17 ノボル/登

沙耶とセックスしたことがない。もっと言えば、セックスというものをしたことがない。そんな僕の目の前に、結子さんが立っている。身につけている灰色のような肌色のような生地はなめらかで薄くて、少し透けている。着物のように身体に巻きつけて着るタイプのものなのだろう、正面がはだけていて、裾を左右に引きずっている様は、羽化したばかりの蝶のように見えた。西日が結子さんのシルエットを強調している。美しい。

僕はふたりの家のソファーに座っている。ここに来る途中まで沙耶と一緒だったのだけど、沙耶が『コンビニで買いたいものがあるから先に帰って(僕の家ではない)ソファーにでも座って待っていて』と鍵を渡してきた。僕も付いて行くと言ったのだけど、僕がいるとゆっくり買い物ができないからと追い払われた。待つのは得意なんだけどな。彼女の家について玄関を開けると電気が消えていたので、結子さんもいないのかと思った。西日が居間をオレンジに染めている。僕はそのまま、ソファーで待つことにした。とんとんとんとん。なんの音だろう。

「沙耶〜おかえり〜」 結子さんが廊下に続くドアから飛び出してきた。結子さんて、沙耶とふたりきりのときはこんなに可愛い話し方なんだ。僕に抱きつく寸前で人違いに気づく。そういえば沙耶と僕って服装が似ている。

「あ。登君。いらっしゃい」

驚いて棒立ちになった結子さんは、いつもの声のトーンに戻っていた。

「お邪魔してます」

丸見えになっている胸の谷間に目が行きそうになり、逸らす。

「沙耶は?」

「コンビニに寄ってくるそうです。すみません、勝手に上がってしまって」

「いえいえ。待ってね、今コーヒー煎れるから」

結子さんは裾をずるずる引きずったままキッチンに向かう。途中で沙耶のものらしい靴下が引っかかって一緒にキッチンへ連れて行かれた。本を読む暇はなさそうなので、オレンジ色に染まったカーテンをぼんやり眺める。結子さんが三人分のコーヒーをいれて居間に戻ってくる。靴下はいつの間にか無くなっていた。

「ただいまー」

ちょうど沙耶が帰ってきた。彼女は結子さんを見たあと僕を見て、笑いだした。 「結子、ちゃんと服着てよ。登の顔、真っ赤じゃない」

違うよ。西日の所為だよ。たぶん。

「え? あー」

結子さんは自分の大胆な服装に気づいていなかったらしい。頰を赤く染めてその場に座り込み服を身体に巻きつけた。

「ごめんなさい」

たぶん僕に謝っている。結子さんて、勝手にしっかりしていると思っていたけど、案外天然なんだな。そんなこと思っていたら、いつの間にか下腹部が熱を帯び始めていた。

「可愛いな、もう」

沙耶がしゃがみこんで結子さんに口づけした。結子さんの顔の角度が変わって、両目の端の水滴がキラキラ光る。沙耶と結子さんの舌が絡み合っているのが見える。そういえば僕は、キスをしたこともない。沙耶が結子さんの首に舌を這わせながら蝶の羽のような布を剥ぎ取っていく。左胸が露わになる。大きすぎず小さすぎず、美しい曲線を描く胸の外側にはあばらが浮き出ている。結子さんが沙耶に目で何か訴えている。僕のことを気にかけているのだろう、沙耶と一瞬目があった。

「大丈夫」

沙耶が結子さんの耳元で囁く。真っ白い肌がぞくりと身震いするのがわかる。からだが、さっきよりも熱い。嗅いだことのない匂いが、色が、充満している。

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