第25話 登校しよう 佐藤みさきの場合

 セットしていた目覚ましの音に反応して上半身を起こしてみたものの、頭も体もまだ寝たりない事をアピールしていた。自分で決めたこととはいえ、少し早かったかなとも思っていたけれど、少しだけ早起きしてお弁当を作ると決めたのだから。

 寝る前にある程度は準備をしているとはいえ、それなりに手をかけないと美味しくなってくれないだろうとの思いで、愛情を込めて順番に調理をしていると、匂いに釣られたのかお姉ちゃんが台所を覗きに来ていた。


「おはよう、こんなに朝早くから頑張ってるね」

「うん、美味しく食べてもらいたいからね」

「でも、そんなにたくさん食べないでしょ?」


 食卓テーブルの上にはお弁当に入れるには多すぎる料理が並んでいるのだけれど、これらを全部入れるつもりなんてないのだ。


「一人分を作るのって難しいから、家族の分も一緒に作ってるんだよ。お姉ちゃんは早弁すると思って二つにしたけど、同じの二つだと嫌かな?」

「私は同じメニューでも気にしないタイプだって知ってんじゃん」

「うん、知ってて聞いたよ」


 お姉ちゃんは火が通って味が付いていれば好き嫌いはほとんどないのだけれど、料理があまり好きではないらしく、交代でお弁当を作った時にはお弁当箱一杯に枝豆を入れたりしていた。なんでも、枝豆は体にいいからとの事なのだけど、物事には限度があると思うのだが。


「みさきはいったい何時から起きてそんなにたくさん作ってるのさ」

「起きたのはついさっきだけど、半分くらいは昨日の夜に下ごしらえしてたよ」

「うそ、全然気づかなかったよ」

「お姉ちゃんはずっとゲームやってたもんね。それも、まー君と」

「え、それも気付かなかった。やたらとマッチング早いなって思ってたんだよね」


 私がお弁当の準備をしている間もいつものようにゲームをしていたお姉ちゃんだったのだけれど、オンラインで一緒に遊んでいた相手がまー君だったのは今気付いたらしい。会話をするようなゲームではないので気付かないのは仕方ないけれど、同じ人とずっと対戦していて飽きないものだと感心していた。きっと、同じものを食べ続けても飽きないのと同じ感覚なのだろうけれど、私にはその感覚が理解できなかった。


「そっか、今度みさきの彼氏に謝っとかないとね」

「なんで?」

「いや、下手な人にずっと付き合ってもらっちゃったからさ」

「それは気にしてないみたいだよ。途中でメッセージきたからね」


 ウインナーとから揚げと卵焼きを一つずつ摘まんだお姉ちゃんだったが、そのまま二つ目に手を伸ばそうとして思い止まっているようだった。


「美味しいからもう少し食べたいけど、私はもうひと眠りすることにするよ」

「そっか、おやすみなさい」

「みさきもお弁当出来たらひと眠りするの?」

「私はそのまま学校に行く予定だよ」

「早くない?」

「そうかな? 六時半には家を出ようと思っていたから、ちょうどいいくらいだと思うけど」

「最初から無理しないで自然体で楽しむ方がいいよ。恋愛経験無い私が言うのも説得力ないけど、無理してたら続くものも続かなくなるかもよ」


 お姉ちゃんが部屋に戻ると、私は粗熱のとれた料理たちをバランスよくお弁当箱に詰めていった。彩りとか見栄えの見本としてお父さんのお弁当から摘め、お姉ちゃんのお弁当で補修して、お母さんのお弁当で最終確認をして、まー君に渡すお弁当で完成となる。お父さんのお弁当はちょっと地味になってしまったけれど、お父さんは何でも喜ぶと思うし良いだろう。

 完成したお弁当をちょっとだけ可愛い保冷バッグに入れて家を出た。この時間でも通勤している人はそれなりにいたけれど、私がまー君の家の方に向かって歩いていると、後ろから聞き覚えのある声がだんだんと近づいてきていた。


「みさきタンおはよう。今日はずいぶんと早いね」

「愛ちゃん先輩おはようございます。今日はちょっと寄るところがあるので」

「そうなんだ。私もついて行っていいかな?」

「普通に嫌です。愛ちゃん先輩はまっすぐ学校に行ってください」

「この時間に行っても開いてないよ。だから、みさきタンと一緒に行く事にするよ」


 愛ちゃん先輩は最初はこんな感じじゃなかったのに、いつの間にか私に対して愛情を過剰に表現するようになっていた。辛い事があると人は変わってしまうというけれど、ここまで極端に変わるのはいまだに信じられない。

 そのまま歩いていても愛ちゃん先輩から色々と探りを入れられてしまって、ちょっとだけ面倒に思ってしまったので、私は好きな人に対して質問したくても控えめにしておこうと心に誓うのだった。


 当初の予定通り、七時くらいにまー君の家に着いたのだけれど、まー君が何時に登校するのか聞くのを忘れていたので、しばらくここで待つことになるだろう。

 何となく部屋の方を見ていると、カーテンが開いて唯ちゃんの姿が少しだけ見えた。今見えた部屋が唯ちゃんの部屋だという事は、ここから見える正面の部屋がまー君の部屋のなのだろう。カーテンは閉まったままなので、先に登校しているという最悪な事態だけは避けることが出来た。


