第51話

 いつの間にか、後ろにはメイドさんがタオルを抱えて控えていた。


 それに驚いたのも束の間、屋敷の窓からこちらを見ている者が数名。というか屋敷にいる全員だった。完全にやらかしたんじゃないのかこれ、と二人で気恥ずかしくなり、タオルを受け取るとそそくさとその場から撤退する。


 買い物袋もびしょびしょだ。というかこの袋から雨具なりを出すフリをすれば良かったんじゃないかと今更気付くが、既に後の祭りだ。肝心の地図が濡れていないかを確認したが、端が少し濡れている程度だったので問題無し。


 部屋に入る前にメイド長さんに風呂へ入るようにと促されたので、それに従い入浴。当然と言わんばかりに新しい服と靴が用意されていたので、やっぱり申し訳ない気持ちになってしまった。


 風呂から上がると、珍しく部屋にはメイドさんが待機していた。普段は用事がある時だけ現れるといった感じだったから少し驚く。


「まだ晩餐ばんさんのお時間は早いのですが、広間に集まるようにと仰せつかっております」


 恐らくは今日のデートの報告だ。街人の反応だとか感触を聞き、充分に役目を果たせたかどうかの確認をとりたいと言う事だろう。少し気恥ずかしさはあるが、ロザリアと旅を続けるための条件の様な物である。きっちりとこなしたことを報告しなければならないだろう。


 ていうか今晩餐って言わなかった?それってご馳走が出るって意味じゃなかったっけ?と少し頭をひねる。まぁ俺にとっては毎食がご馳走だし、間違ってはいないか。


 なんてとぼけるには無理があるよなぁ。あの微笑ましそうな顔みたらそうなるよなぁ⋯⋯。まぁ俺は成功だと思ってるし、家族の方々も成功だと思ってくれたのならそれでいい。デートの内容についてはまず間違いなくメイドさんが確認して報告してるでしょ。なんならビルマさんの迎えに来てたくらいだし、絶対監視されてる。


「はぁ⋯⋯」


 心境は色々と複雑だ。ここに居る限りはプライバシーなんて無いと考えてもいいのかもしれない。悪い言い方をすれば常時俺は監視され値踏みされている。当然と言えば当然だし、それを完璧にこなさなければいけないという事情もあるのだが、あまり長く続ける訳にもいかない。悪気は無いと分かってはいても、精神に来る物がある。


 今日の評価が充分な効果を産んでいるのなら、早めにこの街を出る事を打診するのもいいかも知れないな。シャルの動向が気になるという事もあるし、トールについても野放しにはしておけない。


 彼についてどう対応するかはまだ決まっていないが、少なくとも牢屋に入れられた礼はしておかないと気が済まない。たっぷりと拷問じみた事でもしてやろうか、なんて後ろ暗い感情が浮かんでくる。結構ストレス溜まっちゃってるなぁ。



◇◇◇



「オルトとやらは居るか!!」


 まだ夕食前という事でお茶を楽しみながら団欒だんらんを続けていると、突如開かれた扉と共に一人の男が侵入してくる。


 後ろにはメイドが控えている辺りこの家の関係者ではあるのだろうが、随分と不躾ぶしつけであるのは否めない。服装のあちこちに細かい装飾が施されている為、かなり高貴な身分と言う事だろう。というかそれに該当するの一人しか居なくない?


「戻ったかラッシュ。もう少し礼儀をわきまえんか」


 やはり想像通り。この男はシーランドの現領主であり、ここにいる家族の長兄だ。


「お久しぶりですお兄様。長期に渡り無断で街を離れた事、お許し頂ければ幸いです」


 牽制、とばかりにゴルテオさんとロザリアが会話を挟む。ラッシュの目的は俺のようだが、その理由は分からない。というかあまり考えたくない。どう考えても悩みの種なのは間違いないのだが、取りあえず説明だけは向こうに丸投げだ。


 ロザリアを見つけると、彼はおお、と一言呟き彼女を抱きしめる。父と子程年の離れた印象を受ける取り合わせではあるが、少しムッとしてしまう。家族なんだし嫉妬する必要はないのだが、簡単に割り切れる程大人じゃあ無い。


 脇に控えたメイドさんはさり気なく冷たいお茶を準備していた。あまりにも手慣れた連携なので、割と日常茶飯事なのだろうと推測する。まるで鉄の様な人だ。熱しやすく冷めやすい、そういった印象を受ける。


 お茶をグイっと飲み干すと、改めてこちらに向き直る。タイミングは丁度いいだろう。こちらから可能な限り失礼の無い自己紹介を行う。


「ロゼッタは渡さんぞクソ坊主」


 あれ?全然落ち着いてないじゃん。ていうか落ち着いててコレなのかな。完全に目の敵にされてるが、原因はどうも今日のデートらしい。聞けばロザリアを溺愛しているラッシュは、独自に監視を付けていた。そこから今日の情報が耳に入り、現在に至るとの事。まだ残っている仕事を放棄してまですっとんで来たと言うのだから、早めにお帰り願うのが良いだろう。


