5-8 物資と経済の関係
◆
発令所の艦長席で、メインスクリーンに映るその姿を見たとき、さすがにヨシノも笑いそうになった。
古い型の輸送船に見えるが、二隻をつないであるのだ。どう見ても急造の、変則的な輸送船だった。
通信がリアルタイムで繋がり、映像も付いている。
メインスクリーンに四十をいくらか超えた程度の男性が映った。
「へい、そちらがヨシノ艦長かい」
「はい、そうです。遠路はるばる、ありがとうございます。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「カード・ブルータスというものだ。あまり時間をかけたくない。見ての通り、突貫工事で船を用意したので、コンテナを輸送するレールの数が足りない。すぐにコンテナを受け渡すために、無人外骨格を待機させてくれ」
ヨシノが了承して、端末からユーリ少尉とアンナ少尉に指示を出した。
チャンドラセカルからも近づいていくので、すぐに巨大な輸送船は壁のように迫ってきた。
オーハイネ少尉がカード氏と協力してすぐに艦を並ばせ、レールが接続される。同時にチャンドラセカルから無人外骨格が離れ、輸送船の解放された格納スペースからコンテナを運び出していった。
輸送船からの細いチューブを渡り、カード氏がやってきた。
ヨシノがそれを出迎えると、カード氏はしげしげとヨシノを見て、「懐かしい気分だよ」と言って、さっと手を差し出してくる。
懐かしいの意味を聞くことはせず、ヨシノは改めての感謝の言葉とともにその手を握った。
「とりあえず、水と食料品、最低限の衣類を用意してある。あんたたち、こんな時でも軍服を着ているのか?」
「軍隊のつもりですから」
その味方である管理艦隊から補給を渋られているのに、軍隊を名乗るのも不自然な気もしたが、ヨシノはそこだけは曲げたくない自分を意識した。
立派だな、とカード氏は嬉しそうに笑っている。
短い時間だが、二人で土星共同体に関して話し合った。
カードは民間の輸送会社で小さな船団を指揮する立場にあり、それを使って土星共同体と取引をしたい、と思っているようだ。ヨシノが口添えをすると提案すると、ここにやってくる前に、一度、寄港したと話されて、さすがに目を丸くしてしまった。
「あんたたちのことを連中は信用していたよ。俺も今回は面通しだけで、取引らしいものはしていない。感触としてはうまくいきそうだが」
商魂たくましい、というよりは、このカード・ブルータスという人物は冒険家の要素を多く内包しているらしかった。それがヨシノの新しい評価だった。
物資の受け渡しが終わり、短い挨拶であっさりとカード氏は去って行った。
遥かな宇宙の果てを目指す船とその乗組員に執着がない様子が何を示すのか、ヨシノは少し考えた。
カード氏からすれば、つまり、宇宙の果てへ向かうことは、当たり前になる、ということかもしれない。
妄想だろうか、願望だろうか。
それでも彼のあの別れ際の態度は、頼もしい態度じゃないか。
発令所に戻り、輸送船が離れて、そのまま元来た方へ帰っていくのを見送った。約束では、第二陣が待機中で、次回の補給は今回ほど待ち続けずに済みそうだ。
まるで、民間船が離れるのを待っていたかのように、管理艦隊から民間の輸送船が土星共同体と接触したのち、天王星方面へ向かった、という通報が来た。
ヘンリエッタ准尉に限らず、他の管理官も不快げだったが、その通達を受けてみて、ヨシノは少し思案を巡らせた。
ここで状況を検証するのは、不可欠なことだ。
管理艦隊は、輸送船のことを把握しているのなら、当の輸送船を拿捕することもできた。
しかしそうはしなかった。
何故だ?
「カードさんに、航路を保険の方を選んで帰るように通信を送ってください、ヘンリエッタさん。それから、管理艦隊に補給に関しての問い合わせをお願いします。輸送船の件には触れなくて大丈夫です」
「え? 管理艦隊を無視するのですか?」
さすがにヘンリエッタ准尉がヨシノの方を振り返った。
「構いません。ただ一方的に補給の現状をこちらから問い合わせて。急いで」
何か言いたげだったが即座に了解と答えて、ヘンリエッタ准尉が端末の方へ向き直った。
管理艦隊からの通信はすぐに戻ってきた。
「管理艦隊では、補給のための準備が整っているようです。こちらの座標を教えて欲しいと言っています」
思わずヨシノは口元を押さえて、笑いをこらえようとしたが、少し声が漏れてしまった。
そうか、管理艦隊は物資は買ったし、船も用意した。それを今、教えてくるということは、さっきの補給を快く思ってない、ということか。
もっと正直になれば良いのに、まるで子どもだ。
「どういうことですか、艦長」
解せないという様子でオットー准尉が振り返る。インストン准尉もヨシノの方を見た。
「管理艦隊は、商売という方法を考えているのでしょう。物資の補給、調達も輸送も、それぞれにお金が動きます。そこから少しでも利が上がれば、管理艦隊は懐が潤う。しかしそれをこちらが無断で、勝手に民間と取引をしては、何の利もなくなる。そういう駆け引きなんでしょう」
「俺たちは軍隊ですよ、艦長。商売人ではないはずです」
不快げなインストン准尉に、まったくです、とヨシノは頷いてみせた。
「しかし、軍隊がただの暴力を行使する存在とは言えないのが、現実です。食べ物も、弾薬、服も、全てが経済というものの一部、もしくは経済そのものです。ですから、軍隊もお金を稼がないといけない」
「あのキッシンジャーの野郎が、そういう打算で動いているわけか」
まったく言葉を選ばないインストン准尉に、イアン中佐が何か言おうとしたが、ヨシノはそれを視線で止めた。
「インストンさん、軍隊にも色々な人間がいます。その中でうまくやるしかありません」
「艦長はあの野郎を放っておくつもりですか」
「一応、エイプリル中将には通報してあります。それで今回の動きになったのでしょう」
目をちょっと大きくして、へぇ、とインストン准尉は声を漏らした。それから、周到なことですね、と笑うと彼も端末へ向き直った。
実際、エイプリル中将にはキッシンジャー准将の最初の通信の録音データを送ってあった。どちらかといえばヨシノの方が卑怯な手段を選んだようなものだが、正しいのはこちらだろう。
管理艦隊自体が、すでに変質を始めているのを、ヨシノは遠くにいながら感じていた。
今回の補給の件でも計画の遂行や、あるいは状況に合わせた計画の変更、そういうものがうまく機能しなくなっている。
だからヨシノがいくらエイプリル中将を信用していても、エイプリル中将がすでに力を持っていない、という可能性すらもあった。
だから今後、キッシンジャー准将を追い詰めるのも、あるいは正解ではない場面が発生するかもしれない。
ヨシノはヘンリエッタ准尉に、補給は半年後で構わない、と管理艦隊に伝えさせた。民間との取引の契約が済んでいることと、既に管理艦隊が用意した物資の中には保存が効かないものもあるだろうが、それは土星共同体、そして三つ星連合との取引に使えばいい、と付け加えた。
あとは管理艦隊が決めればいいことだ。
ヨシノは管理艦隊に、任務の続行と再開を伝え、オーハイネ少尉に準光速航行の起動座標を指示した。すでに電子頭脳が計算し、オーハイネ少尉自身が確認している準光速航行の道筋だ。
艦長席に体を預けて、メインスクリーンを見た。
まだ旅は続く。
宇宙は果てしなく、広がっている。
(第5話 了)
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