第19話 人望と女癖

 それから森林を、徒歩数時間。

道が少しずつ広がっていった先――とうとう木々が拓けた向こうには、石造りの巨大な塔がいくつも建てられた城塞都市がそびえ立っていた。

「ここがジャンランか!」

思わずCが目を輝かせた。検問所に大勢の人が並んでいる。これは入るのに時間がかかりそうだ。

「ああ、おっぱいだ」

ギルは真顔でいきなりそう言ってのけた。

「分かった、大人しくするぜ!」

Cには意味が通じているらしい。

「そうだ、おっぱいなんだ、とてもおっぱいで、おっぱいな上に、想像以上におっぱいだ」

絶世の美少年に真顔でおっぱいを連呼してほしくない、絵面的に。

「そっかー、おっぱいだからな、大変なんだろうな」

「そりゃそうだ、おっぱいなんだから」

「よしよーし、いざおっぱいだ!」

二人は検問の列に並んだが、途端に検問所のオーガ族の兵士が飛んできた。

「ちょ、長官!?長官ですか!?あ、違った、元長官だった!」と言いつつも、目を輝かせている。

「ああ、ヴァッシーノじゃないか!」ギルが穏やかに笑って、「双魔鬼兄弟の従弟だよ。酒の飲み過ぎで問題を起こして魔王城の衛兵から国境防衛戦に飛ばされる所を、何とかジャンラン行きで止めたんだ。……あれから問題は起こしていないか?お前はアルコール依存症の患者だから、絶対に飲んではいけないんだぞ」

ヴァッシーノは少し恥ずかしそうに、己の額を叩いて、

「それがですねえ、こんな俺に嫁ができて、今度子供まで増えるって言うんで、へへへ、今はね、酒は酒でも甘酒をちびりちびりと。――ああ、立ち話もなんです、どうぞ詰め所へ!」

二人は検問所から中にある詰め所へ案内された。兵士達が大喜びで、やれ飲み物だ、菓子だ、椅子を出せ、と騒ぎ出す。

「お前、仲間や部下には本当に慕われているよなあ」

Cは笑った。何だか嬉しくなってしまったのだ。

「前世で懲りたんだ。愛人を150人作って殺されるのは」

「――は?」Cが固まった。さようなら、嬉しさ。ギルはうっとりとするような美しい顔で微笑んで、

「俺は最初から仕事はできた。女が絡まなければ何一つ問題は起こさなかった。どんな人事采配も難しい問題対処も文句なしにやってみせる自信がある。だがな、俺は女が好きだ。この世の何よりも大好きだ。好きで好きでいつでもたぎっているし、綺麗な女は全部俺の女になれば良いと思っている。しかし前世では愛人が150人いてその所為で殺されてしまったから、もう女は止めたんだ。だから現世ではこんなにも上手くやっている」

ギルは肉食系なのではないのだ。絶対に肉しか食べないと決めて生きてきたのだ。それが現世では美少年で、草食系の皮を被っている。肉を食べたいのに肉に拒絶されないのが精一杯のCにしてみれば、不条理にも程がある。

「そっかー。……畜生ぉ」

心の中で、ひそかにCは血涙を流した。

「安心しろ、お前の女に手を出した事なんて一度も無いから」

「……」

傷口に硫酸である。

「や、や、長官!こんなものしか無いですけれども、どうぞ!」ヴァッシーノが良い香りのする暖かい飲み物と美味そうな菓子を持ってきた。

「いやあ、元長官だよ」とギルは飲み物と菓子を軽く食べて、「これはシナモン入りのチャイに……フランビか、高かっただろうに!」

「フランビ?」

この菓子だ、とギルは説明した。

「ゴルドバン発祥の菓子でな、美味しいのだが日持ちはしないし作るのに手間暇がかかって。あの国以外で気安く食べられる事はほとんど無いんだ」

ヴァッシーノがニコニコと笑いながら、

「それがねえ、人間種に勝ったからって、ほら、前線にいた兵士達がね、今この街でも気前よくお金を使ってくれて。どこもかしこも物が足りない、金はあるのにって大騒ぎで。でね、今さっきビグレンガからの空挺便が来たんですよ!もう街中が殺到して大騒ぎで、ウチの一番足が速いヤツが何とか買ってこられたんです」

「……そうだったのか」ギルは安堵した顔をする。「勝って、良かった」

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