6-3 すれ違い
◆
標的となる小艦隊は通常航行で宇宙を進んでいた。
それをチューリングはミューターで空間ソナーへの痕跡を消し、さらに性能変化装甲をシャドーモードにして姿を消して、追いかけた。もちろん、スネーク航行である。
「なぜ、準光速航行を使わないのかな」
指先で顎に触れながら、ヴェルベット艦長がいう。
「補給じゃないでしょうか」
艦運用管理官のロイド大尉がそう言うと、艦長が視線を彼に向けた。レイナは艦長の背後で黙っている。
「どこからか、補給部隊が来る、そう言いたいのか? ここは火星より木星に寄っている。補給部隊が来るとして、どこから来る?」
ロイド大尉が振り返り、背筋を伸ばす。
「管理艦隊では、よくあることです。物資はどこからか流れてくるし、連中はそれをこっそりと受け取る。瀬取り、と呼ばれています」
「それでもどこかに物資がなければ、補給は成立しない」
ヴェルベット艦長の声は、いつになく低音だった。
「民間企業か何かが、反乱組織に通じているのかな、大尉」
「管理艦隊では、敵の物資の出所を現場の人間が気にしてちゃ、切りがありませんぜ」
そういったのはザックス曹長だった。
「何せ、ミサイルも魚雷も持っているし、実際に使ってくる。違法改造の電磁魚雷すらあるんですからね」
「それを調査部門に通報したか」
反射的にだろう、ザックス曹長は鼻で笑い、それでもう何も言わなかった。
「おい、曹長、無礼だぞ」
そう声を向けたのはレポート少尉だ。ザックス曹長は彼の方を一瞥して、しかし何も言わず前に向き直っている。
「曹長、お前の無礼を指摘している」
「調査部門は動いています」
助け舟を出したのは、ユキムラ准尉だった。レポート少尉が彼のカプセルの方を見る。カプセルのカメラが振り返り、ピントを合わせる。
「管理艦隊の調査部門は火星駐屯軍や、もっと大きな連邦宇宙軍などとの連携が必要で、即座に結果を出せないのです。調査は進んでも、敵はそれほど甘くなく、掴んだと思ったら意味のない情報だった、ということもままあるそうです」
「言い訳か? 准尉」
「いえ、管理艦隊の認識をお伝えしました。少尉はご存じないかと」
今度はレポート少尉が鼻を鳴らした。
補給部隊が来ることは、レイナの考えでもありそうなものだ。その時、チューリングには二つの選択肢がある。
指令通りに、この小艦隊を追い続けるのか。
それとも、補給部隊を捕捉し、そちらを選ぶか。いや、本来の任務は小艦隊の追跡だ。ただ、補給線も気になる要素だ。
艦が一つしかなく、味方を頼れないのはチューリングの常だった。それは今もそうだ。
この状況をヴェルベット艦長がどう対処するか、レイナには興味があった。
追跡する時間が続いたが、ユキムラ准尉が至近に準光速航行から離脱してきた感があることを報告した。
「こちらに来るのか、准尉」
「そういう針路です。追跡している小艦隊、停止します」
小艦隊の内訳は、戦闘艦が二隻の他は、輸送船のようだった。
何が積まれているかは、誰にもわからない。
「レポート少尉、接近しろ。ロイド大尉、シャドーモードは完璧か?」
ヴェルベット艦長が確認する。
「性能変化装甲の機能に不具合はありません、艦長」
「ユキムラ准尉、敵はこちらに気づいていないな」
「目立った動きはありません。敵がミューターや出力モニターを積んでいる様子もありません」
接近しろ、とヴェルベット艦長が言う。
チューリングは小艦隊の至近に到達し、監視を始めた。
そこへやってきたのは民間の企業のロゴの入った大型輸送船で、ユキムラ准尉が「他に感はありません」と報告を上げる。
「ザックス曹長、粒子ビーム砲を起動しろ」
その一言には、レイナも思わず艦長を見ていた。彼はメインスクリーンを見ているので、今は後頭部が見えるだけだ。
ザックス曹長はゆっくりと振り返った。
「こちらの所在を明かすつもりですか?」
「敵から情報を得れば、何かが変わるかもしれない」
「任務は敵の輸送船の撃破でしたっけね、艦長」
無礼だぞ、とレポート少尉が呟き、ザックス曹長はその長身の少尉の方を睨みつけた。
「無礼だろうと何だろうと、任務が第一だ」
「曹長、指示に従え」
少尉の強い言葉に、ザックス曹長は憮然として、しかし艦長を睨みつけ、次にレイナを見た。
彼の目は血走っていて、表情には怨嗟のようなものさえ見えた。
レイナには何もできない。
「曹長、いつでも撃てるようにしろ」
ヴェルベット艦長のその言葉に、ザックス曹長が端末に向き直り、しかし貧乏揺すりをしている。
輸送船は小艦隊に合流し、輸送船同士の間をパイプでつなぎ、作業を始める。
チューリングを気にしている様子はない。
「大型輸送船の推進装置を狙えるか。最小限の出力の粒子ビームで」
「無駄ですぜ、艦長。輸送船を一隻ばかり捕まえても、何もわからん」
「状況は変わっているんだ、曹長。できるのか、できないのか」
話している間に、パイプが切り離され、格納されていく。
小艦隊が動き出し、大型輸送船は離れていく。まるっきり別の方向へ向かうのだ。
どちらかを選ばなくてはいけない。
「レポート少尉、大型の輸送船の方を追え」
了解、と低い返事。ザックス曹長がはっきりと舌打ちをした。
レイナからしても意外だった。ヴェルベット艦長は自身で任務を解釈しているのだ。
そのままチューリングは小艦隊と距離ができるまで、輸送船を追尾した。
「レポート少尉、接近しろ。ザックス曹長、撃て。警告射撃はいらない。推進装置を狙うんだ」
二人の了解の声が重なる。
チューリングがわずかに回頭する。
同時に粒子ビームが走る。
何もない虚空を貫いた。
「テメェ、操舵、タイミングが悪いぞ」
大型輸送船が慌てて加速し、離れようとしている。こちらに気づかないわけがない。
ザックス曹長が照準をし直した時には、おそらく計算を省略して、大型輸送船は準光速航行で現場を離脱していった。
本来の追跡対象の小艦隊も、準光速航行でその場を離れ始めている。
あまりの出来事に、レイナは愕然としていた。
ヴェルベット艦長が溜息を吐き、首を捻った。
レイナはそんな艦長をちらりと見て、彼が何も言おうとしないので指示を出した。
「ユキムラ准尉、追跡できますね」
「どちらも計算していない準光速航行ですから、すぐに離脱するはずです」
「追えるところまで追って。艦長、どうなさいますか?」
艦は一つしかないな、と艦長は応じて、それきり黙り込んだ。
(続く)
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