10-7 始まりの地へ
◆
目を覚ますと、見知らぬ天井がまず見えた。自分は、ベッドに寝かされているようだ。
最後の記憶は、チャンドラセカルの発令所だ。
体当たりの瞬間に床に叩きつけられた。あの時に、どこかを負傷したのだ。痛みが急に強くなり、血を吐いたのも思い出した。
起き上がろうとしたが、体に力が入らない。視線をやると、胸が特殊なギプスで覆われ、何かのチューブが腕に取り付けられていた。液体が点滴されている。
喉が渇いていた。
しかし生きているのだ。それでよしとしよう。
やっと、自分がチャンドラセカルの医務室にいることがわかった。そう、そこがヨシノのいるべき艦だ。
周囲をカーテンに囲まれていて、その向こうで女性の声がした。片方は軍医のルイズ・クリステアだろう。
もう一人は、ヘンリエッタ・マリオン准尉。
どうにか声を出そうとするが、それより先にヨシノの枕元の機械がアラーム音を立てた。
勢いよくカーテンが引き開けられ、そこには目を泣きはらしたヘンリエッタ准尉がいて、彼女はヨシノに飛びついてきた。
ワンワンと泣き出す彼女をどうすることもできず、それをルイズ女史がどうにか引き剥がした。
「慕われていること」
それがルイズ女史の感想で、その後にヨシノの肋骨が何本か骨折し、肺を傷つけている、と言い出した。重傷じゃないか、と思ったが、一週間もあれば少しはマシになる、と言われて、余計に驚いた。
日付を確認すると、気を失ってから十日も過ぎていた。
それはヘンリエッタ准尉も心配するはずだ。
そろそろチャンドラセカルはジョーカーに着くはずだが、しばらくは寝たきりだと言われ、報告をどうするべきか、考えた。通信で行えばいいのだろうか。
とりあえずの診察と胸を覆う力場ギプスの調整、鎮痛薬の処方が終わり、やっとヘンリエッタ准尉と話ができた。
「心配しましたよ、何日も意識不明で……」
「すみません」
ヨシノは何を言うべきか迷ったが、冗談を言う気になった。
「これで療養と称して、地球へ行けますね」
「私は行けませんよ。この通り、健康ですから」
それもそうか。
「まあ、付き添いということで、良いのではないですか?」
「付き添いって何ですか?」
こういう冗談が言えるときもあるのだ、と思いながら、ヨシノは思い切ってそれを口にした。
「奥さんとして、ということになりますね。嫌ですか?」
きょとんとしてからヘンリエッタは顔を赤らめ、うつむいた。
何となく気まずくなり、しかもそこへヘンリエッタ准尉に発令所からの呼び出しがあった。
彼女が去ってから、ルイズ女史が顔を覗かせ、嬉しそうに笑う。
「天才も人間だったわね」
これでも最初から人間ですよ、と応じて、ヨシノは少し休むことにした。
目を閉じると、ヘンリエッタ准尉の後ろ姿が離れていくのが見える。
でもきっと、追いつけるだろう。
何も、彼女が宇宙の果てへ向かうわけじゃないのだから。
(第十話 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます