第7話 非情
7-1 不真面目と真面目
◆
ジョン・ダンストンはいつもの様子で、医務室にいた。
「なぁ、ルイズさん、たまには良いだろう?」
寝台に横になって、上半身裸で検査機器を当てられながら、穏やかな調子で話しかける。
「ちょっとだけ、ほんの一時間でも、一緒にいてくれれば良いんだ」
いつになく甘やかで、吸引力さえ感じさせるダンストンの言葉に、ニコニコと笑いながら、ルイズ・クリステアは答えない。
手にある検査装置が小さな電子音を立てる。装置を持ち替え、同じ場所を再チェック。再びの電子音。
今度は無針注射器が手に取られ、本体に小さなカプセルが装填される。
「リラックスしてください」
寝台に横になったまま、器用にダンストンは肩をすくめた。
ルイズは素早く注射器を腕に押し当て、注射器を離すと、華奢な手の細い指で柔らかくそこを揉みほぐした。
「ナノマシンが作用するまで十分ほどです、横になっていてください」
「それは願ったり叶ったりだな」
微笑みながら、ダンストンは首をひねってルイズの方を見た。
「仲間内のちょっとした飲み会なんだ。おおっぴらにはできないが、みんな口は堅い。それに結構、いい酒が出るっていう噂だ」
「大尉」
そっとルイズが顔を近づけ、女神じみた笑みを見せる。
「私はお酒を飲みませんからね、他の方を誘いなさい」
「ちょっとくらい飲むだろう? 付き合い程度に」
「少しも飲みません。そういう体質なのね」
いい大人なのに? と危うくダンストンは口にしかけて、どうにか飲み込んだ。
大人が誰でも酒を飲むわけでもない。変な押し付けは女性の機嫌を損ねる要素の一つだ。それに年齢はデリケートな危険地帯、言わば地雷原だった。
「じゃあ、席にいるだけでいい。新鮮なオレンジジュールか、アップルジュースを出すよ」
「それは魅力的だけど、一人で楽しみたい、というのが私の趣味」
「何が何でも会合には参加しないということかな?」
「その通りよ、大尉」
ニコニコと笑って、ルイズはダンストンから離れて行ってしまった。
どうしたものかな、と思いつつ、天井を眺める。
部下のアベール軍曹が言い出した飲み会、どれだけ社会が変わってもなくならないそれ、要は合コンの計画は、男性の参加者はあっという間に集まったが、女性陣が全く揃わない。
とりあえず、アンナ軍曹、ユーリ軍曹は乗り気で手を挙げ、どこか奥手なシェリー伍長を巻き込んだ。だが四人目が出てこない。
ヘンリエッタ軍曹を誘おうとしたが、予定が合わないし、興味ないわね、とそっけなく回避された。私は宇宙の音を聞くのが好き、とも言われ、取りつく島もない。
他にも色々な女性に当たった結果、あまりにも集まらないので、アベール軍曹が批判の矢面に立たされ、合コン計画は風前の灯である。
そこでアベール軍曹は強硬策に出て、男の参加者を四人まで減らすことにした。
しかもくじ引きでだ。
結果、当選した男性陣は、海兵隊のエド兵長、機関部のガ・ダン伍長、操舵管理官のオーハイネ曹長、そしてダンストンだった。
ダンストンはその場に至って、自分も頭数に入っているのを知り、遠慮しようとしたが、涙目のアベール軍曹の顔を見ては、拒否することはできそうもない。なんというか、自分はここで死ぬが、敵拠点は必ず陥せ、みたいな表情だった。
いや、そこまで必死になることか……?
というわけで、女性陣と男性陣の数は、ここに至って一つの差になった。
最後の一人の女性を探す作業の中で、ルイズ女史の名前は初期から挙がっていたが、誰もが遠慮していた。
そこでこうしてダンストンが、定期検診のついでに口説く、となったのだった。合コンの開催が彼の双肩にかかっていると言える。
注射から十分が過ぎ、カーテンの向こうからルイズが戻ってきた。
「やっぱりダメかな?」
「検査しないとわかりませんよ、大尉」
巧みなお返事。まったく、ここまで見事にやり過ごされると、どういう手段が有効なのやら。
検査装置が全身をもう一度、確かめる。今度は警告音は鳴らなかった。
「良いでしょう。ダンストン大尉、次の検診は二週間後です」
さすがにダンストンの思考が真面目なものに変わる。
「二週間? この前は一ヶ月前だった」
「あなたの体は特別なんですよ。そしてこのチャンドラセカルにいる限り、根本的な解決は不可能です。騙し騙し、運用する以外ないのです」
「どこが悪いか教えてくれ」
そうですね、とルイズ女史は椅子に腰掛けた。手元の検査装置を操作している。
「まず循環液が劣化しています。これは循環液の予備がありますし、一日ほどで全部を入れ替える設備もありますし、半日で透析のように老廃物だけを取り出すことも可能です。それよりは、半有機部品、防弾皮膚や人造筋肉、腱などの劣化の方が問題になるかと。これらはここの設備では、部分的には可能でも全ての交換が不可能ですから、治療用ナノマシンに修復させます。今回やった措置に似ていますが、大規模になると、全身麻酔で、丸一日ですね」
一字一句聞き逃さないように集中し、それからもさらに続くルイズの言葉にダンストンは耳を傾けた。
とりあえずは、まだ自分の体は使えるようだ。簡易的な整備が可能だと、ルイズは言っているわけだ。
「俺がお荷物になるまで、どれくらいかな」
ルイズが話し終わってからダンストンが訊ねるのに、ルイズは穏やかな笑みを変えずに答えた。
「この航海が終わるまでは、耐えられます。私たちはそこまで無計画ではありません」
へぇ、と声には出さなかったが、表情には現れただろう。
チャンドラセカルの乗組員は、航海の具体的な計画を聞かされていない。ダンストンは階級を理由にそれを訊ねようとしたが、返答は拒否された。
限定された空間でどれだけの期間、士気を維持できるか、その辺りを調べる意図があるんだろうと、ダンストンは勝手に解釈していた。
こんな試験的な運用ではなく、本格的な運用になれば、チャンドラセカルは果てしなく長い時間、ほとんど仲間と会うこともなく、航海を続けるのかもしれない。
どちらにせよ、ルイズはその秘密を知っている。ダンストンよりは。
航海を始めて、そろそろ一年。
「お大事に、大尉」
ルイズが席を立ち、カーテンの向こうへ消えた。
(続く)
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