6-2 神のご加護を

     ◆


 チャンドラセカルが高速艦を捕捉した時、発令所には艦長も副長もいなかった。悪い偶然だ。

 ヘンリエッタ軍曹がその音に気付き、距離を割り出した。〇・〇四スペースという極端な至近距離だ。彼女の声には悔やむ色がはっきり浮かんでいた。

 この時、チャンドラセカルは装甲をシャドーモードにしていたが、航行は通常のエネルギー循環エンジンを稼働させていた。

「エンジン、停止だ」

 反射的にオーハイネが口にすると、やっています、とオットー軍曹から返事があった。

 同時に艦が第二種戦闘配置に切り替わる。ほどなくまずヨシノ艦長が、次にイアン少佐が発令所にやってきた。

「彼我の距離を教えてください」

 ヨシノ艦長の質問に、ヘンリエッタ軍曹が答える。

「すでに〇・〇一スペースもありません。カメラで確認可能です」

「こちらはシャドーモードです、エンジンは停止させ、ほぼ漂流しています、艦長」

 オットー軍曹の報告に、良いでしょう、とヨシノ艦長が応じる。

「スネーク航行を使って姿勢制御します。オットーさん、よろしお願いします。オーハイネさん、抜かりのないように」

「どうせこちらは見えませんよ」

「いえ」ヨシノ艦長の表情には緊張があった。「あるいはもう見えているかもしれません」

 発令所の全員が反射的にヨシノ艦長を見たが、ヨシノ艦長はメインモニターをまっすぐに見ている。

 全員がそれぞれの仕事に戻る。

 循環器システムがエネルギーを生み出し、艦が動き出す。このスネーク航行を行うと、停止ということが非常に難しくなる。推進力が常に発生するため、艦が微動してしまう。

 それをオーハイネは細かな調整で消しながら、ヘンリエッタ軍曹が所属不明艦を正確に捉えられるように、空間ソナーが最も効率的に機能する位置、艦首を所属不明艦の方へ向かせる。

 しばらくの沈黙の後、ヘンリエッタ軍曹が呟く。

「何か、接近してきます。小さい……」

 何のことだ?

 オーハイネがそう思った時、唐突にヨシノ艦長が叫んだ。

「オーハイネさん、全速で七一−五八−八三へ進んでください。取舵、下げ舵です!」

「了解」

 理解より前に返事をし、理解しながら操舵装置を掴む手に力を込める。

 その座標は、現在地点から身を捻るようにして斜めに逃げるようなものだ。

「接近してくるのは小型のミサイルです。一発のみ」

 はっきりとしたヘンリエッタ軍曹の報告。

 艦はスネイク航行で、指定された座標へ向かっていた。ミサイルの位置を確認、当たるわけがない。明後日の方向へ向かっていく。

 メインモニターに映される複数の映像のうちの一つが、ミサイルを映す。

 確かにミサイルだ。何の変哲もない。

 と、それがいきなり炸裂し、光が放射される。キラキラと何かが混ざっている。

「装甲のモードをミラーにしてください、オットーさん! 航行はスネークを解除、エネルギー循環エンジンに切り替えて! オーハイネさん、敵高速艦と砲撃戦に入ります! インストンさん、全部の火器を起動してください!」

 何が起こったのか、誰もがその一連の指示で理解した。

 敵の高速艦は、どういうわけかチャンドラセカルを捕捉した。捕捉したが、正確な位置まではわかっていない。

 そこでミサイルに閃光弾と電磁的欺瞞物資を搭載し、チャンドラセカルが最後に残した痕跡目指して、放りこんだ。

 結果、チャンドラセカルの位置は、おおよそ露見した。

 シャドーモードは確かに有効だ。だがそれは黒い背景に黒い布を被せるような意味で、である。

 周囲が一瞬で真っ白くなれば、シャドーモード装甲も白に変わるが、閃光弾の強烈過ぎる光の中では、ほんの微かなタイムラグが生じる。その上、欺瞞物質が撒き散らされている。

 ヨシノ艦長の決断は、チャンドラセカルの隠蔽能力、そして痕跡をほとんど残さない特殊な推進装置、この二つの存在を隠しつつ、敵艦を撃破する、ということなのだ。

「敵艦、魚雷発射管を開放しています」

 どこか震えるヘンリエッタ軍曹の言葉を掻き消すように、ヨシノ艦長が座標を指示する。

 オーハイネはそこへ向かって艦を走らせた。循環器システムからのエネルギー供給は万全、推進装置も全速を出している。

 敵艦が大きくなる。

「エネルギービームの照射の予兆を確認、来ます!」

 オットー軍曹の声と同時に、高速艦が閃光を発する。一秒、二秒、まだ続く。

 その発光を前触れとして、チャンドラセカルが震える。エネルギービームの照射を受けているのだ。

 オーハイネは構わずに艦を振り回す。

 エネルギービームは全部で五秒の照射だったようだが、三秒が過ぎたところで、チャンドラセカルが身軽にその照射域から外れる。

「装甲の損傷を報告してください!」

 ヨシノ艦長もさすがに声がこわばっている。オットー軍曹がすぐに応じる。

「許容範囲内のダメージです! 今はまだ高熱が残っていますが、ほんの数秒で消えます。……結果、出ました、装甲の全機能へのダメージなしです!」

「インストンさん、一番発射管に高速魚雷を、ミサイル発射管の一番二番には多弾頭ミサイルです。座標はこれから指示します」

 複雑な座標の指示の後、ヨシノ艦長が受話器を取り上げる音が聞こえた。

「アンナさん、ユーリさん、待機していますね? 発進してください。今回の敵は逃すわけにはいきません」

「魚雷一番発射管、ミサイル一番二番発射管、開放します!」

 インストン軍曹の大声の後、短い沈黙。

 メインモニターの中でも小さな光、敵も魚雷、もしくはミサイルを撃ってきたのだ。

「一番魚雷、一番二番ミサイル、発射!」

 ヨシノ艦長の号令に「一番魚雷、一番二番ミサイル、発射!」とインストン軍曹が復唱。

「オーハイネさん、回避運動を。インストンさん、近接防御に入ってください。おそらく向かってくるのは電磁魚雷です」

 これにはさすがに全員がぎょっとしたが、驚く間もなく、メインモニターに魚雷の接近を示す表示が出る。

「レーザー砲、スタンバイ!」

 インストン軍曹の言葉に、ヨシノ艦長が小さな声で言った。

「神のご加護を」



(続く)

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