第41話 田中董次は凄い男である

 俺は小さい時から何でも出来た方だと思う。運動も人並み以上に出来ていたし、勉強は学年順位も一桁が普通で、調子がいい時は一位を取る事もあった。小学生の時からクラス委員長に立候補してみたり、中学の時は約二年間生徒会長を務めた。

 祖父が元道議会議員で父親は市議会議員でいて、叔父も隣の市で市議会議員である。いわゆる政治一家というやつなのだが、俺もいずれは父親の地盤を引き継いで立候補することになるだろう。そんなわけだから、学生時代に学力で誰かに負けるようなことが無いように努力もしている。

 運動が得意なのは母方の血筋なのだと思うけれど、母親の兄弟には国体選手やオリンピック代表候補になったような人が数多くいるのだった。

 正直に言うと、今のところ政治にそれほど興味があるわけではないのだが、いずれ地盤を継ぐことになるのならば、今からしっかりと勉強をしておいても間違いはないだろう。


 そんなわけなので、正月には祖父の家に集まる決まりになっているのだけれど、朝から多くの人が新年の挨拶にやってる来るわけで、俺もその人達に挨拶をしっかりしていた。そこで学んだことなのだが、多くの人物を見てきた結果、成功するしないは別として人間的に大きい存在と小さい存在の人がいる事が見抜けるようになっていた。

 これは誰にも言っていない事なのだけれど、祖父からは体の芯に突き刺さるような重圧を感じていたのだけれど、父親からはそう言ったモノは一切感じることが無かった。叔父は若い時はそうでもなかったのだけれど、今年の正月に会った時は祖父の様な重圧を感じる場面があった。具体的にどう言ったモノなのか説明することは出来ないが、目を見ていると体の芯から寒気を感じているのがソレだと思う。


 祖父の様な重圧を感じるような人も数多く見てきたが、その多くが数年後にはその重圧が無くなっていた。叔父のように後から重圧を無言のままかけてくるものもいれば、いつの間にか他の人のように重圧の無い人間になっているモノも多くいた。偶然だとは思うのだけれど、正月の挨拶の際に俺が名前を聞いた唯一の人物が地元の県の知事になったこともあったらしい。


 中学から私立に進む話も出ていたのだけれど、俺は数少ない友達と離れることが我慢できなくて、公立に進むことにした。私立に行っていた場合がどうだったのかは想像もつかないが、生徒や先生の他に外部講師の方などを多く見てきたものの、重圧を感じることは一切なかった。それは、今の高校に入学するまでの話である。


 入学式の日も普段通りに登校していて、見知った顔があれば挨拶の一つでも交わしていたのだけれど、同級生を見て衝撃を覚えたのは後にも先にもその時が唯一の体験であった。最初に感じた衝撃は、隣のクラスの女子でその時は名前も知らなかったのだが、のちに親友の前田の彼女となる佐藤みさきさんだった。可愛らしい容姿とは裏腹に、心の底に何か人知れない強い決意のようなものを感じていたのだけれど、それが何なのかはいまだにはっきりとしていない。もう少し話をする機会があれば理由がわかるかもしれないのだけれど、どういうわけなのか俺はそれほど好かれていないようで、佐藤さんとじっくり話す機会は得られなかった。


 もう一人の衝撃は親友の前田の目を見た時だった。その重圧は祖父にも似ているような気がしていて、細かい嘘でも全て見透かされているような感じがしていた。他の誰を敵に回したとしても、前田だけは敵に回さない方がいいと思えるような、そんな重圧を感じてしまった。前田は勉強も運動もそつなくこなすし、俺と共通点も多いのだけれど、決定的に違うところがあった。

 それは、前田には可愛らしい彼女がいる事だ。前田が紹介してくれた事でその彼女の名前が分かったのだけれど、前田と付き合うようになってからの佐藤さんからは重圧を感じることが無くなっていた。祖父にその事を尋ねてみると、強い女は強い男の中で爪を研いでより強くなろうとする。という事を言われたのだけれど、俺にはその言葉をちゃんと理解することが出来なかった。


