1-6 軍人たちの休暇

     ◆


 夕食の席は大宴会になり、俺は顔見知りの連中から終わることのない酌を受けることになった。

 おおよそわかったのは、チャンドラセカルは土星近傍会戦での損傷がひどく、すぐには運用できないため、今、改修を受けているらしい。その現場にチャールズ・イアン中佐とテツ・コウドウ中尉はかかりきりで、ここにはいないのだ。

 乗組員たちは正式に休暇をとってここへ来ているようだが、そもそもはヨシノ艦長とヘンリエッタ准尉の旅行のはずが、やはりここにはいない操舵管理官のオルド・オーハイネ少尉の密告により、そのことが知れ渡った結果、同行者が増えたようだ。

 増えた、などという規模ではないが。どう考えても。

 事態を察したヘンリエッタ准尉が不機嫌そのものになり、だいぶヨシノ艦長もタジタジだった、ということも聞いた。

 密告者のオーハイネ少尉がどこにいるかと思えば、遠隔操縦士のアンナ・ウジャド少尉と二人だけで旅行をして、地球にはいるらしいが、世界中を巡る一週間の最中のようだ。

 それはユーリ少尉が教えてくれた。だいぶ愚痴が混ざっていたけど。

「小説家としても応援しているよ」

 そう声をかけてくれたのは、ダンストン少佐で、嬉しそうに笑って小さく見える盃をさっと上げて見せた。

「少佐が読んだのですか?」

「部下が持っていてね」

 顎をしゃくる方を見ると、海兵隊のココ軍曹がこれ見よがしに、高価なはずの俺の処女作の紙の本を手にしている。しかも特装版だった。離れていて声は聞こえないが、身振りで、「後でサインしてくれ」と伝えたいようだ。

「現実とは少し違うが、まぁ、面白かったよ」

「ありがとうございます、少佐」

「きみの才能っていうのは、面白いと思う。今後も応援しているから」

 そんなこんなで食事が終わると酒の席になり、それが熱を帯びてくると、誰かしらがカラオケを持ちだして歌を歌ったり、変な余興が始まったりして、深夜まで宴会は続いた。

 部屋に戻ると布団が敷いてあり、ほとんど前後不覚で倒れこんだ次には眠っていた。

 世界が揺れている、と思った時には、誰かが俺を揺さぶっていて、顔を上げるとユーリ少尉である。なんだ? ここはどこだ?

「ライアンさん、朝ごはんだってば。大丈夫?」

 ああ、そうか、俺は地球にいて、昨日の夜、宴会で……。

 手渡されたのはアルコール分解薬の小さな瓶だけれど、必要はなさそうだ。

「俺は軍人じゃないからね、学生時代から酒をしこたま飲まされることも多かったよ。だからあの程度では問題ない」

 自分でそう言ってから、無理な強がりに聞こえたかな、と思った時には遅い。ユーリ少尉は疑り深そうに俺を見て、「まあ、お守りとして持っていなさい」と瓶を押し付けたのだった。

 やれやれ、俺も歳をとったか。いつまでも若いままではいられない。

「朝ご飯は昨日と同じ広間だからね。まぁ、来る人なんて半分でしょうけど」

 そんなユーリ少尉の言葉が示すところは、つまり半分は酔いつぶれているか、起きてこないということと見える。

 俺はもう思い切ってラフな格好で広間へ行った。入ってみると、すでに朝食は始まっているけれど、昨夜と違って静かなものだ。食事をしているものも、眠そうか、そうでなければ具合が悪そうだった。

「これでも昼間は運動したりなんだりで、ちゃんと休暇らしく過ごしているんですけどね」

 俺の横の膳を前にしているインストン准尉が呆れたように言う。彼も昨夜、飲み続けたはずだが、平然としている。

「あのダンストン少佐がバスケットボールをやる景色は、是非、きみにも見せたいね」

「あの体でぶつかられたら、ひとたまりもないな」

「サイボーグ相手にバスケットボールをやるのも、経験だよ。それとライアンさん、サインをくれ。親戚が欲しがっているんだ」

 さっとサイン帳が差し出されたので、俺はサインペンを走らせて、食事に戻った。

 ヨシノ艦長はヘンリエッタ准尉と並んだ席で食事をしながら、楽しそうに二人で話している。

「ありゃ割り込めないな、誰一人」

 向かいの席にいるオットー准尉がこっそりそんなことを言って、笑っている。

「まぁ、いいじゃないですか。休暇ですし」

 俺の方からそう弁護すると、いつの間にかヘンリエッタ准尉も強くなってな、と隣からインストン准尉が言う。

「今はもう、ヨシノ艦長のボディガードだな。誰も近づかせない、鉄壁の防御」

「まさしく。あそこまで独占されるとちょっと借りたくなるが、下手なことを言うと噛みつかれかねないよ」

 オットー准尉がそうふざけた口調で言うと、周囲にいる乗組員たちが揃って頷くのだから、思わず俺は笑ってしまう。

 食事が終わるとヨシノ艦長が俺の方へ来て、「ボートに乗りましょうよ、ライアンさん」と言った。

 それぞれに身支度をして、三十分後に旅館の前で落ち合う。自然にヘンリエッタ准尉もいたが、まぁ、別に俺は気にする理由もない。

 三人でボートを借りて、櫂は俺が漕いだ。

 そのままボートはゆっくりと湖の真ん中へ進み、ヨシノ艦長がここでいいでしょうと言った場所で、俺は櫂を漕ぐ動きを止めた。

「昨日は驚いたでしょう。みんな、だいぶリラックスして、別人ですから」

「まあ、驚きはしましたが、人間らしくて、いいじゃないですか」

 その通りです、とヨシノ艦長が微笑みを浮かべる。

「それで、ライアンさん、あなたの様子を知っていた理由ですが」

 そう切り出されて、俺はわずかに身じろぎした。ボートがかすかに揺れ、湖面にささやかな波紋が広がった。

「統合本部、情報局からの指摘です。ただ、あくまで個人的に聞かされただけで、情報局があなたを狙っているとか、そういうわけではありません」

 その言葉から推測し、おおよその見当がついた。昨日の推測はおおよそ正解か。

「連邦のデータバンクに俺がアクセスしたことで、引っかかったわけか」

「そういうことです。察しが良くて助かります」

 笑う青年に、俺も笑うしかない。

 一人のただの従軍記者のつもりだったが、ここ数年で、俺は想定外の厄介な立場にあるらしい。

 ヨシノ艦長は遠くを見ている。

「一応、管理艦隊ではあなたの自由を保障します。ですから、仕事も今まで通りでいいでしょう」

「昨日もちょっと匂わせましたが、俺にはあまり楽しくはないのですけどね、今の仕事は」

 正直な心情を吐露する自分は、この湖の真ん中という空間に酔っているのかもしれなかった。

 ヨシノ艦長は何も言わず、まだ湖岸の方を見ている。

「僕たちに新しい仕事が与えられるそうです」

 静かな響きの声で、ヨシノ艦長はそう言った。その声は少しも響かず、湖面の上を拡散していったが、俺の心には響いた。

 続く言葉に、俺は一言も聞き漏らさないよう、じっと耳を澄ませた。



(続く)

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