4-4 死に兵艦長

     ◆


 第一次追跡戦はきっちりと期間を区切れる性質の紛争ではなく、散発的に近衛艦隊やそれに準ずる艦隊、そして火星駐屯軍の艦隊からも、離反するものが相次いだ。

 その中でも地球方面からやってくる離反艦隊と呼ばれるようになった艦船の群れは、巧妙に監視の目をかいくぐるが、それがために裏の裏をかいたことがつまりは表であり、火星駐屯軍と衝突する場面が散見された。

 しかしヴェルベットも雷撃艦ランプリエールも、改めて戦場へ送られることはなかった。

 何をしていたかといえば、イーストウッド級宇宙基地ミラノのそばに移動した艦はその場に控え、ヴェルベットは発令所ではなく作戦立案室にほとんどこもっていた。

 通信が多くの艦と結ばれ、将校が立体映像では足りず、投射モニターが無数に分割され、二十人ほどが同時に話をしている。

 火星駐屯軍第三十一艦隊の作戦会議である。

 ヴェルベットとしては副長に任せたいところだったが、ロックバード中将が取りまとめ役の四人の大佐のうちの一人に、ヴェルベットを任命して会議に参加するように命じたのだった。

 作戦会議と言っても、より効率的に網を張り、そこに飛び込んだ敵をどうするか、うまく逃げた敵をどうするか、という全体的な話に終始し、それがヴェルベットとしては不服だった。

 網を張るのはいいだろう。敵がそこへ飛び込まないことを想定するのもいい。

 しかし実際の戦闘は、二十隻で一隻や二隻を袋叩きにするわけではない。

 網として展開している十隻程度が、全体で同数を相手にするか、あるいは個々同士で、戦闘を展開するしかないのだ。

 待ち構える座標も、先に艦船を埋伏する座標も、考えて決めることはできるが、実際の戦闘そのものは、どれだけ思い描いても、その通りには進まない。

 それこそ、本命がダメなら次の手段、というのは戦闘にはない。

 個の戦闘においては最初の戦闘での敗北は、大抵は即死である。次はないのだ。

 そのことをヴェルベットとしては黙っていられなくなり、会議の五日目に、思わず口にしたのだった。

「集団の動きよりも、各艦の戦法を熟考するべきじゃないか」

 反応は二つに分かれた。

 半数以上の将校は困惑している。残りは、否定的で、嘲笑うような表情をヴェルベットに向けた。

 全部で、そう、六人だ。すぐに彼は数を数えた。

 そして六人のうちの三人が自分と同格の大佐だった。

「ヴェルベット大佐、あなたはボクシングでもしているつもりか? それとも大昔の、騎士同士の決闘が宇宙で行われるとでも?」

 大佐の一人がどこか粘っこい口調でそういうのに、ヴェルベットは堂々と肩をすくめて見せた。

「あんたが敵の火砲の土砂降りの真ん中になった時、誰かが割って入って守るとでも?」

「土砂降りとやらを浴びないように、作戦を立てている。そちらこそ、先日の戦闘では敵に対して艦を無防備にしたそうだが、あれは何か、ミスだったのかな」

 先日の、などと言いながら、すでに二週間以上が過ぎている。

 今の課題である紛争は、その時とはもう状況が変わっているし、それを考えれば、まったく新しい発想が必要なはずだった。

「勝てると思えば、防御を捨てるね」

「さすがに死に兵艦長などと呼ばれるだけのことはある」

 別の大佐がそう口にした時、さすがにヴェルベットも表情が強張った。

 死に兵艦長、だと?

 部下を殺したがる艦長がどこにいるというのか。

 自分自身の命は、極限状態になれば投げ出せるが、しかし、部下はまったく無関係だ。

 艦長には乗組員の人生がかかっているのを、この大佐も、他の連中も知らないのか。

「ヴェルベット大佐、全体の和を乱すのなら、この会議を外れていい」

 勝ち誇った顔の大佐を睨みつけ、そうするよ、とあっさりと返してヴェルベットは通信を切るそぶりをした。

 その動作の流れで、彼を死に兵艦長と呼んだ大佐のいる艦をチェックした。

 駆逐艦だ。名前はベック。

「そうだ、大佐」ヴェルベットはさりげなく恫喝する気になった。「もし全体の和とかいう奴を武器として戦うのなら、俺は駆逐艦ベックを盾にすることに決めた。和などというのだから、盾に徹する、そういう和もあるだろう」

 小さなモニターの中の大佐の顔が強張り、何か言い返そうとしたようだが、あっさりとヴェルベットは通信を切った。

 作戦立案室の明かりが元に戻り、ヴェルベットは端末を操作して、火星周辺の星海図を展開させた。

 火星周辺では、火星駐屯軍の艦艇が臨戦態勢で展開している。

 しかしその壁はあまりに薄く、そして狭い範囲しかフォローできていない。

 連邦宇宙軍は、自分たちの艦艇が脱走すること、それも大規模な脱走に発展することを、当然、想定していない。

 そもそも宇宙開発自体が、手探りだったこともあるだろう。ここまで発展しても、一寸先は闇だった。

 まだ宇宙というものをどのように管理するか、連邦宇宙軍というより地球連邦が考えている最中だったとも言える。

 管理艦隊もあるが、あれはまだ確立されていない。ヴェルベットの目には、管理艦隊は連邦宇宙軍の思想の一側面に見えるが、どういう思想か判然としない。そういう意味で、完成には至っていない。

 彼らや、総司令部が、宇宙を管理できると考えた、ということはないと思いたい。

 宇宙はすでに、管理できないものだと誰の目にも見えつつある。

 星海図は木星のすぐそばまで広がっている。火星駐屯軍の収集した情報を総合して、幾つかの艦艇の痕跡も重なっているが、その数は多い。

 星海図の端に、離反艦隊の総数を表示させる。

 すでに八十隻に達している。それは現存している勢力で、撃沈、拿捕された数は含まれない。

 八十隻といえば、五個艦隊は余裕を持って作れる。しかしそれは、十を超える航路で別々に逃げ出している。全戦力で一撃を加える、と奴らは考えないらしい。

 それでも、とても手に負えん。

 ヴェルベットはため息をついた。

 そこへドアが開き、副長が顔を見せた。

「艦長、通信です」

 例の大佐の報復か、と思ったが、副長は何か、探るようにヴェルベットを見ている。

「どこからだ?」

「管理艦隊からです」

 管理艦隊……?



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る