「ねえ、ここで誰か待っているの?」

「そうだよ」

「どんな人を待ってるの?」

「ふふ、内緒だよ」


 そんな会話を何度か繰り返していると、玄関が開いてまー君が出てきてくれた。私がそろそろ待ちくたびれそうになっているくらいに出てきてくれるなんて、優しい彼氏だなって思うよ。


「まー君おはよう」

「おはよう」


 まー君はちょっと驚いていたみたいだけれど、私を見るとすぐに笑顔を返してくれた。とりあえず、挨拶だけで会話が終わるのももったいないし、何か話題を振ってみないとね。


「まー君が何時に家を出るのかわからなかったから、七時から待ってたよ」

「え? 一時間もここで待ってたの?」

「うん、早くまー君に会いたかったけど、急かすのは違うんじゃないかなって思ったんだよね」

「いやいや、それならそう言ってくれたらもう少し準備も急いだのに」

「いいの。こうして待ってる時間もまー君の事を考えることが出来たし、会えない時間が愛を育てることもあるんだよ」

「でも、家からここまで結構時間かかったよね?」

「そうなの、本当は自転車で来ようかなって思ってたんだけど、急いで家を出たら自転車の事忘れてたよ。一回取りに戻った方が早くこれたと思ったんだけど、一緒に歩くのもいいかなって思ったんだよね」

「一緒に歩いた方が長い時間いっしょに入れるかもしれないよね」

「うん、まー君も同じ気持ちなんだね。ところで、今日のお昼はお弁当かな?」

「今日も母さんが作ってくれたお弁当だよ。俺も一つ聞いていいかな?」

「なあに?」

「みさきの横で俺の事を睨んでる人って、みさきの知り合い?」


 まー君が出てきてその存在の尊さにすっかり忘れてしまっていたけれど、愛ちゃん先輩も一緒に待ってたんだった。それにしても、睨んでる人って誰だろう?


「睨んでる?」

「うん、俺の事をずっと睨んでる人」


 愛ちゃん先輩は私の肩に手を置いて私の背中越しにまー君を見ているようだけど、愛ちゃん先輩の大きな胸が私の背中を圧迫していた。


「みさきタンは早起きしてまでこいつの家にきたかったの?」

「そうだよ。無理に付き合ってくれなくても大丈夫だったのに」

「そんなことは無いよ。可愛いみさきタンが朝早くから外に出てたら気になっちゃうじゃん」

「私だって早起きできるんだよ。今まではしなかっただけで」

「でも、どうして早起きしてこんなとこまで来たの?」

「昨日の夜はお風呂に入ってすぐに寝ちゃったから、少しでも早くまー君に会いたいなって思ったんだよ」

 お弁当の下ごしらえして疲れちゃったんだけど、そのお陰で早起きできたのかもしれない。お弁当はサプライズに取っておかなきゃね。

「ねえ、さっきからまさかと思っていたんだけど、この男ってみさきタンの何?」

「え、私の大好きな彼氏だよ」

「みさきタンに彼氏が出来たなんて聞いてないなぁ。ちょっとだけこの男と話してもいいかな?」

「ええ、私もまー君とお話ししたいんだけど、愛ちゃんは学年違うし話す機会も少なそうだから特別だよ。でも、まー君の事を好きになったらだめだからね」

「うん、好きになることは無いから安心していいよ」

「その言い方はちょっとショックだけど、愛ちゃんの事は信用しているからね」


 二人は面識ないみたいだけど、二人っきりにしても大丈夫かな?

 二人を信頼してないわけじゃないんだけど、まー君はかっこよくて優しいし、愛ちゃん先輩は可愛くて胸が大きいから、二人がお互いの魅力にひかれても困るよね。ちょっとだけ覗きに行こうかと思ったけど、今はぐっと我慢しておかなきゃね。干渉しすぎるのは重い女って思われるらしいもんね。


 それにしても遅いな。家の裏の方に行ってからもう三分くらい経っているよ。気になるからちょっとだけ様子をうかがってみようかな。壁沿いにゆっくり進んで、角から少しだけ顔を出してみると、愛ちゃん先輩と目があっちゃった。


「私の名前は鈴木愛華。三年生だからお前の先輩だ。呼ぶときは愛華先輩と呼んでいいぞ」

 

 自己紹介ならあっちでやればいいのに、そんなに人目が気になるのかな?

 二人ともいい意味で目立ちそうだし、隠れたくなる気持ちはわかるけど、二人は仲良くなろうとしているのかな?


「全然戻ってこないから気になってきちゃった。二人で何してたのかな?」


 まー君と仲良くしたいんだったら私に言ってくれたらいいのに、愛ちゃんは私からまー君を取ろうとしているのかな?

 そうだとしたら許せないかも。


「いや、前田とみさきタンの良さについて語り合ってたんだよ。なあ」

「あ、ああ。俺の知らないみさきの良さを教えてもらってたんだよ」


 そっか、私の事を聞きたいのにその場に私がいたら恥ずかしいかもしれないよね。私もまー君がいる前で唯ちゃんにまー君の普段の様子とか恥ずかしくて聞けないかもしれないし。今度遊びに来た時に唯ちゃんに聞いてみることにしようっと。


「なんだ、私の良さって照れちゃうな。まー君にだったらなんでも見せてあげるんだから、他の人に聞かないで私に直接聞いてね」


 二人ともそんなに私の事が好きだなんて嬉しいな。

 これからずっと仲良くしていけたらいいな。

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