3-4 人が造りし神

     ◆


 ユキムラが空間ソナーを、失われた一つ目の本来の視覚、カメラという二つ目の視覚に続く、第三の視覚にするのに、そう長い時間は必要ではなかった。

 彼はもう空間ソナー検定の話をしなくなった。その代わりに、研究員とともに答え合わせに熱中していた。

 まずユキムラが空間ソナーの届く範囲、これがかなり広大だが、その中を行く宇宙船や多種に及ぶ人工衛星の位置情報をマッピングする。

 それを研究者が、地球連邦が管理している宇宙航路を行き交うありとあらゆる船の航行記録と照らし合わせていく。

 驚くべきことに、ユキムラが感覚の一つとしている空間ソナーは、平然と月にまで及ぶ。

 これは異常な才能と言えた。答え合わせをさせられる研究員が、あまりに情報が膨大で集中力を切らし、逆に間違いや見落としを指摘されるほどである。

 研究員その人も、空間ソナー検定を受けさせる必要はもう感じなかった。

 検定の認定など、こうなっては形無しだった。機械の恩恵があったとしても、ユキムラの世界ははるかに広がり、彼はもう病室も、大陸も、地球さえも飛び越えた、神の如き視点を得ているのだ。

 機械が生み出した、人造の神である。

 ユキムラは二十四歳になり、その頃には彼は別のことにも取り組んでいた。宇宙船の管制業務に興味を持ち、情報ネットワーク上で電子書籍を読み漁り、しかしそれには宇宙船の操船に関する知識が必要で、芋づる式に、学んでいく分野が広がっていく。

 加速度的に、と言ってもいいかもしれない。

 そこへ、二人の軍人がやってきた。

 ハンター・ウィッソン中佐と、レイナ・ミューラー大尉。

 彼らと出会って数日後、別の軍人がユキムラを訪ねてきた。

 驚くべきことに、連邦宇宙軍の兵器部門の男で、軍人というより、明らかに技術屋の匂いがしていた。ハンター中佐もどこか無骨だったが、この兵器部門の軍人は、町工場にいそうな奇妙な男ではあった。

 それから数ヶ月をかけて、その軍人やその部下、オーランドー研究室の面々で、ユキムラを宇宙へ向かわせる準備が、唐突に始まり、一気に加熱した。

 まずはユキムラが生きていける環境を作るためのカプセルが必要であり、次に自律的に動ける機械の体がそれを支える必要がある、となった。さらにソフトウェアの面でも、周囲の人間とコミュニケーションを取る必要もある。

 カプセルに関しては宇宙軍が開発中の小型の救命カプセルの流用が決まった。これは高性能なもので、中に入って冬眠状態に移行すれば半年は生存できるという。そして何より、頑丈にできていた。

 機械の体は、連邦宇宙軍だけではなく、陸軍の兵器部門にも協力を求め、兵士の運動能力を強化する外骨格や、機械の鎧である強化外骨格の技術を応用し、コンパクトで、タフで、整備が面倒ではないものが設計されては試作され、それをユキムラが実際に動かし、不具合や不都合があれば、また設計し直され、試作され、試すということの連続になった。

 ソフトウェアはオーランドー研究室の面々が、ユキムラの頭の中で稼働するナノマシンの都合もあり、大きな役割を担った。

「感情が分かるようにした方が良かないかな」

 研究者たちはそんな話をしたが、ユキムラがこの点は譲らなかった。

「信頼し合えば、声だけで伝わりますよ」

「でも、顔文字くらい出た方がいいだろ? 古典的な手法だが」

 そう言い募る研究員たちも最後には根負けした。

 そうしてハンター中佐とレイナ大尉と面会してから半年後、ユキムラの新しい体が出来上がった。

 細身で流線型をしたカプセルの中は液体で満たされ、彼の体は柔らかく固定された。すでに体内の人工血液は最新のものに変えられており、この先五年は透析の必要もない。

 機械の四肢は実用一点張りで、細い四肢は最新の材料で頑丈さでも不安はない。

 電子音声はより滑らかに抑揚を再現するが、これにはどうしても感情表現では難しい面があるように研究者たちは感じたが、やはりユキムラは頑として譲らなかった。

 ユキムラの思考を宇宙船の管制システムに接続するプログラムが実装させることも行われた。少しはコミュニケーションを助けることになる、と研究者や技術者は思うしかなかった。

 出発の日にはアート夫妻もやってきて、涙を流して、ほんの十年前には身動きも取れなかった息子が、堂々と宇宙へ向かうのを見送った。オーランドー教授は、再会するまで死ねないな、と笑っていた。

 付き添いとともに連邦宇宙軍が手配したシャトルで、ユキムラは管理艦隊の宇宙基地へ向かった。何度かハンター中佐とは通信でやり取りしており、直接に管理艦隊が運用する訓練基地コルシカに来るように、ということだった。

 ユキムラは移動中のシャトルでも、シャトルに搭載された空間ソナーに接続する許可を求め、気のいい乗組員の兵士は、彼の思考を接続した。

 オーランドー研究室が設計した仕組みは完全に機能し、ユキムラは周囲を精密に把握することができた。

 宇宙船が準光速航行で、周囲を走っていく。シャトル自体が準光速航行の最中なので、すれ違う船の痕跡はまさに一瞬の流れ星に似ていた。

 ユキムラにはしかし自信は少しもなく、あるとすれば、ただ好奇心があった。

 念願の宇宙に出ることはできたが、結果を出せなければそれまでだと分かりきっている。

 管理艦隊の最新の軍用空間ソナーがどれほどのものか。

 自分がそれをどれだけ使いこなせるのか。

 もし実際に認められて宇宙船に乗れることになったら、果たしてどんな世界が待ち構えているのか。

 そういう多岐に渡る好奇心が、彼を絶望させず、また退屈させなかった。

 そうして彼はついにコルシカに辿り着き、念願の空間ソナーに自分を接続した。

 想像を絶する光景に、彼は思考の中で息を飲み、言葉を失った。



(続く)

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