第4話 盗まれた絵画
週末、那智は駅前にオープンしたばかりの『苺茶屋』にやって来た。奥のテーブルの、茶髪の癖毛の男が手を振る。
「やあ那智、元気してたか?」
「うん。滝くん、幸せ太りしたんじゃない?」
彼と同じバナナジュースを注文する。彼とは碁会所からのつきあいで、今でも交流がある。唯一の親友と呼べる友達である。
「そう? 気を付けないとなぁ。何しろユミたんの手料理が美味しくてさ」
「はいはい、ご馳走さま」
最近彼は密かに結婚した。奥さんは稀有にも碁が打てる地下アイドルで、中高年の支持を得ている。
「那智も何か良いことがあっただろ?」
「えっ、わかる?」
「そんな顔でにやけてたら誰だって気付くさ」
「実はね……」
那智は東雲プロについて、一気に話した。話したくてうずうずしていたので、ろくに息継ぎもせず言葉を繋いだ。
「凄いな! 東雲プロと言ったら若手の精鋭棋士じゃないか」
彼は興奮して、特製苺パフェを注文した。
パフェにはスライスされた苺が、松笠のようにあしらわれている。親指と人差し指で抜き取って食べると、甘酸っぱい果汁が口に広がる。
「最近もばあちゃんの夢を見るのか?」
滝が尋ねる。近ごろ那智は、故祖母・留美子の夢をよく見るのだが、留美子は「絵画を取り戻してほしい」と啜り泣くので、うなされて眠れない夜が度々あった。
「うん」
「大丈夫か?」
「理由が分かったの。祖母の大切な絵が盗難にあっていた」
那智は
「その絵には、そんなに価値が?」
「まあね。留美子は名のある画家に弟子入りして、住み込みで家政婦をしていたの」
「もしかして、その画家の絵?」
「そう。画家はもともと心臓病を患っていて留学中に亡くなった。遺言には遺作となる『小さな三部作』は、勉強の為留美子に贈ると書かれていた」
「すごいじゃん」
滝が言うと、那智はかぶりを振った。
「留美子は画家に見初められて、二人は恋仲だったの。でも画家には妻子がいた」
若い家政婦との関係を、正妻は良く思わなかっただろう。
「じゃあ盗んだ奴って……」
「さあ、そこまではわからないけど、それで留美子は今でもその絵を求めている」
夢に出てくる彼女は今でも哀しいほどに、画家を想っている。
「てことは闇取引されたやつだろ? どうやって手に入れるんだよ」
「うーん、絵の事はよく知らないんだよね」
那智は苺を矢継ぎ早に口に入れる。
「見つかったとしても譲ってもらえないんじゃないのか?」
「買えないとなればしょうがないよ。こっそりいただくとか……」
「こっそり、何だって?」
「だから、盗み返す。小さな絵らしいから、大丈夫でしょ」
苺を食べ尽くすとバナナジュースを飲み干す。溶けかけの氷を口に入れ、ガリガリと噛み砕く。
「おいおい……まさかもう当てがあるのか?」
「全然! ごちそうさま」
那智はにっと笑うと、剥き出しになったアイスの部分を滝に譲った。
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