第8話 告白

「眼鏡? どうやって入ってきた」


「後で説明すっから!」


 眼鏡は俺の腕を掴み、テーブルから引き剥がそうとした。


「まだ食事中だ! ボニー様の前で不敬だぞ!」


 見るに耐えない眼鏡の蛮行を制しようと立ち上がった瞬間、俺は強いめまいを覚え、そのまま床に崩れ落ちた。


「?!」


 立ち上がろうにも手足に力が入らない。

 何が起こっているのか、全く理解できない。


「あんた、まさかまた……」


 眼鏡が舌打ちした。

『また』って何だ?

 ボニー様に向かって言っているのか?

 ボニー様が俺に何かしたとでも?

 勘違いも甚だしい。

 けれど、ボニー様はヒステリックに叫ぶ。


「違う! 違うわ! 話してもどうせ分かってもらえないと思ったから、全部済むまで動けないようにしただけ! 時間が経てば元に戻るって聞いたもの!」


「あんたの苦労はわかるよ。けどさ、もう解決策も見えてるんだから、これ以上、罪を重ねるのはやめろって!」


「罪を重ねるって何? 全然わからないのだけど」


「あんた、人喰い川にサツマ様落としただろ? 殺そうとして。こいつが唯一勝てない相手はあんただ。そして気持ち悪いくらいの愛情を注いでいたあんたに裏切られたショックで異世界転移が発生した。違うか?」


 違うと言って欲しかったのに、ボニー様は絶句した。

 そして、心ここにあらずといった表情で呟いた。


「……殺したはずだったのに、何で蘇ってくるのよ」


「それは偶然、異世界転移できたからだ。ただ落ちただけだったら、いくらこいつでも死ぬって」


「だから何でそんな奇跡みたいな確率の偶然が起きたのよ! ああ、怖い、おぞましい!」


 ボニー様は頭を抱えてうずくまった。


 眼鏡とボニー様の口論は全て鮮明に聞こえているのに、異国の言葉みたく頭上を上滑りしていく。

 2人とも俺のことを話しているのだよな?


「白波さん、何をなさっているのです!」


 また一人、登場人物が増えた。

 あの人形みたいな冷たく美しい顔は、辞めたはずの先代執事ではないか。名前は忘れたが。


 彼は室内を見回し、状況を把握したのか、落ち着いた声音で言い放った。


「シラナミ師団長に本気を出されてしまったら、我が国で敵うものはおりません。穏やかな手段を取れないのが残念……」


「嘘つけ。こんな杜撰なやり方、お前らしくない。主犯は王女なんだろう? 人喰い川の件も今回の件も」


 先代執事の言葉を遮って、眼鏡が言った。


「随分と買っていただいて光栄です。確かに僕はこういうやり方は好みませんが、必要ならば迷いなくやりますよ」


「でも必要な時ではないだろ、この前も今も」


 先代執事、ソコロフが黙った。唇を噛みしめ、眼鏡を睨みつけている。


「僕の判断あやま……」


「もういいの! 全部私が主犯。サツマに闇商人からもらった毒を飲ませたのも……」


「ボニー様!」


 鋭くソコロフが叫んだが、ボニー様は怯まずに続けた。


「ご指摘のとおり、サツマをお忍びで星を見に行きたいと誘って、人喰い川に突き落としたのも、全部私」


「ボニー様、何を……」


 やっとのことで絞り出した声は、小さくかすれていた。


 ボニー様はうっすら壮絶な笑みを俺に向けてこぼしてくださった。


「だから、私はあなたを人喰い川に落として殺そうとしたし、奇跡的に帰ってきたあなたを、今度は薬で自由を奪っている間に確実に異世界に送り返そうとしていたのも私ってこと。ソコロフも白波さんも全部私が巻き込んだの」


 何をおっしゃっているのだろう、この方は。そもそも、この女人は本当にボニー様なのか?


「何……で……」


 ケラケラと甲高くボニー様は笑い声を上げた。耳に響いて、心を引っ掻き回すような禍々しい笑いだった。


「何で? それ聞く? 決まってるじゃない。あんたが嫌いだったからよ! あんたのせいで私は幸せになれない。あんたがいっつもつきまとって、私の好きな人を追い払ってしまう! 私はちっとも望んでいないのに、少し喧嘩しただけの女友達すら殺してしまう! やめてって言っても聞く耳なんか持ちゃしない」


 ここで一息ついてから、ボニー様は低く力強い声音で言い切った。


「消えて、この国から。迷惑なのよ、私としても王家としても。今なら命は奪わない。白波さんと一緒にあっちの世界で暮らして。まともな人間になってね」


「ボニー様……誰に言わされているのですか?」


 きっと誰かに脅されたり、騙されているのだ。だからこんな本心でもない酷いことをおっしゃるのだ。

 すがるように俺は尋ねたが、ボニー様は冷徹に断言した。


「言わされてなんかいない。全部私の本心よ。気持ち悪いのよ、あんた。見た目も中身も」

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