10 ケンジ/健司

決して酒が強くないはずの沙耶が、シャンパンをかなり早いペースで飲んでいる。顔もだいぶ赤い。照れている時とは、違う赤さだ。俺が止めなくちゃ。席を立とうとすると隣に座ったナオに話しかけられる。

「健司くんて、どんな子がタイプ?意外と地味な子だったりして」

知らない。少なくとも、あんたは違う。

「わかんない」

テキトーに答えて沙耶の元へ行こうとするが、ナオやまわりの連中に捕まってしまう。

「健司くんって今は彼女いないんでしょ?ナオと健司くんて、似合うと思うんだけどな」

俺の正面に座った女が言った。佑太に睨まれる。

「ほんと?超嬉しい!健司くんあたしのことどう思う?」

勘弁してくれ。

「俺より佑太の方が似合うんじゃない?明るいし、楽しいと思うよ」

「見えないかもしれないけどー、あたしって落ち着いてるひとが好みなの」

目を離した隙に沙耶が居なくなっていた。隣にいたヒロトってやつもいない。 「どうしたの?きょろきょろして」

うなだれている佑太の目の前でナオが腕をまわしてくる。

「べつに」

鬱陶しい。突き飛ばしたい。ナオを睨むと、うっとりした目で俺を見返してくる。下手するとキスさえしてきそうだ。感情表現の乏しさに、我ながら哀しくなる。沙耶のやつ、どこ行ったんだ。

「悪い。トイレ行ってくるわ」

「今誰か入ってるよ」

せっかくナオから逃げ出して沙耶を探しに行こうとしたのに、どこかから戻ってきた和樹に邪魔される。

「俺も入りたかったんだけどさあ」

知るか。俺はトイレなんかどうでもいい。

「健司くんグラス空だよ。次何飲む?」

ナオとは反対の隣にいたアキナがドリンクメニューを持ってすり寄ってくる。トイレの芳香剤みたいな匂いがする。俺を挟んで女同士睨み合っているのを感じる。勝手にやって欲しい、今それどころじゃない。

「アキナちゃーん、俺コークハイ飲みたいなぁ」

不穏な空気に気づいたのか、和樹がアキナに後ろから話しかける。さっきよりナオの腕に力が入っている。抜けない。また俺の目を見つめてくる。

「あのなあ…」

いいかげん嫌気がさしてナオに文句を言おうとすると、ドアが開いて沙耶が戻ってきた。ヒロトに抱きかかえられた沙耶と目が合う。


「じゃあ、二次会行く人ー。カラオケはどう? 」 店を出るなり佑太が俺に手をあげるよう促す。

「皆行こうぜー」

和樹が盛り上げようとして言ったが、エミに肩を預けている泥酔した沙耶に視線が集まる。ヒロトが沙耶に近づき、

「僕が沙耶さんを送っていくよ」

そう言いながらエミから沙耶を預かる。佑太が俺の背中をバシバシ叩いて言う。

「サンキューヒロト!じゃあ俺らはカラオケ行きますか!」

他の連中が歩き出す。何言ってんだ、沙耶を他の男に任せられるわけがない。

「俺が送る。こいつ幼馴染だから」

沙耶の腕を掴んでヒロトから引き離す。おんぶして沙耶の家の方向へ歩き出す。皆の視線を感じる。行ったことはないがたしかこっちの方向だった。


「健司ってわたしのうち、しってたっけ?」

沙耶が酔っぱらった声で話しかけてくる。甘えてるみたいにも聞こえる。

「知らない」

「こっちであってるよぉ」

「それはわかってるよ」

沙耶が全部を俺に預けているのを感じる。密着している部分から沙耶の熱い体温を感じる。風邪をひいた子供みたいだ。

「邪魔しちゃってごめんねぇ、せっかくナオさんといい雰囲気だったのに」

「いや、俺ああいうの、苦手だから」

沙耶まで勘違いしていたのか。

「ありがとう。ここまでくればもうひとりで帰れるよ」

沙耶が後ろでもぞもぞ動き出す。

「ちゃんと家まで送るよ」

「いいってば」

沙耶が俺の背中から無理やり降りようとする。両手で肩を強く押される。

「そんなに俺が家に来るの、嫌なのかよ」

「・・・」

冗談で言ったつもりだったのに、沙耶が黙る。もしかして、ほんとに、嫌なのか。そっとしゃがむと、急に背中が冷たくなった。

「別にそういうわけじゃないよ」

俺から少し距離をおいてからそう言った。

「じゃあ今日、おまえん家泊めて」

沙耶が泣きそうな顔になる。余計なこと言わなきゃよかった。気持ちとは裏腹に、不安そうな沙耶の顔を見ていたら、からだが疼くのを感じる。

「ごめん。帰るわ」

沙耶をおいて、今来た道を戻る。今はこれ以上一緒に居ない方がいい。

「お茶くらい飲んでけば。泊めるのは無理だとおもうけど」

余計なこと言うなよ。


誰もいない道は静かで、沙耶と俺の息遣いが異様に大きく聞こえる。

「遅い時間だから、しずかにしてね」

アルコールの所為で柔らかくなった沙耶の声を聞いて、ヒロトに抱きかかえられたままこちらを見つめる沙耶の目が頭に浮かんだ。沙耶がそーっと鍵を回して玄関を開ける。家の中の暗闇から湿ったあまい香りが漂い、脳みそを溶かしてゆく。沙耶が振り向いて濡れ た目で俺を見上げる。

「どうしたの?」

目の前に、俺の欲しいモノがあった。他には、何もいらない。家の中へ沙耶を押し倒す。彼女の全てを侵したい。起き上がろうとする沙耶の腕を、左手と右足で押さえつける。右手で頭を掴んで無理やり口の中を舌で唾液で汚す。沙耶の身体が震えているのを感じて、ペニスが膨張していく。沙耶に突き刺したい。沙耶の胎を俺の精液で満たしたい。突然まわりが明るくなる。

「なにしてるの」

見上げると知らない女が目の前に立っている。我に返って逃げ出す。俺は一体何をしてるんだ。


「あれ?健司くん?」

駅まで戻ると、合コンで一緒だったエミと出くわした。

「皆は?」

「さっき解散したとこ。女の子たちが終電までに帰るって騒いだの。ナオもアキナもみんな健司くん目当てだったのに、沙耶ちゃんと帰っちゃうんだもん」

「あんたは?」

「え?」

「俺目当てじゃないの?」

エミが意図を読もうと見つめてくる。無駄だ。俺の心は誰にも読めない。

「あんたん家泊めてよ」

今すぐ誰でもいいから犯したい。

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