第9話 魔将ゴブリン討伐プロジェクト・始動!

 深夜のレジェンダ邸。


 人々が寝静まり、世界全体の活動が停止したかと錯覚するほどの静寂の中、客間のランプだけが明々と灯り続ける。


 真黒はエロインと相談しながら、いつまでも魔将ゴブリン討伐のプロジェクト計画書を検討し、作成していた。


 時刻が2時を回る。インクが切れ、エロインが父の書斎から容器を数箱拝借してくる。


 時刻が4時を回る。今度は眠気覚ましのお茶を淹れてきてくれる。


 時刻が6時を回る。敵の数が想定以上に多い場合の対策は考えられるか。その場合はマナの実を使ってマナを回復しましょう、といったリスク対策を延々議論する。


 日が完全に登り切り、町が目を覚ましたころ、ついにプロジェクト計画書が完成した。


「よし……できたぁぁぁっ!!」


 徹夜明けのテンションだ。椅子から勢いよく立ち上がり、ガラにもなくガッツポーズをする真黒。


「やったな、エロイン。お前のおかげだ。協力、感謝――」

 ふと机に目を落とすと、少女は机に突っ伏し、スースーと寝息を立てていた。


「……おつかれさん」

 そっとスーツの上着をかけてやり、そろりそろりと客間を出た。


 *


「さて……風呂でも借りるかな……」

 と、風呂へ向かおうとした瞬間、昨晩から倒れっぱなしだったらしきペールとばったりと遭遇した。


「あっ……お前!」

「どうも……おはようございます、お義父様」

「お義父様ではなーーーーいっ!!」

 軽く礼をする真黒に、大声で噛み付いてくるペール。真黒は、人差し指で『シーッ』とジェスチャーをする。


「ん……? なんだというのだ」

「エロインが寝ています。大声を出さないでいただきたい」

「なに? エロインが? いったいなぜ客間で……」

「私のやりたいことに付き合わせてしまいました。昨晩は一睡もしていないのです。ようやく今眠ったところなので、寝かせてやってください」

「お……お前の……やりたいことだとぉぉぉ!?」

 ペールはあらためて真黒の服装をよく見てみると、スーツの上着を脱いでおり、ワイシャツのボタンもいくつか外していることに気づいた。


「き……き……き…貴様ぁぁぁぁあっ! よくも我が愛娘を傷物にぃぃぃぃっ!!」

「……? それよりお義父様、お仕事の時間は大丈夫ですか? もう8時を回っていますが……」

「……あっ!」

 ペールは『覚えてろよ』と、三下の悪役のようなセリフを残して慌てて去っていった。


 窓の外に、慌てて出勤していくペールが見える。それを見下ろしつつ、視線をあげると眩い太陽の光が目を刺してくる。わずかに顔をしかめながらも、その表情は晴れやかだ。真黒は口の端を吊り上げながら呟いた。


「さーて……プロジェクト、開始だ!」


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■プロジェクトの概要

【背景】

 勇者以外には傷一つつけられない魔将ゴブリンと、その配下の一団により、プリマレーノの国民に度重なる被害が発生している。被害情報は以下の4件。

 ①LC1426年1月5日 午後4時

  畑を荒らすゴブリンを退治すべく、ニーア洞窟に赴いた傭兵5名のうち、4名が殺害される。生還した1名の証言により魔将による被害が発覚。

 ②LC1426年1月7日 午前2時

  町の付近に配下を10匹あまり連れて魔将が現れる。門の外にいた門番2名が殺害され、さらに、門を閉じた後、壁上より応戦した見張り2名と兵士6名が負傷した。15分後に駆けつけた増援と勇者の共闘により、撃退に成功。

 ③LC1426年2月3日 午後23時

  10匹あまりの集団が、町の入り口と反対側の石壁を登ろうと試みていたところを見張りが発見。兵士20名が急行し、うち6匹を駆除。兵士3名が負傷。

 ④LC1426年3月5日 午前0時

  10匹あまりの集団が、またも町の入り口と反対側の石壁を登ろうと試みていたところを見張りが発見。兵士20名が急行するがそれは囮で、兵が門の外に出た後の隙を狙って別動隊が町の中へ侵入。町民3名が殺害され、4名が負傷。勇者が5分後に駆けつけ事態は拮抗。10分後に駆けつけた増援の兵により全数13匹の駆除に成功。

【目的】

 魔将ゴブリンの討伐

【手段】

 取りうる手段は以下2つ。

 A.ニーア洞窟――敵の本拠地に乗り込んで魔将を討つ

 B.プリマレーノにて迎え撃つ


 Bがこちらの体制的には望ましい。敵は月に1度程度現れているため、次の襲撃の時期もある程度予測が可能だが、背景②~④のとおり魔将が現れたのは最初の1回のみ。勇者に傷つけられたことで慎重になったのか、それ以降は誰も姿を見ていない。


