幕間 教えて! 社畜先生

「この計画書は国王に見せる。別の紙に、この国の文字で同じ内容を書き写しておいてくれ」

「はーい!」


 仕事中の父の部屋から再びシュシュッと紙を拝借してきたエロイン。真黒の指示で計画書を書き写しながら、内容について疑問を呈する。


「マクロさん。ご質問してもよろしいですか?」

「あぁ。なんでも聞け」


 ――なんでも? じゃあ、お付き合いしている女性はいますか、とか、好みの女性のタイプは、とか、聞いてもいいのかな?


 などと、一瞬頭をよぎるがブンブンと雑念を打ち消す。


「プロジェクトの概要については、お話しした事実関係をもとに、より被害が少なくて済みそうな対応方針を立てられたということで納得なんですが……」


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【プロジェクトの範囲】

 ニーア洞窟の攻略。すなわち、奥に居ると思われる魔将ゴブリン1体および、その周囲に仕える雑兵の討伐。雑兵の数は最大でも100匹程度を想定。

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「この部分。このように明記されたのはなぜなんでしょう?」


「ふむ、いい質問だ。では逆に聞こう。もしニーア洞窟に行った結果、魔将ゴブリンの他に魔将が100体いて、雑兵が10000匹いたらどうする?」

「それは……逃げます」

「では、魔将が2体いて、雑兵が150匹だったら?」

「うーん……すごく頑張ればなんとかなるような気もするので、粘ると思います」

「では、魔将が3体いて、雑兵が200匹だったら?」

「うぅ……どうしよう……マクロさん、どれくらいなら粘って正解なんでしょう?」

「粘らない」

「えっ!?」

「そもそもこちらは魔将1体、雑兵100匹の想定で要員やスケジュール、コストを立てているんだ。それを逸脱した行為は計画を破綻させる。雑兵が101匹になったから1匹は倒さないとか、そこまで何が何でも範囲を守れとは言わんが、魔将が増えるのは明らかに定めた範囲を逸脱している。お前が魔将を撃破した経験があるわけでもなし、そこで無理をするのはリスクが高すぎる」

「な、なるほど……」


「では、この部分も"ニーア洞窟を攻略する"という想定を守るため、町を襲撃から守るのは王国に任せるということですね」

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【リスク対策】

 ・一か月待たずに次の襲撃がある(発生率:中 発生影響:中 対策:転嫁)

  →当プロジェクトの実行部隊はニーア洞窟攻略を対応範囲とするため、有事の際の対応は王国に依頼する。敵の襲撃が狡猾化していることなど、情報は事前に綿密に連携しておく。

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「あぁ。練習していないことは本番でもできない。洞窟攻略のための訓練をした者たちが余計な手を出すより、普段から拠点防衛の訓練を積んでいる王国兵に任せた方がいい」

「自分たちがどこまでやるかを明確にしておくことで、不測の事態の際に誤った判断をしてしまったり、他の人の領分を侵してしまうのを防ぐ、ということですね!」

「そういうことだ」


「では、次、いいですか?」

「積極的なのはいいことだ。どんどん来い」


 ――積極的なのがいいのかな? 今日、また昼食にアイーダさんのお店に誘ってみようかな?


「……雑念退散!」

「……どうした?」

「いえ! なんでもありません!」


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【スケジュール】

 3月 9日:プロジェクトスタート。討伐隊隊員の募集を開始

 3月15日:プロジェクト資金を50%調達する。目標隊員数3名

 3月20日:プロジェクト資金を100%調達する。目標隊員数6名

 3月25日:討伐隊10名の組織編成を完了。洞窟攻略を想定した演習を開始

 3月31日:討伐隊10名にて、ニーア洞窟を攻略。魔将ゴブリンを討伐する


【コスト計画】

 総費用は最大626ゴールド。

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「ここなんですけど……626ゴールドって、正気ですか!?」

「正気だ」

「だって、お父様のお給料が5ゴールド75シルバーですよ? 私が言うのもなんですが、お父様は兵士の中でもお給料が高い方なんです。ということは……兵士を1か月間、100人以上も維持できるだけのお金をこのプロジェクトにかけるってことですよね!?」

