1-4 フォロー
◆
安全座標へ飛び出すまで、ハンターはチャンドラセカルと意見交換しようとしたが、それは管理艦隊司令部からの通達で禁じられていた。
どうやら上位にいる誰かしらが内通し、それが理由らしい。下手に通信を行うと、さらに情報が漏れると危惧していると、判断するよりない。
どこに、内通者とその手のものが潜んでいるかわからず、今の管理艦隊は明らかに後手に回っていると思えた。
先手を取ることは不可能でも、どこかで挽回する必要がある。ハンターはそのことだけを考えた。
敵の潜航艦をおびき寄せる餌として、今、チューリングは絶好だった。
手負いで、しかも相手がおそらく知っている座標へ向かっている。さらにそこへ増援が来ることも自然な発想で結論が出る。
管理艦隊はあるいは、ここで敵潜航艦に決定的な対処をするつもりかもしれない。
ただそうなると、安全座標が戦場に様変わりし、そこにチューリングは無防備で放り込まれることになる。
次の逃げ場を確認するべきか、と発令所の艦長席でハンターが思案しているところへ、ユキムラ准尉が極指向性通信が入っていることを伝えてきた。
「司令部か?」
「いえ、チャンドラセカルです」
これにはハンターもさすがに驚いた。命令を無視する軍人がいるとは、にわかに信じがたい。
「リアルタイム通信ではないな?」
「作戦計画書というテキストです。三十分割されていて、それで機密を確保しているようです。暗号は非常時パターン四号です」
通信の安全性が失われた時のために、暗号のパターンは非常時のものだけで五つある。それを知るものは極端に限られていて、ユキムラ准尉も知らない。ハンターかレイナ少佐が承認して、初めてテキストは解読可能になる。
しかし、現状では完全な機密ではなくなっているのだろう。
チャンドラセカルの思い切りは、呆れるほどだ。
「受け取って、私の端末に回してくれ」
ハンターは艦長席に座り直し、右側にある端末を苦労して左手で操作して、テキストを開封した。
計画書というだけあって、簡潔で、余計な説明は全くない。あるとすれば、最後にある「武運を祈る」だけだ。
本文である計画も、ほとんどわからないに等しい。
安全座標へ飛び出し次第、指定の座標へ向かえ、とある。
そして新兵器を運用する、ともあった。
新兵器?
ただそれだけしかないので、それが攻撃に使う兵器か、防御に使う兵器かはわからない。
ハンターは席に寄りかかり、考えた。
チャンドラセカルが安全座標へ急行するのに、時間的余裕はそれほどない。新兵器というのも、不安を抱かせないための表現で、実際は試作兵器だろう。
チューリングとしては、チャンドラセカルを頼るしかないのが、歴然とした事実で、これは変えようがなかった。
「カード曹長、ちょっといいか」
操舵管理官の端末にいるカード曹長が振り返る。今のところ、疲弊の色は濃くないが、少しだけ頬がこけてきたかもしれない。
「今から言う座標へ、うまく飛び出せるか?」
作戦計画書にあった座標の数値を告げると、曹長は端末を操作し、軌道修正してもどんぴしゃりとはいかない、と返事をした。
「できる限り、近づいてくれ」
「そこに何かあるんですかい?」
カード曹長の砕けた質問に、ハンターは頷いてみせた。
「何かがないと、困ったことになる」
「敵はどこにいるんです?」
答えづらい質問だった。
「わからないな、私にも。私たちの置かれた状況は、それほど単純ではないのだろう。敵と味方しかいない、という割り切り方はできん。味方の中に敵がいることを想定しないのでは、いけないのだろうな」
「俺たちは味方に殺されるわけですか」
「そう思い詰めるな」
瞳が異様な光り方をしているカード曹長に、ハンターはそうと気づかず、なだめるような身振りを無意識にしていた。
「超大型戦艦も、地球連邦の中に混ざっていた敵が作ったのだ。それくらい、敵味方がわからない時代だし、世界なのだよ」
「俺は管理艦隊は信用していましたがね」
「私もだよ。しかし、味方を信頼しないでどうする?」
カード曹長は火の出るような視線でハンターを見据え、無言で端末に向き直った。
安全座標まで十時間を切ったところで、ハンターは艦の状態を第一種戦闘配置に切り替えた。しかし戦死者や回復していない負傷者が大勢いるがために、どこも人員的には逼迫している。
発令所では、意識を取り戻したが動けずにいるロイド中尉に変わって、レイナ少佐が彼の持ち場である艦運用管理官の端末の前にいる。ロイド中尉の部下は、艦の各所で配置についている。
時間は刻々と迫り、ついに一時間を切り、三十分を切る。
「十五分前です」
レイナ少佐が静かな口調で言う。
もう一度、ハンターは発令所を見回した。
投げやりな空気はない。悲壮な雰囲気もない。
チャンドラセカルの空白ばかりの曖昧なテキストにも、こういう効果があるのだと、ハンターは興味を刺激された。
戦意とはこうして維持される場面もある。
味方が助けてくれる、という希望は、何にも変え難い。
「離脱まで、三十秒」
カード曹長からの報告。チューリングが生き延びることができるかどうか、もうそろそろ、はっきりするだろう。
「離脱まで、五、四、三、二、一、今です」
ぐっとカード曹長がレバーを引き、メインスクリーンに宇宙が映し出された。
「あれは、なんだ?」
ユキムラ准尉が呟く。
「カード曹長、あれだ。座標は合っているな?」
「事前の通達の通りですな。しかしあれは、なんです?」
「私も知らんよ。ユキムラ准尉、周囲に感は?」
「何も見えません。敵は追ってきているはずですが……」
ユキムラ准尉の目でも見えないのが、今のチャンドラセカルか。
ハンターはレイナ少佐に命じて、装甲をシャドーモードに変えさせる。しかしほとんど機能しない。同期が不完全で、輪郭が消えることはない。
「感があります! 九時方向です。距離は至近!」
ユキムラ准尉が叫ぶように声を発した時、何もないはずの空間から粒子ビームが三連射される。
「敵じゃないな。チャンドラセカルだ」
何かを確認するように、ザックス曹長が呟く。
その間にも、チューリングは漂っている何かの幕みたいなものに向かっている。
何が起こるのか、発令所の全員が固唾を呑んで見守る前で、幕は幕自体も動き始め、あっという間にチューリングをすっぽりと覆うように移動してきた。
そのまま、チューリングは幕に囲まれ、まるで蚊帳の中にいるような感じになった。
「艦長、チャンドラセカルから通信です」
繋いでくれ、とハンターは応じながら、記憶の中にある試作兵器リストから、妥当なものを思い出していた、
なるほど、隠れ蓑、ってわけだ。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます