4-3 一人で戦っているわけではない
◆
戦艦レオニダスに連絡艇で移動し、たいして歓迎もないまま、会議室へ通された。
そこには第三十一艦隊の司令官であるロックバード中将が待ち構えており、他にも准将が一人、大佐が二人、同席していた。
敬礼をすると、ロックバード中将以下も敬礼を返し、そうしてもヴェルベットは着席を許されなかった。さぞかし、同行している副長には堪えることだろう。
「見事な戦果だった」
澄んでいると言ってもいい声で、ロックバード中将がまず言った。
「きみの雷撃艦が最も戦果をあげたのは、まぎれもない事実だ。それは認めよう」
「恐縮です」
「褒めるだけで終わらないのが、申し訳ないな、大佐」
そのあとを准将が引き継ぎ、ヴェルベットの指揮したランプリエールの戦い方について、詳細に質問された。
一つ一つ、丁寧に答えながら、このお偉方は何を気にしているのか、ヴェルベットは思考を巡らせた。
話しているうちに、どうやらランプリエールの戦い方に、異議を唱えているようだとわかってきた。それも本気でだ。
味方との連携を無視し、行き当たりばったりのような戦法をとり、訓練通りの動きをする味方の動きを阻害した。
そんなことを言いたいらしい。
「味方の危険を招くような戦い方は、するな」
准将が着席してから、ロックバード中将が口を開いた。
しかし表情は穏やかで、責めるような色はない。
「これからは、装備の優劣、技能の優劣は、なくなるだろう。戦法でさえも、見直さなければならん。わかっているか、大佐」
「お言葉ですが」
口をついて出た言葉は、反射ではなく、考えてこのことだ。
「敵との差がなくなった時、後は戦い方を工夫するしかありません。中将閣下がおっしゃったように、従来の戦法は敵に筒抜けです。しかも連邦宇宙軍は、型にはまった戦法しか知らない。アドリブは無理だろうと思いますが」
「数ではこちらが上回っている」
そう応じたのは准将で、思わずヴェルベットは彼を睨みつけた。
「数で上回っている? それはつまり、こちらが二百人を犠牲にして相手を百人殺すような戦い方で、最後には数の力でこちらが生き残る、そうおっしゃりたいのですか」
口を慎め、と大佐の一人が言ったが、ヴェルベットは強い視線を准将に注ぎ続け、その准将は助けを求めるようにロックバード中将の方を見る。
臆病な、みっともない軍人だ。
こんな男が指揮官の補佐をするのだから、連邦宇宙軍はいざという時、瓦解する可能性もありそうだ。
それでもヴェルベットは軍人で、連邦宇宙軍を裏切る気にはなれなかった。
連邦宇宙軍と心中するのは悪くない。しかし間抜けな指揮官と心中する気はない。
「一人で戦っているわけではないのだ、大佐」
目をつむって腕を組んでいたロックバード中将が、姿勢を変えずに言った。
「きみのもとには百人を超える部下がいて、それはきみが責任を持つべきだ」
「わかっています。しかし、先ほどの参謀殿のお話ではありませんが、我々、百名が死ぬことで、味方が百名救われれば、帳尻は合います。二百名を救えれば、我々百名は意義のある死に方をした、となるのではないですか」
かもしれん、とロックバード中将が唸った。
「しかし、百名はかけがえのない百名だ。死に兵にする必要はない」
死に兵とは、と思わずヴェルベットは笑いそうになった。
そういう概念があるのは知っていたが、自分が死に兵とは思わなかったし、部下を死なせるつもりもなかった。
「生き残ることが、これからは大事になるぞ、大佐。世界は変貌を遂げつつある」
「敵が現れただけのことです。敵と味方ができてしまえば、あとは勝敗を決するのみです」
小さく、ロックバード中将は声をあげて笑った。
「正しく。その勝敗の行方を左右するために、部下を多く、温存したい」
思わぬ発言だった。
この中将は、その身のうちに何か陰謀があるのだろうか。宇宙を舞台に軍閥でも作るつもりか。そこまでいかなくとも、連邦宇宙軍での発言権でも手にしたいのか。
今の宇宙の状態は、艦船の性能や人員の技能ではなく、純粋な数の問題、という側面はあることにはある。
「私は連邦を裏切る気はないよ、そういう顔をするな、大佐」
穏やかな表情のロックバード中将は、底の知れない、深いものを感じさせる。
いくつかの確認があり、結局、ヴェルベットは注意で済んだ。
艦がもっと破損したり、撃墜数が少なければ、あるいはヴェルベットは艦を下ろされたかもしれない。
「きみはいずれ、幕僚に加えたい。それだけの素質が見えてはいる」
解放される寸前に、ロックバード中将が言った。お世辞かもしれない。あるいは冗談かもしれない。そういうところを読ませないものが、この中将にはやはりあった。
「それまでは生き延びることだ、大佐」
「はっ」
直立して敬礼する。部屋を出ると、副長が付いてきたがブツブツと何か呟いている。
第三十一艦隊の幕僚になるよりは、今のように雷撃艦にでも乗っている方が、自分は活きるのではないか、と格納庫にある連絡艇へ向かいながら、ヴェルベットは考えていた。
大局を見るような目は持っていないし、どことなく切り込み隊長のような気質もある。
さすがに一個艦隊を預かっても、丸ごと突撃させはしないだろうが、一個艦隊などという巨大すぎる体を操るとなれば、身動きが取りづらいし、細部まで目を配るのも難しい。
どう考えても、一隻の艦長の方が、合っているだろう。
この先、また戦闘はあるはずだ。
そう思うと、高揚するものが確かにある。
出世などより先に、まず敵を倒す。
それがヴェルベットには心地いい感覚だった。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます