1-4 感覚の持ち主

     ◆


 ベッドに歩み寄ると青年ユキムラ・アートの頭にはいくつもの電極があることがわかる。そして部屋の隅にはカメラがあり、それがひとりでに動く。マイクもどこかにあるだろう。

 一応、医者の様子を見ると、嬉しそうな笑顔でどうぞと椅子を示された。きっと自分の研究結果が見てもらえて嬉しいんだろう。

 椅子に座って、ハンターはどこを見るべきか迷い、カメラを見た。

「事前の連絡の通りだが、返事を聞かせてもらえるかな」

 返事はやはり天井のスピーカーから流れた。

「僕が軍人になれるとも思えません」

 この言葉に一番反応したのはレイナ大尉だ。正気を疑う視線で彼女がハンターの横顔を見ている、睨んでいることをハンターは感じてはいたが、この時はユキムラの目であるカメラに注目していた。

「君が先天的に障害を持ち、最先端の医療科学で生をつないでいるのは知っているよ。そして脳にナノマシンを埋め込み、新しい感覚を手に入れたこともね」

「確かに僕は、カメラを目として、マイクを耳としています」

「それが必要になるかもしれない、と思っている」

 言いながら、ハンターは携帯端末を取り出した。カメラがわずかに動き、ハンターの手元を見ているようだった。

「これを聞いてみてもらおう」

 ハンターは有無を言わさず、素早く端末を操作した。

 かすかな音が聞こえるが、ハンターにはよく聞こえない。端末から音が途切れて、ハンターはレイナ大尉の方を見た。

「大尉には何が聞こえたかな?」

「管理艦隊へようこそ、と聞こえましたが」

 いい耳をしている、と正直、ハンターは驚いた。索敵の技能は耳の良さが第一の条件で、次に細かな音を立体的に把握する必要がある。ハンター自身にはその素質はない。

 ハンターはカメラの方を見た。

「ユキムラさんには何が聞こえたかな」

 返事はなかなかやってこない。ベッドの上の体が全く反応しないので、時間が流れているのかわからなくなる静止を伴った沈黙だった。

「管理艦隊へようこそ、と聞こえました」

 やっとスピーカーがそう音を発した。一般的な能力じゃないか、と言いたげにレイナ大尉がハンターを見るのに、ちらっと視線を返したとき、スピーカーから続けて声が流れた。

「チューリングへようこそ、とも聞こえました」

 その一言で、ハンターは思わず笑みを浮かべてしまい、レイナ大尉は目を丸くしている。

「中佐、彼に事情を話したのですか?」

 指弾するようにレイナ大尉が食ってかかるのに、まさか、とハンターは首を振る。

「彼には軍に協力してもらいたい、そのための話し合いがしたい、と伝えただけだ。チューリングが何か、彼にはわからないさ。そうだろう? ユキムラさん」

「ええ、そうです」スピーカーからの声には困惑が色濃かった。「チューリングというのは、重要なことなのですね。それよりもウィッソン中佐は、僕を試験されたわけですか」

 試験? とレイナ大尉が眉をひそめる横で、ハンターは思わず声に出して笑っていた。

「さっきの音声は、宇宙船に乗る索敵を担当するものが訓練を受ける時に使う、複雑な音だ。幾つかの音が重ねられているんだな。素人には何も聞き取れず、素質のあるものだけが聞き取れる。だが、その素質のあるものの中でも一流のものには、さらにその奥が聞こえる寸法だ」

「僕は、合格ということですか?」

「今のところはね。どうかな、興味がわかないかな?」

 やっぱり返事はすぐには返ってこなかった。ハンターはじっとカメラから視線を外さなかった。

「僕はこの通り、動けません」

「それはどうとでもフォローできる。私が求めているのは、最高の感覚の持ち主だよ」

「僕の感覚は偽物ですよ。機械的に、補っているだけです」

「それは違うと私は思っている」

 ハンターは強い口調、はっきりとした言葉で否定した。

「機械を介するのは何も特別なことじゃない。どの宇宙船でも索敵は空間ソナーで行われる。つまり機械的に周囲を把握するようなものだ。求められるのは、繊細さと想像力だよ。私はそう思っている」

 そうですか、と小さな音がスピーカーからこぼれ、どうやら青年は考えているらしい。

 しかしすぐに答えが出るものでもないだろう。素早くハンターは立ち上がった。

「ゆっくり考えてもらって構わない。訓練の開始までに決断してくれればね」

「ええ、わかりました」

 体の自由を持たない青年は動かないが、困惑しているのがわかる。

「君の才能に期待するよ。また会えることを願う。今日はありがとう」

 さっとカメラに向かって敬礼の真似事をして、ハンターは部屋を出た。レイナ大尉も付いてくる。医者が歩きながら、もうユキムラを宇宙船に乗せる手法について話し始めるのを、ハンターは興味深く聞いた。

 結論から言えば、絶対に不可能、ではないといったところだ。一番の問題は本人の意思だろう。

 医者に礼を言って外へ出ると、すでに日が暮れかかっていた。

「さて、大尉、夕食でも食べるとしよう。なにか、しっかりしたものが食べたいね」

 ええ、はい、とレイナ大尉はまだ驚きに打たれているようだった。

 二人は市街地へ戻り、レストランでコース料理にありつくことができた。

 レイナ大尉はもうユキムラ・アートという障害者には何も触れなかった。きっと彼女はハンターよりも、彼の可能性に気づいたはずだ。

 翌日になって二人は宇宙空港で別れた。レイナ大尉は今の配属先である戦艦に戻るのだ。

 ハンターが次に向かう先は、火星だった。



(続く)

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