7-8 最初の一手
◆
ケーニッヒ・ネイル少佐は、非支配宙域に戻って二週間後、自室で意識を失っているのを発見され、救命処置が取られたが、それから一週間の意識不明の後で息を引き取った。
死因は不明で、任務の間に倒れたこともあり、過労だろうとされた。
葬儀は特別にノイマンで行われ、その後、宇宙葬となった。
クリスティナは涙ひとつも流さず、次の副長を誰にするべきか、人選することに時間を使った。
管理官から誰かを引っ張り上げることをまず考えたが、妥当な人物はいない。ドッグ少尉の技能と経験は大きなものがあるが、副長とするよりは、火器管制管理官という立場の方が技能を発揮しそうだった。
どこかの分艦隊から、引き抜くことになるだろうと思いながら、電子名簿を次々と閲覧するが、これはという人材はない。
その可能性に行き着いたのは、不意な思いつきだった。
超長距離の極指向性通信でその人物と話ができた時には、テキストでアポイントメントを取ってから五日も過ぎていた。
通信と言っても距離がありすぎるため、音声のみの通信でも激しい時間差がある。
「私の部下を差し出せとは、厚顔無恥だな」
クリスティナは通信室で、その低い声に、恐縮する思いで、少しでもその自分の思いが伝わるように声に気を配った。
「ハッキネン大将の育てた士官なら、管理艦隊でも技能を発揮できるでしょう。私は有能な副官が必要です」
「これでも近衛艦隊の司令官だ。もちろん管理艦隊にとってもプラスになる軍人を育ててきた自負がある。それを貴官は都合よく掠め取ろうというのかね、大佐」
ハッキネン大将が表情を変えているのか、いないのか、よくわからない。たぶん、無表情だろうと思うことにした。
「管理艦隊は、はっきり言って人材育成では遅れを取っています。おそらく技能では近衛艦隊に引けはとりませんが、数の面では圧倒的に遅れています」
「私は管理艦隊になど興味はない。貴官は自力で新兵を育てるか、今いる士官を成長させるんだな」
「私は」
自分が何を言おうとしているのか、寸前にはわかっていた。
それでも言葉が口をついて出た。
止められなかった。
「私は、管理艦隊にもいずれ、変質が起こると思っています」
しばらく、ハッキネン大将は黙っていた。タイムラグだけの沈黙ではない。
「いずれ、ではないな」
やっとそんな言葉が返ってきた。
「いずれではなく、常に変質の可能性はある。私はそれを近衛艦隊で見てきた。管理艦隊は特別ではない、たまたま今まで変質しなかっただけだ」
「では、その変質をより良い方向へ向けるために、人材を貸してください。何か、お礼をできる場面もあるかと思います」
「身勝手なことを」
また沈黙がやってきた。
クリスティナはひたすらハッキネン大将の返事を待った。
我慢比べだ、と思い、身じろぎひとつしなかった。
「どの部門から欲しい?」
この時だけは、ハッキネン大将が顔をしかめているのが、目に浮かぶようだった。
クリスティナは、艦運用管理官が好ましい、と端的に伝えた。
「いいだろう、大佐。こちらでも名簿に当たってみよう。妥当だと思うものがいれば、そちらに伝える。しかし、ミリオン級について知っているものはいない。そのことは覚えておけ」
「はい、ありがとうございます、閣下」
また連絡する、と言って大将は通信を切った。
通信室を出てすぐに、管理艦隊司令部の参謀が一人、待ち構えていたように通路をやってきた。
「大佐、例の件だが」
クリスティナは睨みつけて、身振りで言いかけた参謀を黙らせた。階級は同じ大佐だったが、クリスティナは今、准将だろうと少将だろうと、話をする気は無かった。
執務室に戻り、椅子に腰掛け、ため息を吐いていた。
ケーニッヒ少佐は最初、厄介なスパイだと思っていた。実際、工作員としての自分を長い間、保っていた。ノイマンに乗った後も。
おそらく統合本部が情報を守るためだろうが、ケーニッヒを殺した。考えれば考えるほど、それは間違いないと思える。ノイマンの乗組員や事情を知らない管理艦隊の兵士には想像もできないだろうが、少なくとも管理艦隊の首脳陣は把握しているだろう。
クリスティナが彼らから真相を聞かされることはないはずで、この胸の中にある疑念は、決して解答を与えられない。
それが悔しくもあるが、ケーニッヒ少佐のことを考えると、胸の奥に押し込めておくしかない。
ケーニッヒ少佐の誇りを守るためには、余計なことはしてはならない。
そんな気がしているが、これは間違っていないはずだ。
一人の人間として、統合本部に全てを捧げた。命さえも。あるいは、名誉さえも。
クリスティナは決して、ケーニッヒ・ネイルという男のことを忘れないだろう。
あのバカ。
ぼそりとそう呟き、まぶたの裏に浮かぶ不敵な笑みを忘れようとした。
参謀部からの訓練の件は、エイプリル中将に直談判して先送りにした。それよりも先に、こなすべき任務が発生したのだ。
副長に関しては、その任務に関するブリーフィングが行われている中で、参謀から確認があった。
その日のちょうど数時間前、ハッキネン大将から三人の士官の個人情報が送られてきていた。
そのことを参謀に明かし、人選は早急に行うことをはっきりさせた。
参謀は近衛艦隊から士官を招き、しかもミリオン級に載せることに懸念を示したが、クリスティナはやはり無理を押し通した。
二度目のブリーフィングの日程が決められ、クリスティナは執務室に戻り、すでに用意されていた三人の近衛艦隊所属の士官の個人情報に、目を通し始めた。
頭のどこかで、ケーニッヒが笑った気がした。
クリスティナは、一度、目を閉じ、またテキストに視線を落とした。
(第7話 了)
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