかないとな。それにしても、変な提案したせいで部屋の空気がおかしくなっちゃったじゃない。これで操先輩とまー君が怒ったら大変なことになっちゃうわよね。田中君のお仕置きを真剣に考える必要があるかもしれないわ。


「俺は別に気にしないけど、みさきは人前だと嫌かな?」

「え、まー君は気にしないの?」

「俺はみさきの事が好きだし、心の底から信頼してるから大丈夫だよ」

「そっか、まー君がいいんならしてあげてもいいんじゃないかな」


 私もまー君の事は信用してたんだけど、何だか少しがっかりしちゃったな。愛ちゃん先輩とかさやかには興味ないみたいだったけど、操先輩には何か興味をそそられる何かがあったのかな。ちょっとだけ哀しい気持ちになっちゃったから、今日は早めに寝ちゃおうかな。こうなったのも田中君のせいだし、千尋と二人で田中君を困らせるような罰を考えるのも楽しそうだわ。


「え、なんで?」


 思わず声に出ちゃったけれど、私はまー君に思いっきり抱きしめられていた。みさき先輩ではなく私を抱きしめていた。今の状況に頭の理解が追いついていないんだけど、とにかく私はまー君に力強く抱きしめられていた。少しだけ力が強いけれど、優しさを感じるような暖かさも感じていた。


「ちょっと、どうしたの?」

「田中が松本先輩の悩みを解決するために抱きしめたりキスをしたらいいって言ってたからね。さすがに人前でキスするのは恥ずかしいかなと思ったけれど」

「え、操先輩にじゃなくて私になの?」

「俺がみさき以外の人にそんなことするわけないよね。それに、田中がみさきに抱き着くとか想像もしたくないしさ」


 抱きしめられているからだけど、まー君の囁き声が耳元で聞こえて心地よい。田中君が言っていたことは私の勘違いじゃなくてまー君が勘違いしているだけだと思うんだけど、この勘違いはいい勘違いだと思う。田中君には罰を与えようかとも思っていたけれど、今回はおまけして何もしないでおいてあげよう。

 まー君に抱きしめられるのは嬉しいけれど、初めて抱きしめられたのが人前だというのは少し恥ずかしかった。操先輩は両手で顔を隠してはいるけれど、私達の様子をしっカイリと見ているようだ。私の位置からはまー君の顔で隠れて田中君の様子が見えないけれど、田中君の姿だったら見えない方がいいかもしれない。


「あの、ラブラブなところすいませんが、俺の想定していた事と違うんですよね」

「ちょっと、あなたは二人の邪魔をしないでください。ここは見守るところですよ」

「でも、あんなにラブラブな姿を見せられて悔しくないんですか?」

「悔しい事なんてないですよ。愛し合っている二人が一つになっているなんて素晴らしい事じゃないですか。さっきはドン引きしましたけど、この状況を作り出したあなたにお礼を言います」

「えっと、お礼は嬉しいんですけど、どうせなら俺たちも抱き合いませんか?」

「そういう冗談は良くないと思いますよ」


 私達を見ながら操先輩と田中君が話をしているんだけど、操先輩の顔の動きを見ている限りでは、田中君の顔を見ながら会話が出来ているように見えた。男の人が苦手だっていう悩みが解決できたのかもしれないけれど、そのためには私達が抱き合わないといけなくなってしまうのかな。それならそれで良いかもしれない。


「そろそろ離れた方がいいかな?」

「もう少しだけこのままがいいな。私は幸せ者だな」

「俺も幸せだよ」


 二人で幸せを噛みしめ合っていると、操先輩が何故か私に抱き着いてきた。この感じだと、私には触れているけれどまー君には触れないようにしているのがわかる。


「二人を見ていたら、羨ましくなっちゃいました。でも、彼氏さんを取るのはダメだと思うので、みさきちゃんを通して間接的に体験させてもらいますね」

「え、私の背中で良ければいくらでもどうぞ」


 先ほどから背中に柔らかいけれど質量のありそうな感触があるのだけれど、きっとそれはアレだろう。私の胸もそんなにふくよかならば、こんなに近くにまー君の顔が無かったのかもしれないと思った。負け惜しみではなく、心の底からそう思っていた。

 このまま抱きしめられているだけでも嬉しいのだけれど、出来る事ならキスをしてみたいと思っていた。操先輩には申し訳ないけれど、田中君を連れてどこかにいてもらいたいと思っていたが、それは無理な話だと思う。今日は無理でもそのうちまー君に自分から抱き着いてみたいとも思っていた。


 今日は早めに寝ようかと思っていたけれど、今の感触を思い出してしまうと、朝まで眠れないのかもしれない。

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