6-3 今はまだ早い
◆
結局、高速艦の魚雷攻撃は失敗した。
インストン軍曹の操る近接防御用のレーザー砲が、かなり離れた地点で魚雷に命中し、爆破に成功した。
しかしその後の、電磁嵐は凄まじかった。特別な通信方式が取られているはずの無人戦闘機が、一時的にリンク不能になる程だ。
もちろん、チャンドラセカルのいくつかの電子機器にも不具合が生じた。
ただ、この電磁嵐が思わぬ僥倖をも生んだ。
ヨシノ艦長が発射を命じていた多弾頭ミサイルの小型の炸薬のうちの半分ほどが、高速艦に命中したのだ。
電磁嵐で対艦防御やそもそもの警戒網を構築する探査装置に、混乱があったと予測できた。
艦を近づけての砲撃戦になったが、チャンドラセカルにはリンクが回復した戦闘機が二機、ついていたこともあり、高速艦は間もなく航行不能に陥った。
陥ったが、やや不自然にオーハイネには見えた。推進装置がいきなり出力を失ったのだ。
発令所の下士官はみんな、その瞬間に大なり小なり動揺したのだが、誰も何も言わなかった。
もしここで敵勢力の増援があれば、ややこしいことになったが、それより先に小艦隊に復帰していた僚艦のマルケスがやってきて、高速艦を完全に無力化した。
オーハイネにも、他の事情を知っているものも、この高速艦がいかにしてヘンリエッタ軍曹の耳を擦り抜けたのか、それが大きな疑問として残った。
外見的には奇妙な塗装がされている程度の特徴しかなく、詳しい事情は高速艦を解析した司令部から通達があるだろう、と思うしか今は出来ない。
そのままマルケスが敵艦を引き連れて現場を去り、チャンドラセカルも予備システムで準光速航行を起動し、中立地帯とされている、おそらくは安全な宙域で全艦を点検することになった。
船外活動員が目視で装甲の全部を点検したり、複数の電子機器の様子をテスターで試験したりと、忙しい日々が三日ほど、続いた。
どこにも異常がないことを確認し、ヨシノ艦長は一部の下士官以外に十二時間の休息を与えて、これに兵士たちは大喜びで自由を満喫し始めた。
「電磁魚雷とはなぁ」
そう言ったのは珍しく発令所に入っているジャーナリストのライアン・シーザーだった。彼は艦のどこにでも出没し、あの気難しい老人、テツ・コウドウ機関管理官とも親しくなっていると噂で聞いていた。
発令所にはヨシノ艦長、ヘンリエッタ軍曹、オットー軍曹、そしてオーハイネがいた。
「あれは軍事協定で禁止されていますよ。残虐な無差別殺人兵器、という括りで」
「あやうく僕たちが電子レンジに入れられるところでしたね」
ヨシノ艦長はもう穏やかさを取り戻し、以前のように柔らかく微笑んでいる。
電磁魚雷というのは、超強力な電磁波を放射する魚雷で、開発初期は電子機器を破壊するために用いられていた。
しかし電子フィールドと呼ばれる防御装置が発明されたり、純粋に電磁波による攻撃を防ぐ構造が普及してくると、この電磁魚雷は、途端に殺人兵器に様変わりした。
兵器として生まれた時とは比べ物にならない常軌を逸した超強力な電磁波は、まさしく艦船の中にいる人間を沸騰させてしまう。
そのため、もう十年以上前に残虐な兵器として、戦場での使用は禁止されている。
それを相手は使ってきたのだ。国際的に、使用を許可した指揮官も、さらに上の司令官クラスにも極刑が言い渡されるはずだった。
しかし、少なくとも、艦の指揮官とその部下たちに訪れた結末はより悲惨なものだった。
つい先ほどのマルケスからの報告では、高速艦は自艦の中で、電磁魚雷を炸裂させていた。
艦の一部、というより推進装置が爆発により破壊されたが、より深刻なのは乗員の全てが死亡してしまったことだった。
つまり自決である。そうでなければ、連邦宇宙軍に情報を渡さないためのやり口か。
「ヨシノ艦長は何を知っていたんです?」
ライアンの問いかけに、そうですね、とヨシノ艦長はわずかに言い淀んだ。おや、とオーハイネは耳に集中する。
「この艦を狙うとして、何が目的になるでしょうか?」
「それはもちろん……」
逆に質問されたライアンが一度、口をつぐみ、なるほど、と言葉を続けた。
「チャンドラセカル、その船自体が欲しいわけで、乗員はいらない、っていうことですか」
「それが最もシンプルです。ただ、電磁魚雷は、やや想定を外れていました」
「何故です?」
その質問には、オーハイネは答えることができた。他の下士官も答えられただろう。
そしてヨシノ艦長は、オーハイネの想像通りのことを口にした。
「この艦そのものを手に入れても、電子機器が全滅していては、ただの形だけになる。実際に機能させることができないようでは、解析が面倒でしょう。言ってみれば、ライアンさんを尋問する時、記憶を全部消してから、意識のない体や脳を解体して何かを得ようとするようなものです」
気色悪いことを言わないでくださいよ、とライアンが苦笑いしている。
「しかし、これではっきりしましたね」
ヨシノ艦長はなぜか、どこか嬉しそうだった。その次に続く言葉を予測できるからこそ、その感情は不可解だった。
「敵勢力はチャンドラセカル、もしくは、ミリオン級潜航艦について、ある程度の情報を得ている。そして実際の艦を鹵獲することを、目指している」
「この艦が特別だからですか?」
素朴なライアンの問いかけに、ヨシノ艦長がクスクスと笑う。
「この艦は今は特別かもしれません。しかし三年、あるいは五年経てば、よくある艦の一つになります。しかし」
ほとんどヨシノ艦長の口調は変わらないのに、空気が少し緊張したのを、オーハイネは感じた。
「しかし、今はいけない。まだ早すぎます」
沈黙がやってきて、ライアンがいづらくなったのか、「兵士の様子を取材しますよ」と発令所を出て行った。
ヨシノ艦長と下士官だけになった発令所では、まだ空気が緊張している。
「とにかく」
艦長の言葉に、全員が振り返った。
穏やかに笑うヨシノ艦長の顔があった。
「気を引き締めていきましょう。僕たちがやっている任務は、何が起こってもおかしくない、そういう種類の任務ですから」
了解です、とその場の全員が答えた。良い返事です、とヨシノ艦長がまた笑う。
その翌日、チャンドラセカルは準光速航行で任務に復帰し、また虚空を行く旅を再開した。
(続く)
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