7-4 感覚喪失

      ◆


 独房に入れられたが、食事は戦闘艦にいた時よりむしろ向上した。

 一日二食で、単純に量が倍になったので、空腹を感じる場面は減った。

 ただ狭い空間にい続けると、とっさの時に体が動かないような気がして、時間があれば宇宙へ上がる前に教わった広い場所を必要としない運動をした。

 独房は幾つかあるようだが、他の房の様子はわからない。独立した作りである。

 入れられてほんの二日ほどで、すぐに例の少佐がやってきた。

 名前を、ライン、と名乗った。

「きみに対する嫌疑は、それほど重要ではない」

 そう開口一番に言われて、ヨシノの思考は目まぐるしく回った。

 つまり、自分が管理艦隊の人間、と思われているわけではないのか?

「何が理由か、聞かせていただけますか」

 慎重にそう確認すると、ラインは困ったような顔で、念のためなんだ、と言った。

「念のためというのは、どういうことでしょうか」

「これから、この艦にオーシャンがやってくる。だから余計な混乱を起こしそうなものは、とりあえず、隔離する。そういうやり方なんだ」

 本当にオーシャンが来るらしい。

 ヨシノの方から、オーシャンに会いたい、と言おうとしたが、それより先にさっとラインが手のひらをヨシノに向けられて、言葉は遮られた。

「あの方は、ご自身で会うと決めれば必ず、会う。きみはおそらく、会えるだろう」

「僕のような、素性のわからないものでも、会おうとされるのですか?」

「バスから報告が上がっている。クルンからもだ」

 さすがにヨシノは身が強張った。自然とそれを緩めながら、じっとラインを見る。

「視線のやり方に無駄がない、と二人とも言っている。ラインからは星海図をよく見ていたとも聞いている。ここがどこか、知りたいのか?」

「ええ、それは」

 実は星海図を見た時、それは疑問だった。

 大きな範囲が表示されていたわけではなく、しかし、天王星も海王星も見えなかった。

 もしかして、はるか外宇宙へ出てしまったのか。いつの間にかそんなに時間が過ぎたとも思えないが、しかし、超大型戦艦に今、乗っているとなると、計算が合わない。

 時間からすれば、超大型戦艦は外宇宙に出ていてもおかしくないが、この艦は補修を繰り返さなければ、長距離の移動ができない。そこに、計算を食い違わせる、難解にさせる要素がある。

 それでも、なんらかの新しい技術で、すでに人類の知覚の範囲を脱出したのか。

 超大型戦艦という不完全なもので、外宇宙へ出るのは自殺行為だが、他に方法もないとは言える。

 自殺覚悟の行為が実際に行われているのなら、それは自殺行為ではないわけで、超大型戦艦は欠点を克服したのかもしれなかった。

 ヨシノがじっと見据えると、ラインはふっと微笑んだ。

「大丈夫だ、まだきみは帰れる場所にいる」

 まさかチャンドラセカルのことか、と思ったが、違う。

 地球へ帰れる、と言っているようだ。

「まだ海王星にも到達していない」

「え?」

 ラインの言葉に、思わずヨシノは声を漏らした。

 あの戦闘艦に乗り込んで、数か月は過ぎているが、半年には届かない。

 計算からすれば、超大型戦艦は待ち構えていたのだろうか。

 それとも、独立派の艦船がどこかに集合する計画か。

 とっさには今の独立派の全貌が見えなかった。

「安全宙域と指定している場所で、とりあえずは状況を整理するのが、今のところの解放会議の結論だ。その議論の仕上げのために、ここへオーシャンが来るのさ。だからしばらく、ここでおとなしくしていてくれ。オーシャンには、折を見て、話しておく」

「あの、荷物を返してはもらえないでしょうか」

 無理だろうと思って確認したが、やはり無理だった。しかしラインはおどけたように「規則でね」と笑顔で言った。

 そんなやり取りの後、ヨシノは定期的に運動しながら、一日二食の食事はしっかりと胃におさめ、日々を過ごした。

 艦が動いていないのか、それともすでに動いているのか、それすらもわからない。

 オーシャンがもう来ているのか、どうやってきたのか、それもわからないままだ。本当に脱走した戦闘艦に乗っているのだろうか。

 五日目が終わり、六日目になる。これ以上、この狭い空間にいると、日付が分からなくなりそうだ。

 念のため、食事に出てくる何かしら、豆の一粒や、コーンの一粒を部屋の隅に転がしておいた。これで食事の回数がわかる。最初は一日に二食だから二つの物体が転がっていればそれで一日だが、食事の回数を変えられたら、結局は分からなくなるという展開もある。

 それでも、とヨシノは食事のたびに何かを部屋の隅に放った。

 豆やコーン、根菜のひとかけらが、次々と床の隅にたまっていく。

 見た目こそ豆やコーンに見えるが、合成食材で、本物ではない。根菜もだ。

 最初こそ一目で数がわかったが、やがて分からなくなり、そろそろだろうと当たりをつけた時にとりあえず、数を数えてみることにした。

 全部で三十一個だった。

 二週間は閉じ込められていることになる。

 ため息を吐いて、寝台に横になる。この硬さにももう慣れた。

 じっと目をつむっていると、気配のようなものがした。

 ロックが解除される音がして、独房の扉が開く。

「大丈夫か、ヨシノ」

 入ってきたのはラインだった。ヨシノは扉の向こうの通路からの光に目を細めながら、部屋の隅に食べ物のゴミをチラッと見るラインを確認し、その背後に拳銃を構えた男がいるのも確認した。

「出してもらえるんですか」

 ヨシノの方からそう掠れた声で言うと、「もちろんだよ」とラインが答え、もう一人に拳銃を下げさせた。

「まずはシャワーだな。それと服を支給する。それからやっとメインイベントだよ」

 ヨシノはベッドを降り、ラインの前に立った。嬉しそうな顔のラインが、ヨシノの肩を叩く。それだけで、ぐらっと体が揺れる。

 やれやれ。足腰が鈍るとはこのことか。

「俺の予想は当たったな。オーシャンはお前に会うそうだ」

 ラインの声は嬉しげだった。ヨシノも思わず、頬を緩めていた。

 やっとそこまで来たか、と思うと笑いがこぼれてしまうのは、どうしようもない。

 しかしまずは、ラインが言う通り、身支度をちゃんとすることだろう。

 シャワーだ、まずは。そうくり返して、ラインがヨシノを独房から出した。

 通路に出て久しぶりに新鮮な空気を吸った気がした。



(続く)

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