第13話 再起動
13-1 人生で一番幸せな日
◆
儀礼用の制服を着込んで、ヴェルベットは思わず隣に立つジネス少尉にぼやいていた。
「任務の外なんだぞ、なんでチューリングが会場になる?」
腹が膨らんでいて、見るからに制服がきつそうなジネス少尉も挑戦的にヴェルベットの方を見た。
「それは私も聞きたいですよ。もっと別の顔ぶれもあったでしょうに」
「なかなかこういうのもいいものですよ」
意外に好意的なのがレポート少尉で、彼も制服姿だが、長身のせいか、どことなくファッショナブルに見える。表情もいつになく穏やかだ。
この少尉は既婚者で、家族は火星の地表で暮らしている。いわば単身赴任で少尉は管理艦隊にいる。
それからレポート少尉がゆっくりと結婚式の妙を語り出したので、ヴェルベットとしては内心、舌打ちしたい気持ちだった。
そう、結婚式なのだ。
場所はチューリングの食堂で、管理官をはじめ、主だった乗組員が制服で出席する。欠席者がほとんどいないのは、寄港している為に艦の運用が休止状態だからだ。
食堂には全員が入りきらないので、通路にも並んでいるという。
結婚はいいものです、などとレポート少尉が繰り返すように言うのに、嫌味かね、とぼそっと口にすると、レポート少尉は堂々と「一般常識です」と答えた。
反論したかったが、それより先に通路の方で声が上がる。囃し立てる声、指笛などだ。
まるで厳粛にやろうという気はないらしい。
音が近づいてきて、今日の主役が食堂へ入ってきた。
さすがにそうなるとみんながシンとしている。
真っ白いウエディングドレスを着たレイナ少佐が、しずしずと進んでくる横に、機械の四肢を持つカプセルが進んでくる。
厳粛も何も、形だけの式になっているのに、さすがのヴェルベットも気が咎める思いだった。
もし地球や火星なら、きちんとした形で、きちんとした教会で、挙式できたかもしれない。
しかし花婿も花嫁も軍人で、戦場を離れる余裕はない。宇宙基地で執り行わなかったのは、新郎新婦の要望であるから、ヴェルベットもあまりいろいろとは言えないだった。
食堂の奥に牧師の代わりにイ・ルーが何かの宗教の僧服みたいなのを着て立っている。
この結婚式の計画を知るまで、ヴェルベットも詳しくは確認しなかったが、看護師のイ・ルーは宗教団体にも所属していて、病死や戦死する兵士の葬儀を取り仕切る役目もあるのだが、結婚式にも対応可能だったらしい。
とにかく、二人が初老の牧師もどきの前に立ち、イ・ルーがいつになく厳粛な声で話し始め、病める時も健やかなる時も、などと言っている。
一応、ヴェルベットは黙って聞いていた。
最後、二人が何かを誓って、指輪を花婿たるユキムラ准尉が機械の指で器用にレイナ少佐の指にはめた。さて、口づけをしようにもどうするか、と思うと、レイナ少佐がユキムラ准尉の入っているカプセルに口づけをする。
「まあ、悪くないかもしれん」
歓声の中でぼそっとヴェルベットがつぶやくと、レポート少尉が「でしょう」と小さな声で言う。
その後はスピーチなどもなく、宴会になってしまった。式と披露宴が一緒くたで、時間もないし、場所もないし、とないことばかりの式である。
結婚した二人が管理官や兵士の間をめぐって話をしている。
どうやら関係があるらしいとヴェルベットも知っているロイド大尉とエルメス准尉が一緒に、新米夫婦と何か話している。ロイド大尉はいつも通りに明るいが、エルメス准尉も珍しくはしゃいでいるようだ。
レイナ少佐が何か言うと、エルメス准尉が顔を俯かせる。その肩をそっとロイド大尉が抱いた。
「いったいいつから、ミリオン級は結婚斡旋所になったんだ?」
料理を食べながら、すぐそばにいたジネス少尉に声をかけてみた。ジネス少尉はすでに料理を頬張っている。遠慮も何もない。
「それは私への嫌がらせですか、艦長」
「同じ境遇の者の意見を聞きたくてね、機関管理官殿」
「私には決めた相手がいます」
いきなりのカミングアウトに、危うくヴェルベットは持っていた皿を落としかけた。
「私は循環器が恋人ですよ」
してやったりの顔の機関管理官を睨みつけ、ヴェルベットは新郎新婦の挨拶を受けた。ジネス少尉は素早く離れていた。
主役の二人とも落ち着いて感謝を口にして、ヴェルベットも祝福の言葉を口にする。
「えー、ここで」
そう言ったのはロイド大尉で、全員が彼に注目した。
「新郎新婦にゆかりのある方から、ビデオメッセージが届いております。どうか、ご静粛に」
さすがに艦運用管理官だけあって、いつの間にか食堂の天井に増設されていた立体映像投射装置から、立体映像が浮かび上がった。部屋の真ん中だ。
椅子に座った老人、と見えたが、ヴェルベットも知っている人物だった。
「ユキムラ准尉、レイナ少佐、結婚、おめでとう」
ニコニコしながら、少し前よりも年をとった印象のハンター・ウィッソンが話し始めた。
乗組員たちも静かになった。この老人の薫陶を受けたものも多いのだ。
挨拶は月並みなもので、気をてらった表現はなかった。
それが逆に真摯で、本音だと思える。
「二人が幸せであることを願うよ。もし地球に来るようなら、訪ねてきてくれ。それでは」
メッセージが終わり、そのまま立体映像は消えた。
誰からともなく拍手があり、それが収まると、元の喧騒が戻った。
最後に新郎と新婦からスピーチがあり、これもつつがなく終わった。
ロイド大尉がもう一度、声を張って式の終了を告げると、兵士たちがひときわ大きな拍手をして、そして料理を口に突っ込み、食堂を出て行く。
おおよそが退室したところで、ユキムラ准尉とレイナ少佐が改めてヴェルベットの方へ来た。
「改めて、感謝します、艦長。ありがとうございました。いい思い出になりました」
丁寧なユキムラ准尉に、ヴェルベットは笑って見せた。レイナ少佐も頭を下げる。ベールの向こうで、珍しく涙ぐんでいるようだ。
ヴェルベットは意識を意図的に切り替えた。いつまでも浮かれてるわけにもいなかい。
「まあ、すぐに任務もある。今日だけだぞ」
それでも構いませんよ、とレイナ少佐が言う。
「人生で一番幸せな日なんですから、一日でも十分です」
ただの二人の男女を任務で束縛し、そっと放っておけないことに、なんとなく情けない気分になりながら、そうとはちらとも見せずに、ヴェルベットは頷き返した。
とにかく、任務だ。
(続く)
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