3-5 コミュニケーション
◆
とんでもないですよ、と言ったのはリコ軍曹で場所は休憩スペースだった。
そこは飲み物のサーバーがあり、五人ほどが立ち話できるような空間である。トゥルーとリコ軍曹、それとリコ軍曹の部下の伍長の女性がいた。ノイマンはやはり女性の乗組員が多い。
「準光速航行の最中に、極指向性通信をするなんて聞いたことあります? 曹長」
「でも他に方法もないでしょ?」
「そうですけどね。ミューターをそんな風に使うこと、想定していました?」
疑問しかないらしいリコ軍曹に、トゥルーは苦笑いするしかない。
ケーニッヒ少佐は火星にいるという知り合いに連絡を取るために、火星に向かって極指向性通信を実行したわけだけれど、それが誰にも傍受されないように、トゥルーもミューターの調整を求められた。
極指向性通信を、ケーニッヒ少佐が意図している相手以外には通じないように、ミューターで極端に補正したのだが、補正というよりは無駄を限界を超えて削り落としたようなものだ。
実際、本来は一度で済む通信を三分割にして、それでやっと形になったらしい。
らしい、というのはまだ返事がこない、というか、ケーニッヒ少佐が言うには「現地に着いてやっとわかることになります」ということだった。
その理由は彼の友人からの通信が傍受されるのが危険、ということらしい。
「行き当たりばったりで、どうなるんでしょう、火星では。それ以前に、この任務も」
リコ軍曹の危惧はわかるけれど、もうどうしようも無い。
「なるようになるでしょう。あなたの責任は重大だけどね、リコ軍曹」
「千里眼システムでだいぶ、神経がすり減らされて、もう倒れるかもしれません」
わざとらしく目を回してみせるリコ軍曹に、トゥルーと伍長が笑う。
実際、リコ軍曹の苦労はトゥルーの想像を超えているだろう。一部の天才が使いこなす千里眼システムを使って、常に周囲に気を配っているのだ。
準光速航行の間は攻撃は受けなくとも、ノイマンが何者かに捕捉されるような事態が起これば、計画や任務が破綻する。
それを防ぐために、空間ソナーは常に光に準ずる速度で過ぎ去る無数の宇宙船や観測衛星を、把握し続けている。電子頭脳と索敵管理官とその部門の兵士たちがこれを投げ出すことは許されない。
短い会合が終わり、トゥルーは部屋に帰る前に機関室へ向かった。そこにいるアリス・ガブリエル少尉に話をする必要があった。
機関室に入ると、少しだけ熱気を感じるのは、錯覚だろう。三人が詰めていて、そのうちの二人が伍長だった。もう一人がアリス少尉だったが、三人は制御卓の上を使ってボードゲームの最中である。
まさか曹長が少尉を叱るわけにもいかないが、アリス少尉はややバツが悪そうだ。
「これは変な場面を見せたわね」
二人の伍長が遊びの道具を片付けている間に、アリス少尉がトゥルーに近づいてきた。
「推進装置の整備だけど、結論は出ましたか?」
トゥルーの質問に、その件ね、とアリス少尉が相好を崩す。
「うちの部員は優秀だからね、一時間もあればどうとでもなると思う。もっとも、それは確認作業に必要な時間で、何かしらの手を入れるとなればもっと時間が必要だけど。艦運用管理官の目で見て、どう? 部品の交換や調整が必要な事態になりそう?」
「カタログデータとチェン技術大佐の報告書を参考にすれば、おそらくは必要ないと思います」
「おそらくというのはどれくらいの確率?」
「数パーセントで必要になるでしょう」
そのトゥルーの言葉に、アリス少尉が片目を細め、片目を見開く。
「そいつは大きな確率だわね。艦長はなんて言っている?」
「はっきりとは明言されませんが、補給の間に修繕するのではないでしょうか」
慌ただしいなぁ、と言うとアリス少尉が天井を眺める。そこには何もなく、ただ考え事に集中する動作だ。たまにトゥルーもやる。
「まぁ、幸運を祈るしかあるまいね」
それがアリス少尉の結論だった。
「一応、覚悟しておいてください、少尉」
「オーケー、曹長。もし何かに気づいたら、先に教えてちょうだい。こちらでもモニタリングはしているけど、見落としがあるかもしれない」
「遊びの道具を広げてるのに、ですか?」
冗談でつついてみたトゥルーに、アリス少尉は悪びれずに肩をすくめてみせた。
「息抜きをしないと、もしもの時に集中力が発揮されない。それに部下との連携や連帯も、重要でしょ? トゥルー曹長は部下とコミュニケーションを取っていないの?」
「食事をして、話はしますね。遊びはしませんが」
「エルザ曹長を学んだ方がいいよ、彼女のサロンは有名だ」
ああ、それですか、とトゥルーは思わず答えていた。
「私には声がかからないのでよく知りませんけど、噂は聞いています」
「あなたたちって、仲悪かったっけ?」
「いえ、特に問題ないはずですよ。同じ階級で誘いづらいだけではないですか?」
「同じ管理官同士、仲良くしなさいね」
最後には手痛いしっぺ返しがあったことを記憶に留めて、トゥルーは機関室を出た。
次の当直まで六時間ほどだ。四時間の睡眠と、シャワー、食事で丁度いい。
今のところ、ノイマンは受け身になっている。状況が動くのは最低でも火星に着いてからになるはずだという見当は、おおよそ正しいはずだ。そんなことを考えながら、トゥルーは頭の中で準光速航行を離脱するまで、あと十五日を切っているのを意識した。
二週間で状況が動き出すというのは、三ヶ月以上を船の中でただ平穏に過ごしていた自分自身の生活もあるせいか、想像しづらい。
まるで今がずっと続くような感覚がまとわりついてくる。
この任務が何かを決定的に変えることも、あるのかもしれない、とは思い描いても、やっぱり非現実的だった。
やっと実際の任務が始まるのに、こんなことでは、何かのミスが起きそうだ。
無意識に首を振っていた。
集中しよう。少しずつでも。
(続く)
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