トール(2)

第52話

 結局、シーランド領を出るのにはあれから3日掛かった。流石に1日街をまわった程度ではダメと言う事で、もう少し、もう少しと言う言葉に滞在を余儀なくされてしまったのだ。


 とは言えこの街は大きくない。2日目の周遊で大通り周辺は網羅してしまった為、その日以降の午後はロザリアの特訓という形でお茶を濁していた。


 再戦とばかりに訪れた領主ことラッシュさんは、俺とロザリアの訓練風景を肴にしてお茶を嗜み、従者に見つかっては連れ戻されるという茶番も披露していた。


 彼と戦わずに済んだのは助かったが、訓練を他人に見られると言うのはどうも落ち着かない。おおっぴらには他人に見せられないような技術を磨くことも出来ないし、あまり実入りが無い訓練になってしまった。


 だが、少なくともロザリアの家族を安心させられる内容にはなっていたらしい。病弱だった娘が、自衛以上の能力を身に着けていると知れたのはかなりの効果をもたらした。実際、ロザリアの能力はきちんと磨けば宮廷魔術師の位に就くことも夢じゃないとゴルテオさんが語っていたくらいなのだ。元領主がそう語るのなら間違いは無いだろう。


 しかし、肝心のレパートリーが少ないと言うのは問題だ。彼女のスキル欄には、一部の中級魔法までしか存在せず、魔法そのもののレベルも低い。もし宮廷魔術師を目指すのであれば、少なくとも上位職へとクラスチェンジする必要もあるのだという。


 単純な戦闘力で言えば宮廷魔術師とやらにも決して引けを取らないが、やはりステータスという目に見える恩寵を得ておくというのは大事らしい。


 ロザリア自身は宮廷魔術師なんかになるつもりは無いと言っていたが、魔法を覚える事自体には意欲的だ。引き出しが増えれば、それだけ戦闘の幅が広がる。以前にも魔法を覚えるためにマグランシアへと向かいたいと話していたから、トールの件が片付いた後はそちらを目的にするのが良いだろう。


 問題は山積みだ。いまだにシャルからの連絡は無く、トールを問い詰めるにしても材料が少ない。更には、以前トールと出会って首都ギュッセルへと送られたという3人の犯罪者というのも気がかりだ。彼の語っていた内容から察するに、これも転生者である可能性が高いのだ。見逃す訳にはいかないだろう。


 再びガレッジ村へと向かう最中、結局シャルと合流することは叶わなかった。少しだけ嫌な予感が頭を掠めるが、彼女は賢く強い。敵に捕まるなんてヘマは犯していないだろうし、村を離れるにしてもなんらかの痕跡を残してあるだろう。



◇◇◇



 ガレッジ村へは直接入らず、近場に到着すると馬車を送り返し、俺達はシャルとの合流場所へと村を迂回しながら向かう事にした。ギルドの存在しないこの村は情報の入りが遅いが、肝心のトールはその情報を得ている可能性が高い。


 場合によっては村の人間から脱走者として扱われ、トールの策略に再び足をとられる危険がある。


「私の予知は外れたわ」


 移動中、ようやくロゼではなくロザリアと呼べるようになった相棒が、そう呟く。


 外れた結果の現在が、ここにある。自分が最も理想的だと思っていた未来を手繰り寄せる事に失敗し、イレギュラーの積み重ねで進み続けて得たのは、自分の想像より理想的な未来だった。


 『未来予知』と聞けば、それは破格の能力と思う人間は数多く居るだろうが、実際には欠点だらけだ。人は、よりよい未来の為に行動する。だが、それを事前に理解しているとなると、後は加点方式で進んでいくだけ。理想と現実の差を叩きつけられた後でしか、動けない。


 数ある道の中から、最適を選び続ける行動。困難の先にこそ存在するかも知れない可能性を、無意識に除外してしまう。楽な方へ、楽な方へと舵を取り続けてしまう。


 雨が降るなら、外出を避けるか雨具を持つ。あえてびしょ濡れになる道を選ぶ者はけっして多くない。それがよりよい未来に繋がるだなんて、考えもしない。


 最悪のルートから脱するというだけで、概ね満足してしまう。満点では無く、80点、あるいは60点程度で満足してしまい、その先があったとしても手を伸ばす事を諦めてしまう。彼女は、諦めてしまったのだ。


