ナイトメア・ディスオーダー

@fack91

十二天将飼殺し(1)

 S県F市。田舎といえば田舎であるし、はたまた都会ではないのかと問われるとそんなことはない、中途半端に発達したコミュニティである。

 未堂大裳みどうたいもはそんなF市のことがあまり好きではなかった。


 家の近くを歩けば田畑の澱んだ臭いが漂ってくるし、F市に比べるとそこそこ都会であるK市まで足を伸ばすとお金がかかる。

 ならば、と家に引きこもってみても、インターネットの世界は相変わらず暗い話題ばかりで気が滅入った。


 高校のクラスメートは皆馬鹿ばかりだし、最近は教師も同類に見えてきた。


 大裳は段々と居場所を無くしていった。


 そんな彼女でも、縋れるものが一つだけあった。

 『宇宙夢』という一作の小説である。


 『じゅぴ太』という作者が書いたその作品は、『春眠』という正義の組織が悪の組織から日常を守るために、『宇宙夢コスモチューム』と呼ばれる特殊能力を駆使して闘う――というものだ。


 昨年の冬頃に小説投稿サイト『コクヨム』に投稿されたそれは、大裳の心をまたたく間に虜にした。

 軽妙な筆致から繰り出される重厚な描写。先を読ませぬ斬新な展開。そして、どこか『他人事ではないような』切迫感。


 新着を読むためにコクヨムで作者のアカウントもフォローしたし、二次創作として登場するキャラのイラストも描いた。元々つまらなかった学校は行くのを止めた。

 大裳は『宇宙夢』を読むために日常の全てを捧げていると言っても過言ではなかった。


 そんなある日、いつものようにスマートフォンを見ながら一人で朝食を取っていた大裳のコクヨムアカウントに、一件のメッセージが届いた。

 送信者名には『じゅぴ太』と記されていた。


 大裳の心拍数が跳ね上がり、いつもはとらないようなすっとんきょうな行動をとってしまう。

 具体的に言うと、椅子から転がり落ちて頭を打った。


 何度も確認するが、そこには依然として『送信者:じゅぴ太』の名が。

 勝手にイラストを描いたことを咎められたのでは、という嫌な想像が一瞬頭をよぎりったが、時既に遅し。もうメッセージ開封ボタンをタップしていた。


 予想に反し、そこには「読んでくれてありがとう」から始まる感謝の意と、「どのキャラが好きなの?」という意外にフランクな質問が記されていた。


 大裳は心臓が口から飛び出しそうになるほど緊張しつつも、勝手にイラストを描いてしまって申し訳なかったことと、好きなキャラを三名ほど記したメッセージを返信した。


 『じゅぴ太』からの返信は意外と早かった。

 そこから大裳は『宇宙夢』についての色々な話をした。描写がなかったキャラの裏設定などを教えてもらったり、勝手に考えた今後の展開の予想を伝えたりした。


 そうこうしている内に、大裳は『じゅぴ太』が女性であることと、自分と同じS県に住んでいることを知った。

 運命論者ではない大裳でも、これはさすがに何らかの巡り合わせではないかと思った。

 実をいうと、インターネットでの知り合いが同じ地域に住んでいるというのはそれほど珍しいことではないし、相手が偽っている可能性もあるのだが、とにかく大裳はそうは考えなかった。


 そしてトントン拍子で話は進み――、なんと大裳は来週の土曜日に『宇宙夢』の作者と市内の喫茶店で会うことになってしまったのだ。

 正直、『じゅぴ太』が怖い人だったり、性別を偽っているという可能性も考えたが、そんなことよりも会いたいという気持ちのほうが先行してしまった。


 当日。市内の駅ビル五階に位置する喫茶店『スリーピー・ホロウ』にて、待ち合わせよりも一時間早く到着してしまった大裳は緊張のあまり震える手でコーヒーを飲んでいた。

 仏頂面のマスターが淹れたあまり美味しくないモカを飲みながら、大裳はいざ話す時に困らないように、待ち時間を使って予め話す内容を決めておくことにした。

 ポーチからメモ帳を取り出し、ペンはどこかとポケットを探っていると、急に背後から肩を叩くものが――。


「ふぁ、ふぁいっ!?」


 緊張のあまり変な声が出てしまった。

 大裳が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは――。


「やっほー! タモっちじゃん。そんなオシャレしてなにしてんの?」


 中学の頃の同級生、朱藤雲雀しゅとうひばりであった。

 朱藤といえば、クラスのカースト最上位で、当時は視界に入るだけで苦々しく思っていたものだ。

 最後に風の便りで聞いたことには、その類まれなる容姿を見いだされてどこかの読者モデルをやっていると聞いたが、帰省していたとは。


「い、いや何って……。人と待ち合わせしてるだけだよ」


 溢れ出んばかりの『陽』の気に押され、大裳はそう答えるしかなかった。


「え~~! マジ!? 彼氏!?」


「い、いや、違うけど……」


 コイツは昔からこうだった。放っておいて欲しいのにやたらこちらを構いたがり、事情を知りたがり、世話を焼きたがる。

 ここを待ち合わせ場所にしてしまったのは最悪だ。今からでも『じゅぴ太』さんに伝えて場所を変えてもらおうか――。


「てかさてかさ! タモっち、最近ガッコ行ってないってマジ!? ユリもトーコも心配してたよ!?」


 嘘だ。あいつらが心配している訳がない。どうせ面白がって言っているだけだろう。


「いや、それは……」


 だが、大裳は反論しない。反論できない。


「だいじょーぶ? 疲れてるの? 顔色悪いよ?」


 お前が現れたからだ。


「あ、でも、そのアイシャドウ! マジイケてる~! パープルみがかかってて可愛い! どこで売ってたの?」


 アイシャドウではない。寝不足でできたただのクマだ。

 どうやら朱藤はこれらのことを皮肉などではなく、本気で言っているらしい。

 だから余計にタチが悪いし、嫌いなのだ。


「前から言ってたじゃん。タモっち化粧とかもうちょっとちゃんとすればほんとにカワイイから!」


 うるさい。

 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。


「あとぉ~、リップクリームは塗ったほうがいいよっ! だってほら、唇荒れちゃうと――」


「うるさいっ!!」


 気がつくと、叫んでいた。

 辺りに目をやると、他の客たちが手を止めてこちらを見ている。


「……ごめん」


 大裳は頭を下げると、騒動にも我関せず相変わらずの仏頂面をしているマスターにコーヒー代を払い、店を後にしようとした。

 するとすれ違いで店に入ってきた同い年くらいの少女に腕を掴まれる。


 少女は大裳の目を見て「ニッ」といたずらそうな笑みを浮かべた。


「すごかったよ、さっきの」


「は、はあ……」


 曖昧な返事を返し、腕を振りほどこうとする。


「でもここは危ないから場所を変えたほうが良かったかな。ねっ、『未堂大裳さん』?」


ここから、未堂大裳の――『ピクス・マミー』の物語は加速していく。

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