第70話 海
水族館を出てからしばらくすると、急にクロミナが立ち止まった。
「おい、どうした?」
サヨがぶっきらぼうに訊ねても、クロミナは返事をしない。
「……クロミナ、どうしたの?」
「音が、聞こえませんか」
音……言われなければ気付かなかった。俺は耳を澄ましてみる。
……確かに微かに音が聞こえる。それは水音のような……それでいて何かが炸裂するような音であった。
「なるほど。もう近いのか」
と、サヨだけが何かをわかったようだ。そして、足早にあゆみはじめる。
「サヨ、どうしたの?」
「近いんだよ、海が」
サヨも心なしか、少し急いでいるようだった。まるで早く海が見たいような感じだった。しかし、俺も同じ気持ちだった。俺もサヨの後を追う。
歩みを進めていく程に音が段々大きくなっている。俺たちはいつのまにか走っていた。
そして、音が限界まで大きくなった頃……眼の前に見たことのない光景が広がった。
「これが……海?」
思わず俺は驚いてしまった。前方に見えるのは、大きな池……いや、湖よりも何倍も大きい。
それが先の先までずっと続いている。そんな場所だった。
「ここが……海」
「えぇ。そのようですね」
後からやってきたクロミナも海を見ている。何となく俺は……感動してしまっていた。
知識として名前しか知っていなかった海……それを今俺は目の前で見ることが出来ているのだから。
しかし……
「……なんだよ。これ」
サヨは愕然とした表情で海を見つめていた。
「どうしたの? これが、海でしょ?」
「お前……そうか。お前は……海が何色か知らないのか。そうだよな……海の色なんて、当たり前のものだもんな……」
「え……海の色って……この色じゃないの?」
「私の記憶チップには海の色が存在しているが……こんな色じゃない。海の色は青色だ」
悲しそうな眼で海を見つめているサヨ。俺も同様に海を見る。
目の前の海は……暗い夜空の下でもはっきりと分かるくらいに真っ赤な色をしていた。
「え……なんで、そんな……海の色が変わってしまったんだ?」
「おそらく、これが、この世界にふさわしい海の色なんでしょう」
クロミナは淡々とした調子でそう言う。
夜が続く世界にふさわしいのは、青い海ではなく、真っ赤な人間の血液のような色の海だということなのだろうか……
「……とにかく、近くまで行ってみるぞ」
悲しそうな顔でそういうサヨを先頭に俺たちは海へと近づいていったのであった。
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