8-7 本当に休める場所
◆
ヨシノは十七人全員とは話していない。いずれ、話はするが、今はサンダのことだった。
会議室の一つで、ダンストン少佐が念のために同席する形で、他はヨシノ、イアン中佐、サンダだけしかいない。
「火星に対して、管理艦隊がスパイを忍ばせていた、ということですか」
そうヨシノが言うと、少し違う、とサンダは答えた。
「独立派に対してスパイを忍ばせたが、一部は土星で仕事をしていたか、しているだろう。独立派に俺の素性は割れなかったが、しかしこちらの人員も他の人員と一緒くたに、地球や火星に放り込まれた。そこで独立派にとって有利になるように工作をしろ、ってことだ。俺は火星を任された」
「その工作員の数は多いのですか?」
「工作員、じゃないんだよ。ほとんど宣教師さ」
宣教師。妙な単語だ。思想を広める、伝道師か。
彼らを表す実際に即した言葉がないのかもしれない。
「それで、独立派に連邦の軍人を寝返らせたのか?」
イアン中佐の咎めるような言葉に、軍人だけじゃない、とサンダはやや投げやりに答えた。
「軍人はもちろんだが、実業家も巻き込んだな。政治家の巻き込みをしている奴らもいる」
「つまり、ごっそり連邦の一部を切り取るようなことをしているのですね?」
「そうなるな」
途方もないことです、とイアン中佐が呟くように言った。
この件はいずれ、管理艦隊で議論するしかないが、すでに独立派は旅立とうとしている。
ヨシノはとりあえず、サンダを軍曹という待遇で、彼がまとめていた工作員の統括を任せたが、彼らには特に役目を与えないしかない。何が最適か、すぐには見えないのだから、艦に持ち場を与えるのには無理があった。
サンダを下がらせてから、ヨシノとイアン中佐は別の会議室に入った。
そこでは全ての管理官が待ち構えていた。コウドウ中尉も機関室から出てきたようだ。
全員の顔を見ると、懐かしさと同時に、申し訳なさがこみ上げてきた。
そのヨシノに、全員が敬礼した。
ヨシノはそれに敬礼を返し、努力して気持ちを切り替えた。懐しむ暇は今のところ、ほとんどない。
全員が席に着き、そこでヨシノが独立派の中に実際に入っていて、そこで見聞きしたことを説明した。
超大型戦艦のことや、潜航艦のこと、アルケミスト・アーと呼ばれる科学者、そしてオーシャンという不思議な男。
独立派の生活と、彼らの雰囲気。
話は運ばれてきた食事を挟んで続き、食堂からコーヒーが届けられ、やっとヨシノは自分が時間を把握していないのに気づいた。
「ちょうど二十二時になりますね」
イアン中佐が察したようで短く言う。どうやらさっきの食事は夕食だったらしい。
おおよそを話し終えたので、ヨシノは各自に考えを深めておくように指示し、管理官も、他の乗組員も、気になることがあればヨシノに話をしに来てもらって構わない、と付け加えた。
「とにかく、明日からでしょう、艦長。少し痩せていませんか?」
からかうような調子でオットー准尉がそういうのに、スマートになった、などとインストン准尉が蒸し返すと、艦長はもともと細身です、とヘンリエッタ准尉がやや見当外れなことを言い返す。
とにかく、帰ってきたようだ。
解散すると、イアン中佐とコウドウ中尉が自然と残った。
「ドクター・エーなど、とっくにどこかでボケ老人になっていると思っていたよ」
感慨深そうにコウドウ中尉が言う。
「わしが若い頃の伝説だぞ、あれは」
「どこで冷凍されているかは知りませんが、独立派に体を預けたのでしょう」
「大胆なことをする。ほとんど自殺行為だ」
それからもコウドウ中尉がブツブツと何かを言って、一人で部屋を出ていった。
ヨシノは一対一になったイアン中佐に、率直に謝罪したが、イアン中佐はそれほどこだわりはないようだった。
「艦長でなければ、今、お話にあったことには近づけなかったでしょう。オーシャンが話をした、打ち明けたのも、艦長だからこそです」
「僕は自分では、何も特別ではない気持ちでいるのですが」
「独立派の者たちも艦長を認めたのは、やはり艦長のお人柄かと」
人柄、という表現が可笑しくて、ヨシノは忍笑いをしてしまった。
それから部屋に帰り、デスクの上が片付いているのを見て、改めて自分が留守にしていた期間を意識した。その間、イアン中佐が全てを処理したと、会議の席で聞かされた。
扉は自動で閉まり、つまり目が覚めた時は、いつでも出入りできるように開け放たれていたのだと、ぼんやり考えた。
少し休もう。
ベッドに横になり、ふぅっと息を吐くと何か憑き物が落ちたような気がした。
やっと本当に休める場所へ戻ることができた。
明かりを音声入力で消して、誰かが整えてくれていた毛布をかぶって、すぐに眠りに落ちた。
不意に何かが触れてきた気がして、目を開ける。感覚では四時間くらいは眠っていた。
「静かに」
耳元でその声がして、危うく姿勢を乱しそうになったが、抑え込まれる。
照明がほとんど消えているが、その中でもそこにいるのがヘンリエッタ准尉で間違い無いのは、疑いようの無い事実だ。
ヨシノは、何も言わないまま、しかしすぐ横にいる女性がひっそりと泣いているのに気づいた。
手を伸ばして、彼女を抱きしめると、今度こそ彼女は声を上げて泣き始めた。
しばらくの間、ヨシノはじっとして動きを止めていた。
(続く)
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