 欲望が足りない、足掻く力が足りない。掴み取るだけの手段がない。嫌なものに蓋をしてしまう。人間であれば当たり前の行動が、予知の結果に大きく影響を及ぼす。


 分からない未来、不安な将来の為にあらゆる力を研ぎ澄ますという事が、今の彼女には足りていない。努力の欠乏だと彼女は吐露した。


 俺から見れば、充分頑張っているとは言える。そうは伝えたが、一般人と比べた場合どうか?と尋ねられると、少々複雑な気分に陥ってしまった。


 破格の性能を用いた結果がこの程度で本当に良かったのか。


『未来予知』とは、理想のさらに上にある願いを叶える物ではないのか、と。


 彼女は聡い。だがそれは並々ならぬ努力から得たものでは無く、前世と予知という長い長い経験から手に入れた物だ。努力の密度という観点から見れば、決して優秀な部類ではないのだと続ける。


 自己評価の低さ、それを埋められる結果は今の所出ていない。どうしようもなくマイナス思考に陥り続ける彼女にかける言葉は見つからない。何を言っても結局は、ただ彼女を甘やかす言葉になってしまいそうな気がして、独白には水を差せなかった。


 だが、そこで歩みを止める程、彼女は弱くない。


 結論を言えば、精霊王、或いは創造主と呼ばれる者から賜った力を極力使わなず、自身の力で問題解決に取り組む方向で意志を固めた。


 祝福という力でようやく1人前の自分を、何もなくても1人前の状態まで引き上げる。そうすることによって、より高みを目指せる。2人前の力を発揮出来る筈だ。


 どこか表情に陰を残しながら、それでも前を見ると言った彼女の言葉は力強い。ただ彼女の言葉を聞くという事しか俺に出来る事が無いのは歯痒かったが、僅かでも支えになれるのなら、それで良いだろうと思う。


 今後の旅路で、彼女が1人前になる為の僅かな助力、それを行える立場に居るというだけでいい。なにより責任は重大だ。もしこの旅の半ばで彼女が折れる様な事があれば、シーランドを丸々敵にまわす可能性があるんじゃないか?なんて軽口は叩けなかったが、俺の決意も改めて固まる事になった。



◇◇◇



「それで、ここが合流地点なの?特に何もないけれど⋯⋯」


「活動拠点って言う訳じゃないからね。俺もシャルも痕跡を残さず生活する事には慣れているし、こんなもんだよ」


 あらかじめ決めていた場所にも、やはりシャルの姿は無かった。念話の届く範囲に入ればすぐに判る筈なのに、それも無かったので予想はしていた。今はこの場所を離れ、情報収集に勤しんでいると言う事だろう。


「⋯⋯ほら、シャルの置手紙がある」


 文字の書けないシャルとの連絡手段。生成した魔石に言葉を残すという、俺とシャルにしかできない贅沢な方法。小さく彼女の爪で傷つけられた木の根本に、それが埋めてあったのだ。


 つまりは、予期せぬ出来事で危機に陥っているという訳では無い。少なくともそう判断出来る状況にはなった。内容を吟味してから、今後の行動に生かすべきだろう。


『よっすオルト。トールの奴が連絡員っぽい人と首都に向かう事になったから、それについてくよー!オルトとは別の新しい候補が見つかったとか言ってたから、やっぱり転生者を集めてるみたいヨ』


 情報はここまで。もう少し仔細に情報を残して欲しかったが、とりあえずは充分だ。恐らくシャルも、あまりいい情報が手に入らなかったから尾行することにしたのだろうと納得する。


 となれば、この村には既に用はない。新しく見つかったとなれば、トールも含めて計5人、俺達も含めれば7人の転生者が首都に集結する計算になる。


 一気に解決出来るかどうかは分からないが、旅路が大きく進展する可能性は高いだろう。早速、首都ギュッセルへと向かう事となった。

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