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 安全座標へ飛び出すまで、ハンターはチャンドラセカルと意見交換しようとしたが、それは管理艦隊司令部からの通達で禁じられていた。

 どうやら上位にいる誰かしらが内通し、それが理由らしい。下手に通信を行うと、さらに情報が漏れると危惧していると、判断するよりない。

 どこに、内通者とその手のものが潜んでいるかわからず、今の管理艦隊は明らかに後手に回っていると思えた。

 先手を取ることは不可能でも、どこかで挽回する必要がある。ハンターはそのことだけを考えた。

 敵の潜航艦をおびき寄せる餌として、今、チューリングは絶好だった。

 手負いで、しかも相手がおそらく知っている座標へ向かっている。さらにそこへ増援が来ることも自然な発想で結論が出る。

 管理艦隊はあるいは、ここで敵潜航艦に決定的な対処をするつもりかもしれない。

 ただそうなると、安全座標が戦場に様変わりし、そこにチューリングは無防備で放り込まれることになる。

 次の逃げ場を確認するべきか、と発令所の艦長席でハンターが思案しているところへ、ユキムラ准尉が極指向性通信が入っていることを伝えてきた。

「司令部か?」

「いえ、チャンドラセカルです」

 これにはハンターもさすがに驚いた。命令を無視する軍人がいるとは、にわかに信じがたい。

「リアルタイム通信ではないな?」

「作戦計画書というテキストです。三十分割されていて、それで機密を確保しているようです。暗号は非常時パターン四号です」

 通信の安全性が失われた時のために、暗号のパターンは非常時のものだけで五つある。それを知るものは極端に限られていて、ユキムラ准尉も知らない。ハンターかレイナ少佐が承認して、初めてテキストは解読可能になる。

 しかし、現状では完全な機密ではなくなっているのだろう。

 チャンドラセカルの思い切りは、呆れるほどだ。

「受け取って、私の端末に回してくれ」

 ハンターは艦長席に座り直し、右側にある端末を苦労して左手で操作して、テキストを開封した。

 計画書というだけあって、簡潔で、余計な説明は全くない。あるとすれば、最後にある「武運を祈る」だけだ。

 本文である計画も、ほとんどわからないに等しい。

 安全座標へ飛び出し次第、指定の座標へ向かえ、とある。

 そして新兵器を運用する、ともあった。

 新兵器?

 ただそれだけしかないので、それが攻撃に使う兵器か、防御に使う兵器かはわからない。

 ハンターは席に寄りかかり、考えた。

 チャンドラセカルが安全座標へ急行するのに、時間的余裕はそれほどない。新兵器というのも、不安を抱かせないための表現で、実際は試作兵器だろう。

 チューリングとしては、チャンドラセカルを頼るしかないのが、歴然とした事実で、これは変えようがなかった。

「カード曹長、ちょっといいか」

 操舵管理官の端末にいるカード曹長が振り返る。今のところ、疲弊の色は濃くないが、少しだけ頬がこけてきたかもしれない。

「今から言う座標へ、うまく飛び出せるか?」

 作戦計画書にあった座標の数値を告げると、曹長は端末を操作し、軌道修正してもどんぴしゃりとはいかない、と返事をした。

「できる限り、近づいてくれ」

「そこに何かあるんですかい?」

 カード曹長の砕けた質問に、ハンターは頷いてみせた。

「何かがないと、困ったことになる」

「敵はどこにいるんです?」

 答えづらい質問だった。

「わからないな、私にも。私たちの置かれた状況は、それほど単純ではないのだろう。敵と味方しかいない、という割り切り方はできん。味方の中に敵がいることを想定しないのでは、いけないのだろうな」

「俺たちは味方に殺されるわけですか」

「そう思い詰めるな」

 瞳が異様な光り方をしているカード曹長に、ハンターはそうと気づかず、なだめるような身振りを無意識にしていた。

「超大型戦艦も、地球連邦の中に混ざっていた敵が作ったのだ。それくらい、敵味方がわからない時代だし、世界なのだよ」

「俺は管理艦隊は信用していましたがね」

「私もだよ。しかし、味方を信頼しないでどうする?」

 カード曹長は火の出るような視線でハンターを見据え、無言で端末に向き直った。

 安全座標まで十時間を切ったところで、ハンターは艦の状態を第一種戦闘配置に切り替えた。しかし戦死者や回復していない負傷者が大勢いるがために、どこも人員的には逼迫している。

 発令所では、意識を取り戻したが動けずにいるロイド中尉に変わって、レイナ少佐が彼の持ち場である艦運用管理官の端末の前にいる。ロイド中尉の部下は、艦の各所で配置についている。

 時間は刻々と迫り、ついに一時間を切り、三十分を切る。

「十五分前です」

 レイナ少佐が静かな口調で言う。

 もう一度、ハンターは発令所を見回した。

 投げやりな空気はない。悲壮な雰囲気もない。

 チャンドラセカルの空白ばかりの曖昧なテキストにも、こういう効果があるのだと、ハンターは興味を刺激された。

 戦意とはこうして維持される場面もある。

 味方が助けてくれる、という希望は、何にも変え難い。

「離脱まで、三十秒」

 カード曹長からの報告。チューリングが生き延びることができるかどうか、もうそろそろ、はっきりするだろう。

「離脱まで、五、四、三、二、一、今です」

 ぐっとカード曹長がレバーを引き、メインスクリーンに宇宙が映し出された。

「あれは、なんだ?」

 ユキムラ准尉が呟く。

「カード曹長、あれだ。座標は合っているな?」

「事前の通達の通りですな。しかしあれは、なんです?」

「私も知らんよ。ユキムラ准尉、周囲に感は?」

「何も見えません。敵は追ってきているはずですが……」

 ユキムラ准尉の目でも見えないのが、今のチャンドラセカルか。

 ハンターはレイナ少佐に命じて、装甲をシャドーモードに変えさせる。しかしほとんど機能しない。同期が不完全で、輪郭が消えることはない。

「感があります! 九時方向です。距離は至近!」

 ユキムラ准尉が叫ぶように声を発した時、何もないはずの空間から粒子ビームが三連射される。

「敵じゃないな。チャンドラセカルだ」

 何かを確認するように、ザックス曹長が呟く。

 その間にも、チューリングは漂っている何かの幕みたいなものに向かっている。

 何が起こるのか、発令所の全員が固唾を呑んで見守る前で、幕は幕自体も動き始め、あっという間にチューリングをすっぽりと覆うように移動してきた。

 そのまま、チューリングは幕に囲まれ、まるで蚊帳の中にいるような感じになった。

「艦長、チャンドラセカルから通信です」

 繋いでくれ、とハンターは応じながら、記憶の中にある試作兵器リストから、妥当なものを思い出していた、

 なるほど、隠れ蓑、ってわけだ。



(続く)

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