第62話 お嬢様

「お嬢様は、とても美しい方でした」


 ミレイはこちらの方に近づいてくると、ベッドの上の白骨死体を目を細めて眺める。


「いつも元気で、穏やかで……人造人間である私にも優しい方でした」


 そう言ってからミレイは黙ったままで白骨死体を眺めている。


「朝が来なくなってから……この屋敷から人造人間以外がいなくなってからも、お嬢様はずっと美しく、お元気な方でした」


 ミレイはまるで俺やクロミナが目に入っていないようだった。まるで、彼女には白骨死体ではなく、生身の令嬢が見えているかのようだった。


「ですが……それもすでに50年以上前……遠い昔の話です」


 そう言ってからミレイは俺の方を見る。


「貴方は、私に異常があると思われますか?」


「……え?」


「わかっています。既にお嬢様はベッドから起き上がらないことも、メイドとしていつまでも仕えていることに意味がないことも」


 そう言ってミレイはこちらに詰め寄ってくる。思わず俺とクロミナは後ずさりする。


「ですが……お嬢様のお姿を見ることができるのは……ワタクシだけです」


 ミレイの表情が変わった。尋常ではない……今すぐ逃げないと不味い……かといって逃げることなんてできない、どうすればいいのか……


「動くな!」


 と、部屋の外から声がした。いや、正確には……いきなり寝室の扉が開いた。


 ミレイもそちらに振り向く。俺とクロミナも反射的にそちらを向いた。


「ソイツらに手を出すな。壊れられると困るからな」


「サヨ……」


 扉の先に立っているのは……サヨだった。ミレイもじっと、サヨを見つめている。


「……ですが、勝手に屋敷内を動き回り、お嬢様の寝室に入ったことは許されません」


「お嬢様って……そのベッドの上の骸骨のことか?」


 サヨはゆっくりとミレイを威嚇しながら俺たちの方にやってくる。


「……ええ。ワタクシにとってはお嬢様です」


「そうか……分かった。今すぐ私達はこの屋敷を出ていく。それでいいだろう? それとも今ここでA型人造人間とやり合うか?」


 ミレイとサヨは睨み合っている。どちらが手を出すかもしれないという一触即発の雰囲気があった。


「……分かりました。では、お見送りします」


 そう言ってミレイはゆっくりと部屋を出ていった。残された俺は思わず安堵してしまった。


「……お前達、勝手にヤバそうな部屋に入るな」


 呆れ顔でそういうサヨ。俺は苦笑いしながら謝るしかなかった。


「しかし、幸運でしたね」


 そう言ったのはクロミナだった。サヨは怪訝そうな顔で見ている。


「あぁ……私が来るのが間に合って良かったな」


「いいえ。サヨとミレイが戦闘をした場合、サヨは確実に敗北します。ミレイが見逃してくれて、幸運でしたね」


 そう言われてサヨはバツが悪そうに顔を背ける。なんとなくそんな感じはしていたが……とにかく、今はここを出たほうがいいだろう。俺たちは寝室を出ることにした。


 寝室を出る時、一瞬俺は振り返る。そこには未だに主に仕えるように、事切れたメイド型人造人間達が、ベッドの周りに座り込んでいたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る