 その後の流れは典型的だ。力のない人間に妹は任せられないと言い出し、庭に出ての決闘。既に日は落ち始めているため、照明をかき集めて場を整えるという有様だった。


 観客は屋敷の人間とラッシュの従者数名。装備品は木製の武器のみだ。


「言っとくが俺はただの領主じゃねえぞ、実力で言ったらBランク相当だ」


 実際にどうかは分からないが、真実ならば師匠と同等と言う事だ。構えや体つき、立ち振る舞いを見る限りはそれを裏付けるのに充分。実力者であることは間違いなさそうだ。


 彼が構えるのは両手剣。しかもかなり分厚く、木製と言えどもあたれば簡単に骨が砕けるだろう、並みの人間ならば。


 対する俺は慣れているナイフサイズの物を選択する。多少大きくしたところであの武器に対するには何の意味もないし、俺の武器は肉体そのものだ。


「そんなので大丈夫なのか?死んじまっても知らねぇぞ」


「問題ありません。一本取ったら勝ちと言う事で構いませんね?」


 3本勝負なんて言い出されたらたまったもんじゃない。折角のチャンスだし、ストレス発散にも協力して貰おう。油断するつもりは無いが、相手は油断しきっているのだから問題ない。


「はじめい!」


 ゴルテオさんの合図で試合が始まる。意外と皆こういう事にはノリノリなのが驚きだ。誰も止めずにここまできたのは、俺の実力を図りたいという意図もあるのだろう。それならば、圧倒的な実力差というのを披露するのが相応しいだろう。


 一撃、間違っても領主であるラッシュさんを傷つける訳にはいかない。決闘を望んだのは向こうなのだから多少は問題ないだろうが、敗北後は執務に縛り付ける方が後々楽だろう。彼の従者にも恩を売っておくという算段だ。


——シュッ!


 振り下ろされる斬撃。間違いない実力者だとわかる正確な動きだ。こちらの脳天を、戸惑うことなくカチ割る為に振り下ろしている。やる気満々じゃん。


 ならこちらの勝ちだ。左手に込めた魔力を、振り下ろされた両手剣に叩きつける。


——パァン!!


 木製の武器が粉々に弾ける。折れるではなく、粉々。それがどういう意味を持つか、実力者なら一目で分かって貰えるだろう。身体に当たれば、同じことが起きる。


 溜まったストレスの発散、という事もあってか少し魔力をこめ過ぎた。完全に粉末と化してしまった両手剣の残骸が、その場に舞う。照明の光を浴びて輝くそれは、少し幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「——オイオイ、マジかよ」


 手元に残った両手剣の柄と、対峙する俺を交互にみるラッシュさん。もうちょっと現実を理解出来る程度に抑えれば良かったか、これでは信用して貰えないかもしれないな。


「俺の第二職業セカンドジョブ拳闘士インファイターです。つまり武器は身体そのもの。木製の武器を選択した時点で領主様の敗北は決定していました。申し訳ありません」


「な、それは卑怯と言う物ではないか!ギール、武器を持て!」


 やはりそうなるか。1本勝負だと念押しした筈なんだけどなあ。


「そこまでよお兄様!」


 ここで横槍が入る。ロザリアはこちらの味方をしてくれるようで助かる。


「戦闘に卑怯などありません。勝つためなら全てを尽くすのが道理。それに卑怯だとおっしゃるならお兄様も同様です。領主という対場を利用し、逆らえない決闘を申し込み、更には傷をつけるのも躊躇ためらわせるなど、卑怯以外の何物でもありません!」


 なおもまくし立てるロザリア。傷付けない様にと最善の攻撃を繰り出した俺への評価や、破片も出さない程の攻撃で周囲にも影響を与えない配慮なんかも言い出す物だから、かなり恥ずかしくなってしまう。


 指摘は的確にラッシュさんに刺さっている様で、無傷だった筈のHPはもうゼロに近いだろう、顔がゲッソリとし始めている。⋯⋯もうやめてあげてよ。


 完全に何も言い返せなくなった所で、しおしおになった領主を抱える従者。お騒がせしましたと深く頭を下げ、そのまま去ってしまった。嵐が過ぎ去った、という言葉が的確。これ以外の表現は思いつかない出来事だった。


「強いと聞いていたがこれほどまでと。いやはや驚いたよ」


 軽く拍手をしながらゴルテオさんが称賛してくる。もうちょっと抑えた方が良かったかななんて少し思ったが、随分スッキリしたのでこれでいいか。

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