第5話
今日は部活がないから、放課後の時間は結構沢山ある。最近私のお気に入りのアーティストが新作アルバムを出したと聞いていたので、今日はそれを買いに行くことにした。
学院前のバス停からバスに乗り、十分ほど行くと大きな駅ビルまでくる。そこに、行きつけのCDショップがあるのだ。
若干苔の生えたバス停の標識を横切り、足早に自動ドアを潜る。そのままホールを抜けてエレベータに乗り込み、六階まで上がってきた。
CDショップはエレベータのすぐ目の前にある。書店と隣り合って存在するそこは、相変わらず人の入りが悪かった。
デジタルが基本となった現代においてCDを買わない人が多いのは分かるが、現物を買う楽しみが分からないのは在り得ない。そんな、思っても無駄な事を何時もの様に考えながら店内に入り、邦楽の新作が並ぶ棚へ一直線に向かう。
そして、そこで私は出会った。
白沢愛華さんに。
「……え?」
「あ……えっと、こんにちは……?」
「……こんにちは」
今日ようやくコミュニケーションを取れるようになった身としては、かなり気まずい思いだった。それは向こうも同じようで、挨拶をした後会話が続く事はなかった。
どうにかして話しかけたいが、ここで無理に寄っていって嫌われるのも嫌だ。結局、私は何も言わずお目当てのCDを取ってレジへと向かおうとした。
が、しかし。
「……松崎さんも、CDとか買うの……?」
か細い声で話しかけられ、手を伸ばしたところで動きが止まる。ちらりと横を見れば、白沢さんがこちらを見てきていた。
私よりよっぽど勇気があるな。そんな事を思った。
「……うん、まあ」
私がそう答えると、彼女はとても嬉しそうに笑った。その笑顔は、初めて教室にやってきて自己紹介をした時のものと全く同じだった。
「そっか、松崎さんも……」
「……何がそんなにうれしいの?」
私が問いかけると、彼女は少し悲しそうな顔をして、「友達に『CDなんて買う意味ないだろ』って言われて……お店に来る人も少ないから、私が可笑しいのかなって少し寂しくって……」と話した。
「……別に変な事じゃないでしょ。そりゃあ確かに、ダウンロードの方が圧倒的に便利だけど、こういうのって手元に置いておきたいじゃん」
私が彼女の言葉を否定した途端、白沢さんは目を輝かせてこちらに寄ってきた。……まさか、私と同類だったとは。
「――ッ、そ、そうだよね! 松崎さんもそう思うよね!」
「当たり前だよ、むしろCD買わない方が可笑しいって思ってるもん、私」
私も久々のCD肯定派に出会って嬉しくなり、そこから棚の前で十分ほど話し合っていた。一週間前からの微妙な間隔は、この時を持って完全に無くなった。
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