 俺が衝撃を受けた人物同士が付き合っている事も驚いたけれど、俺から言わせてもらうと、そんな二人が別の人と付き合う事は本人だけでなく周りの人にもデメリットしかないように思えた。今でも二人の事に詳しいわけでもないのだけれど、二人はこれ以上ないくらいベストカップルだと思うし、出来る事なら死ぬ時まで一緒にいて欲しいと思っていた。


 前田と仲良くなろうと思った最大の理由が、前田を敵に回さない事なのだが、何日か一緒に過ごしてみると、敵かどうか以前に他人に興味を持っていないように思えていた。実際に、ゴールデンウイーク前までは俺以外の人と話している姿を見た事も無いし、ゴールデンウイーク明けの全校集会でもそのような感じは受けなかった。

 しかし、ゴールデンウイークが明けて全校集会だけで帰れるあの日に、前田に彼女が出来た。相手が佐藤さんだと知った時は心から良かったと思った。滅多に感情を表に出していなかった前田も、俺のその反応を見た時は嬉しそうにしていたと思う。


 そんな前田は俺が衝撃を受けるようなことを立て続けに行っていたのだけれど、前田本人はその事を全く気にせず興味なさげに淡々と過ごしていた。俺にとっては今まで体験したことも無いような事をたくさんしている前田が気になっていたけれど、なるべく前田の機嫌を損ねないように努力をした結果、本当に超えてはいけないラインが何となくわかるようになっていた。俺はそのラインを越えないように余裕をもって行動することによって、前田の中での俺の存在が少し大きくなっているとは思う。


 前田は驚くことに、告白されて付き合う事になったその日に自分の家に彼女を招待したらしい。その際に妹と母親とも面識を持ったらしいのだけど、佐藤さんは前田の部屋に入る事はなかったようだ。前田の考えはよくわからないけれど、あえて二人っきりになる空間を避けることで安心させたかったのかもしれないが、それはあまり効果が無いようにも思えていた。

 その後も前田は学年で一番胸の大きい守屋さんに告白されてその場で断ってみたり、三年生の先輩と腕を組んで登校していたりと着々とハーレムを築いている様子だった。だが、前田はそんな人たちの事は目にも入らなかったようで、何かあるたびに彼女である佐藤さん以外の女子には異性として何の興味も持っていないようだった。


 俺の祖父が倒れて危険な状態になってしまって、俺はその間学校を休むことになったのだけれど、その間にも前田は俺の予想を超えるような経験をしていた。

 一年生の間でも噂になるくらい可愛らしいアリス先輩と異常に胸の大きい鈴木先輩と一緒にご飯を食べていたり、告白してきて断った相手である守屋さんと仲良くしていたり、俺も食べたことが無い女子の手料理を毎日のように食べていたりと羨ましい限りである。

 明らかに前田の周りにハーレムが形成されていると思っていたのだけれど、前田本人に聞いてもそんな事実はないようだし、守屋さんもそんな事実はないと断言していた。

 少しだけ怪しく思って観察してみたのだけれど、前田は本当に佐藤さん以外には興味を持っていないようだった。なぜそこまで一人の人に夢中になれるのか、普通の人にはわからないかもしれないけれど、俺は前田と佐藤さんの間にある強烈な重圧が現いんっではないかと思う。

 三年のアリス先輩も鈴木先輩も他の生徒には無いような重圧を感じているし、守屋さんからも重圧に似た何かが出ているような気がしていた。しかし、佐藤さんと前田からはそれを飲み込むような圧倒的な重圧を感じていたのだ。そんな二人の仲に割り込むには相当な気合と体力が必要そうだとは思った。


 実際のところ、前田の周りには多くの美女が集まっているのは事実だし、それ以外の大半の女子も前田に対してマイナスな感情を抱いている人は少ないだろう。佐藤さんがいなければ前田と付き合えると思っている女子は多く良そうだけれど、前田から出ている重圧に耐えられるような人は、世界広しといえども数えるくらいしか存在しないだろう。

 そんな前田と佐藤さんの幸せが長く続いてくれることを俺は心の底から願っている。


 これは紛れもない俺の本心なのだ。それは、前田を敵に回したくないという強い気持ちの表れでもあるのだから。

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