08 サヤ/沙耶

リビングに電子音が鳴り響いた。珍しく誰かから電話がかかってきたみたい。小春からだ。なんだろう。

「もしもし?」

「沙耶、今日暇?」

知らない人の声。いや、小春の声だ。

「大丈夫?風邪?」

「そうなの。熱出ちゃって。沙耶にお願いがあるんだけど」

大変だ。私に何ができるかな。役に立てるのならなんでもやりたい。

「何でも言って。ポカリ買って行こうか?何か食べたいものある?」

「ありがとう。そうじゃないの」

電話越しに、布団にくるまった赤い頰の小春が笑っているのがわかる。

小春に、代わりに合コンに行って欲しいと言われた。合コン。言葉を聞いたことはあるが、それがなんなのかよくわからない。『集まった人たちと一緒に美味しいもの食べて帰って来ればいいよ』と小春は言っていた。お金のことを聞くと、もう払ってあるので心配ないそうだ。病気のひとにおごってもらうなんて、なんだか申し訳ない。あまり時間がないので、出かける準備をする。

「合コンに行ってくるね」

ソファーの前で私がパンツをはきながらそういうと、裸でとなりに寝転んでいた結子は、驚いたようにじっと私の目を見つめた。私と結子の匂いが混ざりあって部屋中を温く湿らせている。

「急にどうしたの?」

「友達に代わりに行ってって頼まれたの。風邪ひいたから行けないんだって」

ジーパンをはこうとしたら結子に止められた。

「これ着ていって」

結子は裸のまま彼女のスカートを差し出した。


集合場所に行くと、見たことのない女の子たちに混ざって、見覚えのある男の子たちがいた。たぶん同じ大学の子だ。

「あれ?健司の…」

健司の友達が話しかけてきた。たしか、カズキくんだったかな。

「小春ちゃんの代わりに来てくれた子?幹事のナオです。よろしくね」

カズキくんの後ろにいたきれいな女の子にも話しかけられる。

「そうです。沙耶です。よろしくお願いします」

ナオさんがにっこり笑った。カズキくんが時計を見てそわそわしながら私に聞いてくる。

「健司知らない?もう時間なんだけど」

「健司がどうかした?」

なんだかみんなに見られている気がする。なんで小春の合コンで、健司の名前が出るのだろう。

「今日、健司も来る予定なんだけど。あれ?知らなかった?すっぽかされたかな」 なるほど、そうだったのか。健司もここに来るのか。ちょっとほっとする。カズキくんは困った顔をしてる。

「健司はそんなことしないよ」

「いやでも、結構無理に誘ったからな」

みんなに見られながらカズキくんと話していると、人影がふらりと近づいて来た。健司だ。


席についてメニュー表を見ていると、誰も頼んでいないのに飲み物が運ばれてきた。健司のとなりに座った男の子が急に立ち上がったのでおどろく。

「とりあえず、乾杯はみんなシャンパンでいい? 飲み放題だからあとから好きなもの頼んでね」

「はーい!」

何人かが返事をしている。

「じゃあ早速! 今日の出会いを祝して、かんぱーい!」

「かんぱーい」

とりあえずみんなの真似をする。近くに座った人同士でグラスをぶつけ合っている。キョロキョロしていると、私の近くに座った人たちが、私にも同じことをしてくれる。ひと通りぶつけ終わったのでひとくち飲んでみた。しゅわしゅわしていて、ちょっと甘くて美 味しい。結子や登にも飲ませてあげたい。ふたりの口にも、合うかな。

「美味しそうに飲むね」

正面に座った男の子が優しい声で言って笑う。知らない子だ。

「だって、美味しいから」

照れて俯いて言うと、立っている男の子が私の方を向いた。

「よかった!このシャンパンも飲み放題のメニューにあるから、じゃんじゃん飲んでね!」


いわれたとおり、たくさんのんだ。パスタとか、おいしいもの、たくさんたべたきがするのだけど、わすれてしまった。


「大丈夫?」

いつの間にかとなりには、正面に座っていたはずの男の子が座っている。ヒロトって言っていた気がする。胃がモヤモヤして気持ち悪い。顔が火照っている。いや、やっぱり寒い。吐きそう。気付いてくれたのか、ヒロトくんがそっと立たせてくれる。一緒にトイレまでついてきて背中をさすってくれた。

「ありがとうございます。申し訳ないです」

「いえいえ。これで口ゆすいで」

少しすっきりして顔をあげると、ヒロトくんが水の入ったコップをくれた。なんて準備がいいんだろう。受け取って口をゆすぐ。コップに残った水を少し飲むと落ち着いた。ま たヒロトくんに支えられながら、ふたりでみんなのいる席に戻ると、健司と目が合う。い つも通りの無表情。


ユウタくんがなにか言っているけどよく聞こえない。

どのくらいの時間、ここにいたのだろう。まわりの人たちから見ると、私は相当酔っ払っているらしく、ヒロトくんがとなりで

「僕が沙耶さんを送っていくよ」

と言ってくれた。と思ったら、

「俺が送る。こいつ幼馴染だから」

健司の声が聞こえて、うでをひっぱられる。


健司と私は、恥ずかしいなんて言葉すら知らないで一緒にお風呂とか入っちゃうくらい小さい頃からずっと近くにいた。さすがに大学は地元じゃないし、とうとう離れるのかと ぼんやり思っていた。入学式で見覚えのあるシルエットが見慣れないスーツを着ているのを見つけて、はじめは見間違いだと思った。『こういう奴、どこにでもいるよね』って。

「沙耶!こっち!」

声を聞いて初めて間違いじゃなかったと気づく。高くも、低くもなく、少しざらついている。声変わりしたあとの、健司の声だった。健司がいてくれると、声を聞くと、安心した。たぶん、影みたいにずっと一緒だったから。でもいつからか、安心と一緒に、不安もやってくるようになってしまった。どうしてだろう、健司が、こわい。

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