「そのとおりだ」


「そんなお金、この短期間でいったいどうやって……」

「それはこれから考える。どうしても調達できん場合は下に書いているとおりだ」

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【リスク対策】

 ・プロジェクト資金が集まらない(発生率:中 発生影響:大 対策:回避)

  →事業に収益性を見いだせない場合は国王や教会にかけあって拠出させる。それが出来ない場合はプロジェクトを中止する。

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「王様がそんなお金出してくれるでしょうか……ココの考慮とかを入れるために、本来必要と見込んでいるお金の倍を調達しようとしているじゃないですか。絶対ツッコまれますよ」

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【リスク対策】

 ・要員が集まらない(発生率:中 発生影響:大 対策:軽減)

  →想定の日当で集まらない場合は金額を倍まで引き上げる。

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「それならそれでいい。出すか出さないかを決めるのは王であって我々ではない。出さないと言うのなら、その判断によって生じた結果は王の責任というだけの話だ」

「なるほど……ココもそういうことなんですね」

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【リスク対策】

 ・魔将ゴブリンがニーア洞窟にいない(発生率:小 発生影響:大 対策:回避)

  →背景の①と②以外に目撃情報がないことから、ニーア洞窟にいる可能性が高いと思われるが、もしいない場合はプロジェクトの範囲を再検討する必要がある。事前に斥候を放ち、確かにニーア洞窟にいることを確認しておく。また、プロジェクト完了までの間、ニーア洞窟から移動されないか、洞窟入口を監視できる場所へ見張り役を配置しておく。

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「うむ。本プロジェクトは敵がニーア洞窟にいることを大前提としている。もしいないとなればインパクトは大きい。我々としては偵察は必要だと考えているが、王が不要だというなら削ってもよい。その結果何が起きても知らんがな」

「こちらとしてはちゃんと考えて、計画に盛り込んでおくということが必要なんですね」

「そのとおりだ。偉いぞ」

「えへへ~」


「他に何かあるか?」

「あとは、コストのところでしょうか」


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【コスト計画】

 ・人件費(最大345ゴールド)

 また、勇者とプロジェクトマネージャには上記にかかわらずプロジェクト発足時に20ゴールドを固定で支給する。


 ・その他雑費(50ゴールド)

 勇者とプロジェクトマネージャが任意に使用できる少額の費用を10ゴールド程度確保する。その他、実行部隊と監視部隊16人分の食費や宿代も負担する(宿屋を借り上げ、拠点とする想定)。

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「他の人は日当なのに、私とマクロさんだけプロジェクト発足時に全額受け取るのはどうしてですか?」

「いい質問だな。では逆に聞こう。お前が全然縁もゆかりもない見知らぬ職場で働きだしたとして、働く前に1か月分の給料を受け取っていたらどうする?」

「……? 働きます」

「……俺が悪かった。人間は楽をしたい生き物だからな。こういうとき、金だけ頂いてトンズラここうとする悪い奴がいないとは限らない」

「えぇ!? そんなことあるんですか!?」

「普通にある。だから、信用できる俺たち以外は基本的に日当や成功報酬だ」


 ――信用できる。私、マクロさんに信用してもらってる?


 少女の体がポカポカ温かくなってくる。


「お前……何をニヤついている」

「ハッ! すみません。で、では、もしかして実行部隊と監視部隊の方のための宿を借りるというのもそういった狙いがあって?」

「鋭いな。グッドだぞ」

「にへら~」

「宿を分散させていると途中で逃げ出す奴がいないとも限らない。訓練中の日当だけ払わされて、討伐に行くころにはいないなんて最悪だからな。一か所に集めて管理するのが狙いだ――っておい。聞いてるのか?」

「ハ、ハイッ!」


 客間にて、和やかにそんな会話をしている二人。そして、その二人を恨めし気に扉の影から眺める男が一人――


「あぁっ……ダメッ……! エロイン……近い……近い近い近い!」

 真黒へ質問をする際に、ちょんちょんと袖を引っ張ったり、やたらと体を寄せたり顔を近づけたりする少女。


「パパが近くに行くと嫌がるくせにぃぃっ……ヂグジョォォォッ……」

 ペールの歯ぎしりの音だけが、空しく廊下に流れていた……

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