11-4 雰囲気
◆
訓練の二日目が終わり、訓練基地シチリアに戻ると、ヴェルベットはまずシチリアの索敵管理室へ向かった。
訓練の結果は、ほぼ五分五分にはなった。しかしレイナ少佐の巧みな戦い方には苦労している。
まさしく緩急自在で、駆け引きにも優れたものを持っている。
秀才という言葉では片付けられない何かがあるのだ。
索敵管理室では常時十人ほどが索敵任務についている。訓練艦の空間ソナーは高感度なので、分担しなければ混乱し、致命的な見落としをするだろう。
一人の管理官に声をかけ、嬉しそうなその士官から訓練二日目のデータを受け取った。
食堂で少し腹に何かを入れる気になり、入ってみれば、例の光景がここでもあった。
今は全ての管理官が揃い、他にも下士官や兵士も含め、三十人近い数が一塊になって議論しているが、まるで何かの打ち上げのように明るい雰囲気だ。
ヴェルベットに気づいた者もいたが、頭をさげるだけで、元のおしゃべりに戻っていく。
ただのおしゃべりではないのは、端末がいくつも用意され、そこには訓練時のデータが表示されているのが見えるのでわかる。
テーブルについて一人で食事をしているとレイナ少佐が食堂に入ってきた。彼女は検討会の連中に手招きされたが、ヴェルベットの方を示し、何か言ってからそのまま彼の方へやってきた。
「なかなかやるな、きみも」
ヴェルベットの方から声をかけると、一応、軍人で士官ですから、と返事がある。
「艦長は混ざらないのですか? 有意義ですよ」
「趣味じゃないな」
「じゃあ、負けるのは趣味に反さないのですか?」
いつの間にか、こういうやりとりを平然とできる関係に修復されている。
実際に競い合うと、敵対心よりも、共感のようなものが強くなるようだ。
「負けたくはないが、きみは手強い」
「褒めていただいても、艦長が艦長です。指揮するのは私じゃありません」
それもそうだと答えた時、食堂に五人ほどがまとまって入ってきた。
驚いたのはその先頭にいるのがユキムラ准尉と訓練艦シチリアの索敵部門の副主任だからだ。人工音声と人間の声が激しくやりとりされ、その背後にいる下士官たちは苦笑いしている。二人の口論についていけない、という様子らしい。
そのままその五人は料理を受け取ると、検討会の輪に入っていった。
シチリアの乗組員も参加しているのか。
「遠くから見ていると見えるものがある、と彼はよく言いますよ」
彼、というのはユキムラ准尉のことだろう。
レイナ少佐はユキムラ准尉と親しい間柄だと聞いているが、今の言葉は贔屓でもないだろうと、ヴェルベットは思った。
訓練を二日終えてみると、ユキムラ准尉の感覚と、そして大小さまざまなフォローは大きな戦力だったと気づく。
実際に敵を落とす戦力ではないが、優位に立つことができる。
「検討会に入ってみてはどうですか、艦長」
もう一度、促されて、ヴェルベットは少し考えた。
恥をかいたとしても、今は、少しでも自分を知りたい気持ちだった。
自分では見えない自分が、あるかもしれない。
「ありがとう、少佐」
礼を言うことくらい、これからの恥に比べれば、なんということもない。
ヴェルベットは席を立って検討会の中に入ろうとしたが、ヴェルベットが何かするより前に、気づいた軍曹が席を用意し、挨拶も何もなく、座に加わることができた。
その上、まるで階級を無視して伍長がヴェルベットに意見を求めてくる。
端末を指差し、そこではムラカミがナオキに後背に食いつかれ、どうにか脱出しようとしている場面だった。
その状況につながる指示を出したのは、意見を求められているヴェルベット自身である。
戦闘に二度目はないが、これは訓練だ。そう割り切って、ヴェルベットは自分の指示した操艦における誤りと、その前にナオキが行った欺瞞について、意見を口にしていた。
そいつは面白い、といったのは操舵部門の兵長で、乗っているのはナオキの方だ。
それからしばらく議論をしていくと、なぜかヴェルベットを中心としての輪がひとつ出来上がり、様々なことを質問された。
ヴェルベットが何を考え、何を見て、艦を動かしているか、彼らは気にしているようだ。
検討会などと言いながら、誰もが真剣で、どこか圧倒するような熱量を持っている。
生き延びる手段を探っているというような、そういう切迫したものより、最善を求めるような雰囲気が強かった。
いつの間にかユキムラ准尉がそばまでやってきて、ヴェルベットの操艦について、まるで気後れせずに指摘を始めた。
それを前にヴェルベットは、自分が黙って聞いていられる、逆に疑問を返すこともできる、そういう雰囲気はいいものだと、考えずにはいられない。
休息を取る時間になり、ユキムラ准尉の一声で集まりは解散になった。それでも散っていく兵士たちは、少人数で集まって話をしながら引き上げていく。
「勉強になったよ、准尉」
そうユキムラ准尉に声をかけると、「それならいいのですが」とさっきとは裏腹に控えめに頭を下げる動作をした。カプセルがわずかに動いただけだが、そうとわかる。
「こうなる事がきみには見えていたのかな、准尉」
テーブルと椅子を元へ戻しているのは管理官たちで、どうやらそういう取り決めらしい。
その全員がこちらに耳を澄ませているが、ヴェルベットは躊躇わなかった。
「准尉が司令部にこの訓練を打診したのは、知っている。計画書にきみの名前があった。こんな訓練は、俺は思いつきもしなかった」
「僕もですよ。想像以上に、有意義でした」
いい発想をするものだ。
あと一日、ある。それでまた一歩、進めればいい。
「ありがとうな、准尉」
機械の腕を叩くと、ユキムラ准尉は頷いたようだ。
他の管理官たちは、何も言わないで食堂を出て行く。最後にヴェルベットが通路へ出た。
(続く)
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