10-4 老人の言葉

     ◆


 宇宙空港で連邦宇宙軍の高速艦がやってくるのを待っている間に、ユキムラの端末に通信が入った。

 受信して、頭の中に映像を展開する。

「こんな形ですまないな」

 挨拶もなく老境に差し掛かった男性がそう言うのに、ユキムラはわずかに反応が遅れた。

「お久しぶりです、艦長」

 そう答えると、画面の中のハンター・ウィッソンが微笑んだ。

「もう艦長ではないよ、ユキムラくん。ただの退役軍人で、自由人だな」

「いえ、艦長はずっと、僕の中では艦長です」

「ヴェルベット艦長を、まだ認めていないのか?」

 何も前置きがない思わぬ切り込み方に、やはりユキムラは狼狽した。そんなふうに今の自分は見えるのだろうか。自分の声はそんなふうに聞こえただろうか。

 ヴェルベット艦長を疑ったことは、まったくないわけではないが、信用し、信頼している自分がいる。それは軍隊だからそうしなくてはいけない、という強制ではなく、ユキムラ自身がヴェルベット・ハンニバルという人物を評価しているからだ。

 言葉を選ぶというより、自分の意見に自信を持つのに、少しの間が必要だった。

「あの方は、優れていると思います」

 ふむ、とハンターが顎を引く。

「どこが?」

「え? それを僕に聞くのですか」

 くすくすとハンターが笑い出す。

「きみの意見を聞きたいんだよ、私はね。当然、私の意見もあるが」

 少しの沈思の後、思い切ってユキムラは言った。

「ヴェルベット艦長は、まっすぐです。とにかく攻めの人だと思います。それがチューリングに適しているか、ということをよく考えます」

「管理官たちは?」

「ええ、実は」

 どこまでを話していいのか、少し迷ったが、ユキムラは決意した。

「僕が、少しずつ誘導しています。ヴェルベット艦長の願望が形になるように」

「立派じゃないか。それでいいんだ」

「本当にそうでしょうか」

 言葉にしてしまうと、疑問がとめどなく溢れてくる。

 チューリングが活きる筋、ヴェルベット艦長が活きる筋、管理官たちにできることとできないこと、ユキムラがフォローできることとできないこと、敵が何をするのか、何を狙うのか。

 何より自分たちが戦場で、生き残れるのか。

「私が彼の何を評価したか、話しておこう」

 頭の中のウインドウで、ハンターがどこか横に視線を一秒ほど、向けた。時間を見たのだろう。

「ヴェルベット・ハンニバルは、その軍功においては猪武者みたいなものだ。猪突猛進、相手を一刀両断するような、そういう戦い方をする。自分が傷ついても、死ななければいいというような思い切った指揮をする。それは火星駐屯軍では、異質だっただろう」

「ええ、それは、想像できます。ただ今のヴェルベット艦長は、そこまで過激ではありません」

「ただ、最後にはそこに行き着くだろう。今、彼は鳴りを潜めているわけでもないし、宗旨替えしたわけでもない。純粋に、必要なことをしているのだよ。管理官をはじめとする乗組員と、チューリングという艦を測っているのだな。それを怠れば勝てないことも、知っている」

 印象的な表現ではあった。

 しかしそれはヴェルベット艦長だけにあるものではなく、それより少しおとなしい程度の人格や発想の持ち主は、連邦宇宙軍には多そうだ。

 どこかで一線を画す理由、ヴェルベットが周りと比べて突飛なのは、きっと決断力なんだろう。

「ユキムラくん、こんなことを言うべきではないかもしれないが、聞いてくれ」

 はい、と返事をすると、ハンターが少し黙り、意を決したように言った。

「きみに、チューリングを任せる。ヴェルベット艦長とレイナ少佐をよく補佐してくれ。それでも少しは違うはずだ」

 任せる、などと言われても、困惑するしかない。

 階級ではまったく下だし、つまりユキムラに指揮権が渡るような事態は、艦が壊滅的打撃を受けた時だ。

 ハンターはそういうことが言いたいのではない、というのはわかっても、そう解釈すると途端に難解になる。

 立場がないものが出しゃばるのは、混乱の元だとはっきりしている。

 ユキムラに、ハンターは静かに言葉を投げかけた。

「チューリングが最も力を発揮することを思い描く力が、きみにはあると私は信じている」

 ユキムラがどう答えることもできずにいると、唐突に声をかけられた。通信の向こうじゃない、現実の世界だ。

 ハリー軍曹だ。高速艦がやってきたという。これに乗れば木星まで一直線だ。

「そろそろ時間だな」

 ハンターが通信の向こうで言う。

「きみの武運を祈るよ、ユキムラくん。また会える日を楽しみにしている。それまで私は、自分を労って過ごすよ」

「はい、艦長。お元気で」

「またな」

 通信はあっさりと切れた。意識を外部カメラへ向けると、ハリー軍曹がカメラを覗き込んでいて、びっくりした。

「わ! すみません、軍曹。通信があって」

「いえ」ハリー軍曹が身を引いた。「艦が来ています。最新鋭艦です」

「そうですか。お世話になりました」

 ハリー軍曹が一度、深くうなずき、こちらへ、と先導し始める。

 宇宙空港に軍艦が接舷することは珍しいため、ロビーにある外が見える透明の窓には親子連れが何人もいた。カップルの姿も見えた。

 その艦は楔、そうでなければ矢尻のような形だった。

 乗り込む時に個人情報を確認された。無事にゲートを通過。

 そのゲートでハリー軍曹とは別れた。機械の腕で敬礼をしてみせると、ハリー軍曹もきっちりと敬礼を返した。

 艦に乗り込むと個室が三つあり、あとは共有スペースだが、かなり狭い。ユキムラのカプセルと機械の四肢は邪魔になりそうだが、どうしようも無い。

 割り当てられた部屋に入り、機械の体を固定した。

 あっという間に地球を離れたけれど、地球では再会が多く、そちらの方が体のメンテナンスより有意義だったかもしれない。

 艦内にアナウンスがあり、木星到達まで五十五日の予定だと告げている。

 五十五日は、いやに長いような気がするが、もちろん、手持ち無沙汰ではない。

 今のうちに、とりあえずは出力モニターの運用の手法を確立する必要があった。それは地球までの道すがらでも必死に考えていたことだ。

 なかなか答えの出ない、難問である。

 艦が空港を離れたようで、わずかな振動が二度ほどあり、その後は静かになった。

 外を見る窓は部屋にはない。

 ユキムラは頭の中に、空想の宇宙を思い描いて、そこの熱を感じようとした。



(続く)

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