7-3 暴露
◆
どうすればいいのかな、と言いながら艦長室の主人は、椅子に座ったまま顎に触れている。
レイナ少佐とオードリー少尉とユキムラの三人で報告に来た場面だった。ユキムラは部屋が狭いので、一番後ろでドアのそばにいた。
「管理官が賭博行為で懲罰とは、醜聞の極みだな」
そう言いながらもヴェルベット艦長が何かを保留にしているのは、雰囲気でわかる。
「芸術的な火器管制管理官だと聞いていた。そうだったのだろう?」
質問を向けられたレイナ少佐は、言い淀みそうなところを、しかしはっきりと答えた。
「どれだけの技能を持っていても、軍規を乱し、そしてその能力を発揮できないのなら、仕事はありません。そうでしょう、艦長」
「もっと甘いことを言うと思ったが」
「出来ることなら、一度は機会を与えてほしいと思います。軍医とも相談し、健康状態が元に戻れば、やはり持っているものを発揮しうるはずです」
そのことだが、とヴェルベット艦長が姿勢を変えたので、ユキムラはカメラの位置を微調整した。
「発令所で、カードという男のことを口にしていた。前の操舵管理官だな。お互いが活きる、そういう相性みたいなものがあったのかな、とは思った」
「二人の間では、何かが通じていたのは確かです」
思わずユキムラが人工音声で発言していた。ヴェルベット艦長が視線を向ける。
「お互いを認めて、尊重しあえる、そういう間柄でした」
「それを今のレポート少尉との間で構築することは、できないのかな?」
難しい問いかけだった。
今の二人はあまりに反目しあっている。どうやったらそのぶつかり合いを緩和して、同じ方向へ向けられるか、ユキムラには想像できなかった。
「やはり、同じ宇宙海賊の出身だからこそ、なのか。不思議な現象だ」
勝手にそんな風にヴェルベット艦長が納得しだしたので、ユキムラはザックス曹長の適応力と可能性を口にする気になった。
しかしその言葉は発せられることはなかった。
ドアが開き、海兵隊員の伍長が飛び込んでくると、営倉で乱闘が起きた、と言ったのだ。
慌ただしい日だ、と言いながら、ヴェルベット艦長はオードリー少尉に事態の収拾を指示し、レイナ少佐には状況を把握するように言った。二人が艦長室を出るので、ユキムラもついていくしかない。
チューリングには本当の営倉はない。捕虜を入れておく部屋がそう呼ばれる。それでも人が四人ほどでいっぱいになるので、今は賭博行為を発見された八人のうちの四人は倉庫に隔離されている。
伍長が迷わずに営倉へ向かうので、ユキムラは嫌な予感がした。
そちらにはザックス曹長がいる。
営倉の前では先に着いたらしい女医のクロエ女史が、横にした誰かの脈を取り、瞼を持ち上げ、その奥を見ている。
誰かと思えば、ザックス曹長だった。
営倉の中を覗くと、海兵隊員の兵長が一人きりで三人の兵士を前に立ってるだけで、既に乱闘は終わっているらしい。
しかしその三人はほとんど無傷だった。
「何があったのですか?」
レイナ少佐より早くユキムラが兵士に話しかけると、操舵部門に属する兵長が答えた。
「そこにいる男は、宇宙海賊だ」
「なんだって?」
思わずユキムラが声を上げると兵長は敵意をむき出しにした目で、ユキムラを睨みつける。
「自分で言いやがった。元は海賊で、何隻も連邦宇宙軍の船を沈めたんだって」
どういう話の流れでそうなったのだろう。
ただ、もう箱は開かれてしまった。
海兵隊の兵長がユキムラを伺うので、「ここを任せます」とだけ言ってユキムラは通路に戻った。
そこではまだザックス曹長が寝かされたままだったが、ちょうど担架がやってきて、クロエ女史とオードリー少尉が協力して、その上にザックス曹長を乗せた。ザックス曹長はピクリともしない。
その場に残ったのはレイナ少佐と、オードリー少尉、海兵隊員の二人だった。海兵隊員の伍長が、聞き取ったことをオードリー少尉に報告し、それをレイナ少佐、そしてユキムラも聞くという形だった。
おおよその筋では、ザックス曹長がおそらく精神的な安定を欠いて、自分の過去を暴露してしまい、それを聞いた同じ営倉にいた兵士たちが、怒りに任せてザックス曹長を袋叩きにしたらしい。
ただの喧嘩がこんな最新鋭艦でも起こるのか、などと思いながら、しかしどんな艦でも運用しているのは人間だ、とユキムラはぼんやりと想像した。
どうやら、自分は冷静さを欠いている。しかも静かに、徐々に深く。
ユキムラは一度、深呼吸を意識した。体も肺も動かないが、気持ちは少しは変わる。不思議なものだ。
とにかく、ザックス曹長が意識を失っても殴り続け、やっと海兵隊員がそれを止めたという事実は、暴力を振るった兵士たちにも懲罰の必要がある。賭博と合わされば、相応の罰になるだろう。
話し合いが終わり、営倉に入れられている三人はそのままにした。もう暴れる可能性はない、と言う判断だった。
レイナ少佐が現場でそこまでは判断し、とりあえず、その三人はしばらくの間はそこに入れておくしかないというのは、ユキムラから見ても妥当な線だ。
口伝てにでもザックス曹長のことが艦の全体に知れ渡ると、やっかいなことになる。
しかし、いずれは露見する。
秘密のままになる秘密は、珍しいのがこの世界だ。
オードリー少尉も含めた三人で艦長室へ戻り、事態を説明すると、ヴェルベット艦長は低く唸り、ため息を吐いた。
「こんなことはしたくないが」
そう言った時、なぜかヴェルベット艦長はユキムラを見ていた。
「あの男を、艦から降ろすしかないんじゃないか、と思わざるをえない」
率直な意見に、レイナ少佐は押し黙り、ユキムラはじっとカメラで壮年の艦長を見据えた。
誰も何も言わないまま、時間が流れていく。
(続く)
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