1-5 囚人たち
◆
火星には強制労働施設がある。
地球連邦が成立し、宇宙へとその版図を広げて、ささやかながら宇宙の一部を支配した時、そこには必然として犯罪が発生した。
宇宙犯罪とも呼ばれるこの種の犯罪行為は重罪とされている。
海賊行為が重罪の筆頭だが、その理由は宇宙があまりに広大すぎて、仮にどこかの輸送船を襲撃した、されたとなると、全てを奪った後の展開が重要になる。
空になった輸送船とその乗組員の死体を果てない宇宙に放り出せば、十中八九、誰とも再会することがない。宇宙の闇に消えてしまう。不幸な輸送船や客船は、どこかで事故にあったとして、行方不明として処理されるしかない。
地球連邦の管理している領域を航行する宇宙船で、一年間に百隻を超える船が行方不明になるが、このうちの七割は海賊行為の被害者とも言われる。
そんな残酷な犯罪に走り、運悪く当局に確保された海賊たちが、死刑よりも残酷な、寿命をはるかに超える期間の強制労働に従事しているのが、火星の施設になる。
火星は一部が地球化されているが、ほとんどは元のままの砂と岩石に覆われている。その真ん中にいくつかの収容施設が建設され、地下へと坑道が彫られている。極端に不効率な採掘作業がそこでは罰として行われているのだった。
ハンターは地上へ降り、強制労働施設が所有する装甲車で荒野を走った。
施設の巨大な建物に入り、巨大すぎるエアハッチを装甲車ごと抜ける。すぐに与圧が終わり、ハンターは車を降りた。実用的なはずなのに、サスペンションが固すぎて腰が痛む。
係員に案内された面会室は、どこにでもある強化ガラスで仕切られた部屋だ。すでにサイボーグ化されているのが明らかな警備担当者が、囚人がやってくるのを待ち構えている。
ハンターが椅子に座って少しすると、やはりサイボーグに連れられて、一人の男がやってきた。
どこか無気力そうな四十絡みの男で、服装はつなぎの作業着だ。つい寸前まで坑道で作業をしていたようで、気密服でもある作業服の中が暑かったんだろう、汗でつなぎは色が変わっていた。
しかしそんなくたびれた様子を裏切る強気な視線が、ハンターを見ている。
「知らん顔だな。どこのジジイだ?」
まるで若者じみた口調なのが、外見とアンバランスで、どこか可笑しい。可笑しいのだから笑ってもいいだろう、とハンターは声を上げて笑っていた。
ムッとした様子で、椅子に座り、男が身を乗り出す。
「どこのジジイかと聞いている」
「この通り、軍人だ」
ハンターは制服をよく見せるようなそぶりをして見せた。もちろん、制服が目に入っていないわけがない。男は余計に不機嫌になり、「どこの所属だ?」と低い恫喝じみた声で続ける。この時のハンターの制服は管理艦隊のものだが、あまり一般的ではなかった。
「管理艦隊だよ。この世の果てだ」
「管理艦隊? テロリストどもにいいようにさせている無能な腰抜けか」
肩をすくめる動作で言葉を口にしなかったのは、この囚人の言葉がおおよそ正しいからだ。
確かに管理艦隊は仕事をしていない。独立派勢力は元気に活動を続け、たった今も少しずつ力を伸ばしている。管理艦隊は受動的に動くだけで、彼らを制圧もできない。
「否定しないのか? ジジイ。自分たちがけなされているんだぞ」
「真実だからな。給料泥棒と呼ばれる立場だと、自認しているよ」
殊勝なことだ、と鼻で笑われても、やはりハンターは少しも腹が立たなかった。むしろこの男が急に好きになっていた。これだけ反発心を保存して、強制労働を続けるとは並大抵ではない。
どこか幼い感じもあるが、この気の強さは魅力的だ。
「実はきみに面白い話を持ってきたんだ」
「ここから出してくれるのかい? それだとありがたいんだがな」
「宇宙船に乗ってみないか?」
うろん気にハンターを見る男に、丁寧に説明する必要はないと判断した。
「宇宙軍で、乗組員を募ることになる船がある。腕のいい火器管制の技能者を求めている」
「俺が何をしたか、知らないのか?」
「もちろん知っている。連邦宇宙軍の船を五隻、沈めている」
不愉快そうな顔になり、男が椅子の背もたれに寄りかかって、少しだけハンターと距離をとった。
「不愉快なジジイだ。宇宙軍の連中が俺を許すものか。何人が死んだと思っている?」
「感情は確かに理解しないだろうね。しかしきみの確かな腕を信用しない乗組員もいない」
とんだスカウトマンだ、と男がつぶやき腕を組んだ。その時、右腕が義手であることにハンターは気付いた。事前の情報では特殊な装置が腕の断面に埋め込められていると聞いているが、今、彼の腕に装着されている義手は作業用の無骨なそれだ。
しばらく黙っているところへ、係員が時間を告げた。サイボーグが男を抱え上げるように立ち上がらせた。
それ以上はもう誰も何も言わないまま、義手の男は連れ出されていった。
実際にどう転ぶかはわからないが、収穫はあった。もう一人と会う予定だが、そちらも同じくらい魅力的だといいのだが。
少しの時間を待っていると、奥の扉が開き、男が入ってくる。今度は見るからにヤサ男で、強制労働が似合う姿ではない。つなぎとその汗のシミだけが、先ほどの男と共通している。
男はどこか頼りない足取りで席について、やっとハンターをまっすぐに見た。
「あんた、誰?」
やや高い声には、疑問しか含まれていなかった。
(続く)
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