 一方で、背景④のとおり襲撃は回を追うごとに狡猾化しており、次の襲撃ではより多くの犠牲が出る可能性もある。よって、"プリマレーノに魔将は現れない"、"次の襲撃を受ける前に敵将を討ちたい"という2点から、手段はAを選択する。


■プロジェクトの詳細

【プロジェクトの範囲】

 ニーア洞窟の攻略。すなわち、奥に居ると思われる魔将ゴブリン1体および、その周囲に仕える雑兵の討伐。雑兵の数は最大でも100匹程度を想定。


【スケジュール】

 3月 9日:プロジェクトスタート。討伐隊隊員の募集を開始

 3月15日:プロジェクト資金を50%調達する。目標隊員数3名

 3月20日:プロジェクト資金を100%調達する。目標隊員数6名

 3月25日:討伐隊10名の組織編成を完了。洞窟攻略を想定した演習を開始

 3月31日:討伐隊10名にて、ニーア洞窟を攻略。魔将ゴブリンを討伐する


【要員計画】

 ・実行部隊

 洞窟内は広くはないため、所帯としては10人程度が限界と思われる。そのため、10名の精鋭を調達する。前衛に戦士を4人、戦士が倒れたときのために法術師を2人確保する。その他、遠距離大火力の援護役として魔術師を2人、中距離火力兼警戒役の弓闘士を1人、遊撃役として武闘家を1人配置する。


 ・偵察部隊

 洞窟内に魔将ゴブリンがいることを確認する要員が必要。確実に任務を遂行できる精鋭のシーフを2人1組で、計2名調達する。


 ・監視部隊

 洞窟の入り口を監視する要員が必要。2人1組で3交代、計6名を調達する。


【品質計画】

 一人の犠牲も出さずに完勝する。そのために要員と陣形を熟慮する。以下は陣形の草案。

  戦士         戦士

       弓闘士

       法術師

   魔術師 PM  魔術師

       法術師

       武闘家

  戦士   勇者    戦士


【コスト計画】

 総費用は最大626ゴールド。

 ・人件費(最大345ゴールド)

 3月9日から3月31日までの23日間、実行部隊と監視部隊の体制を維持する。実行部隊の日当は能力に応じて20シルバー~50シルバーに設定する(一般労働者の日当の4倍~10倍)。監視部隊の日当は一律20シルバーとする。

 偵察部隊は1日のみ体制をとり、成功報酬制で5ゴールドを支払う。

 日当や報酬は十分な水準のはずだが、もし要員が確保できない場合はリスク対策に記載のとおり、倍額まで支払うことを許容する。

 また、勇者とプロジェクトマネージャには上記にかかわらずプロジェクト発足時に20ゴールドを固定で支給する。


 ・備品購入費(231ゴールド)

 勇者のブロードソード(予備含む2本)とリングメイルを購入する。また、実行部隊10名にも薬草5枚と毒消し3個を支給する(ただし装備品については支給しない)。

 魔術師と法術師には追加でマナの実を2個支給する(緊急時のみ使用を許可する)。


 ・その他雑費(50ゴールド)

 勇者とプロジェクトマネージャが任意に使用できる少額の費用を10ゴールド程度確保する。その他、実行部隊と監視部隊16人分の食費や宿代も負担する(宿屋を借り上げ、拠点とする想定)。


【リスク対策】

 ・一か月待たずに次の襲撃がある(発生率:中 発生影響:中 対策:転嫁)

  →当プロジェクトの実行部隊はニーア洞窟攻略を対応範囲とするため、有事の際の対応は王国に依頼する。敵の襲撃が狡猾化していることなど、情報は事前に綿密に連携しておく。


 ・魔将ゴブリンがニーア洞窟にいない(発生率:小 発生影響:大 対策:回避)

  →背景の①と②以外に目撃情報がないことから、ニーア洞窟にいる可能性が高いと思われるが、もしいない場合はプロジェクトの範囲を再検討する必要がある。事前に斥候を放ち、確かにニーア洞窟にいることを確認しておく。また、プロジェクト完了までの間、ニーア洞窟から移動されないか、洞窟入口を監視できる場所へ見張り役を配置しておく。


 ・魔将ゴブリンの他にも魔将がいる(発生率:小 発生影響:大 対策:受容)

  →現時点では特段の被害情報がなく、その可能性は高くないと想定するため特に対策は行わない。だが万一遭遇した場合は基本的に退却を方針とする。


 ・雑兵の数が想定以上に多い(発生率:中 発生影響:中 対策:軽減)

  →魔術師と法術師にマナの実を支給し、経戦能力を高めることで被害を軽減する。


 ・プロジェクト資金が集まらない(発生率:中 発生影響:大 対策:回避)

  →事業に収益性を見いだせない場合は国王や教会にかけあって拠出させる。それが出来ない場合はプロジェクトを中止する。


 ・要員が集まらない(発生率:中 発生影響:大 対策:軽減)

  →想定の日当で集まらない場合は金額を倍まで引き上げる。


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