第10話 モラトリアム広場

 ルサンチマン王国の都、ポチョムキンはレンガや石造りの何となくパリっぽい建物が並び、地面は石で舗装され、馬車は通るが電車や車は存在しない。

 庶民は18世期から20世期初頭のヨーロッパにいそうな洋装姿で、ほとんどが白人系だ。アジア系の人種は希少で、神の使者とも考えられている。時代が随分と広いのは突っ込まないでくれ。

 街の中心にはモラトリアム広場という広場があり、噴水と大階段が鎮座していて、人々の憩いの場となっている。イタリアに実在するスペイン広場に酷似しているが、気のせいではない。


 時代も国もごちゃごちゃの、日本人が考える何となく古き良きヨーロッパっぽいものをごった煮にしたカオス。

 それがポチョムキン。

 ベースは近代以前のヨーロッパなのに、公用語は日本語の斜め上設定。

 一方で、何となく音の響きがカッコ良い外国語の地名が多いのも特徴だ。


 しょうがないじゃん、重度の厨二病患者だった中二の俺が考えた街だもの。

 日本の片田舎の中学生の貧困な想像力にリアリティを求めないで欲しい。


 しかし、眼前に昔の自分が考えたゴミ設定の街が広がっていて、そこで慎ましやかに生きている人々を目の当たりにするのはおかしな気分だ。


「お兄さん、甘栗はどうだい? 甘くて美味しいよ」


 石畳の道をそぞろ歩いていると、小太りの露天商のおばちゃんに声をかけられた。

 彼女がヨーロッパ風の街で甘栗を売っている理由を俺は知っている。

 中1の時、親に連れられて行った横浜中華街の甘栗売りの印象が強すぎて、ポチョムキンの設定にもそ反映されてしまったからだ。


 俺が曖昧に微笑み首を横に振ると、おばちゃんは残念そうな顔をして引き下がった。

 ごめんよ、おばちゃん。サツマ様からがめた金は無駄遣いできないんだ。

 何で必要になるかわからないし。


 社会人かつ警察官なので、正午10分前には待ち合わせのモラトリアム広場噴水前に到着した。

 それとなく辺りを見回してみたが、美貌の王妃の使者の姿は見えない。


 噴水の前に設置されたベンチに座り、しばらく往来を眺めていると、背中合わせに置かれたベンチに誰かが腰掛けた気配がした。

 続いて新聞だかを広げる音。


「来て欲しいところがある」


 誰かは、俺にだけ聞こえる小さな声でささやいた。声ヲタ女子なら腰が砕けそうなイケボ。

 ソコロフだ。

 俺も正面を向いたまま尋ねる。


「どこに?」


「ついてくれば分かる」


 おもむろに新聞を畳み、ソコロフが立ち上がった。俺の横をそ知らぬ顔で通り過ぎ、色街に続く路地に進んでいく。


 目深に被った山高帽にベージュのトレンチコート。

 俺の設定資料集には存在しなかったキャラだけど、いかにもな感じなのは、俺の貧困な想像力の影響なのか。


 苦笑いを噛みしめ、俺は人混みの間から見えるトレンチコートの背中を追った。

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